悪役令嬢には、まだ早い!!
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大木に正面衝突した魔導車は、中に乗せたエリーたち一行に、相当の衝撃を与えて止まっていた。原因は恐らく、運転手の前方不注意による事故だろう。何もない一本道で、魔獣でも飛び出してきたか。とはいえ、濃霧の向こうにその気配はない。
「エリーたん、無事か!?」
「ええ、お父さまは?」
衝撃に耐えた父娘は無傷を確認しあって、ホッと息をつく。それから顔をあげて、奇跡的な状況だと改めて胸を撫で下ろした。無傷にしては大木の損傷が酷すぎる。きつく抱き締められていたエリーは父親の腕の中から、無傷だったのはロタリオの魔法によるものだと悟る。現に、ロタリオは車内を重力操作し、周囲の空間を緩衝材のように和らげていた。
「ロタリオ」
エリーの声は、憔悴して膝をついた少年の名を呼ぶ。シシ爺が咄嗟にロタリオを支えたが、本人の許容量を超えた魔力の消耗によるものなことは、明白な事実で、綺麗な顔が苦しそうに息を繰り返しているのを知る。
「シシ爺、ロタリオはどうしたんですの」
「お嬢様、少しお待ちを。ロタリオは優秀でも、まだ子ども、ややっ、腕輪はどうした?」
「私が外したわ」
「なんと、どうりで」
ふむふむと頷くシシジに、エリーと同じくヒューゴも隣からロタリオを覗き込む。風邪の症状に似た苦悶を浮かべているところをみる限りでは、これは想像以上によくないことをしたのかもしれない。
「腕輪がないから魔力コントロールが出来ずに、耐久力以上の魔力を消費したんでしょう。安静にしていればすぐによくなりますゆえ」
「そうなの?」
「ええ、ロタリオは魔力量が常人よりも遥かに多いのです。腕輪は枷でもありますが、守りでもある。これほどの魔力を扱うには根気も体力もいるので、心身の消耗を和らげるためにも腕輪は身に付けておくものなのです。とはいえ、一度外れた枷。魔力が暴発せぬよう、見張りましょう」
ロタリオの腕輪は研究所に放置されている。壊れた扉の部屋に置き去りにしてきたので、今もまだそこにあるに違いない。エリーは珍しく罰の悪そうな顔をしてロタリオを見つめていたが、ヒューゴに頭を撫でられて、お得意の「私は悪くない」モードに突入しようとしていた。が、思い返せば、いまはそういう状況ではない。
ここは濃霧渦巻く魔素溜まりの道。事故が起きたというのに静寂であることが異常で異質なことに、そろそろ全員が気付き始めていた。
「お、お父さま。あそこ、子どもが寝てますわ」
窓にへばりついて外を見て叫ぶエリーに、車内の意識もそこへ向く。気絶した運転手に聞ければいいが、恐らく、事故となった要因はエリーの証言通り、地面に寝そべる一人の少年のせいだろう。
ただ、眠っているだけとは思えない。
大人たちは等しく、名前も知らない少年の生死だけを考えていた。
「ああ、お嬢様。お待ち下さい」
大人たちが考える間に、魔導車から飛び出したエリーがひとり少年のもとへ駆け寄っていく。濃霧の中を小さな姿だけが遠ざかっていくが、もちろん、レリアもヒューゴもセバスも魔導車から飛び出て、エリーの後を追いかけた。
「あなた、そんなところで寝てたら邪魔ですわよ」
「……っ…ぅ」
「あなたのせいで事故に合いましたわ。どう責任を取るつもりですの」
うつ伏せで顔を歪ませる少年は傷だらけで、苦しそうで、動けそうにない。身なりは奴隷か、捨て子か、簡素な服は汚れてボロボロで、着古したもの。髪色は真っ白で、肌は少し浅黒く、全体的に薄汚れて見えた。
明らかに負傷した少年の前で立ち止まった仁王立ちのエリーを脇へ寄せて、セバスが少年の脈をとる。
「どうだ、セバス」
「旦那様。魔素汚染が全身に広がっています。病院へ急いだほうがよろしいかと」
事故による怪我ではないらしい。セバスの見解では魔獣にやられたのか。魔導車で跳ねればもっとヒドイはずだと納得する一方で、日常的に殴られているような痕が見えなくもない。さらに魔獣にでも襲われたのか。切り傷や擦り傷が至るところに散布していた。
「彼に手当てを。すぐに出発する」
「かしこまりました」
ヒューゴの命で、セバスが取り出したのは治療用のパク。エリーがあまりに怪我をするようになったので、日常的に持つようになった最高級品。
「魔導車は動きそうか?」
「恐らくは大丈夫でしょう。運転手を起こして病院へ急ぎましょう」
「そうだな。彼も車へ」
「イヤですわ。そんな素性の知れない」
「エリーたん」
「だって、お父さま」
潔癖傾向のあるエリーの言いたいことはわかる。仮にも悪役令嬢として育つ予定の人間。身分主義な部分があるのだろう。
レリアが少年を抱え、セバスが車を整える間、ヒューゴの隣で不機嫌な瞳を揺らしていた。
「お父さま、どこの誰かもわからない人を簡単に車に乗せるのはイヤですわ」
「こちらが跳ねていない保証はないよ。それに彼には恩を売っておいた方がいい」
「でも、でも、あれが演技で、また、お父さまが襲われたりしたら。イヤですわ。怖いですわ。実際に、事故に遭いましたのよ。ロタリオがいなければ、今度こそ死んで……っ、ぅ」
言いながら悲しくなってきたのだろう。黒い瞳に涙を浮かべて、それでも人前で泣かないようにドレスを握りしめている。
「うわぁぁあ、エリーたん。オレの身を案じてくれていたんだね。愛しすぎる。なんて優しいんだぁあぁあぁぁあ」
「……っ、ぐ」
「推しが天使過ぎて尊いが過ぎるぅうぅ。あのエリーたんが、オレの、あぁぁあ」
「………旦那様」
「聞いてくれ、セバス。エリーたんが、オレの心配をしてくれたぞ」
「………旦那様」
「今のエリーたんの映像をリックが撮ってるかもしれない。あいつ、まじで変態だからな」
「旦那様。それは、結構ですが。抱きしめて気絶させたお嬢様もろとも、早く車に乗ってください」
「ああぁあ、エリーたん」
執事が深い息を落とすのも無理はない。視界が悪い濃霧のなか、そこだけお花が飛んでいる錯覚すら得そうになる。そうして一同は気絶した子ども三人と運転手をつれて、リリアンとカールが収容されている病院へと向かった。