悪役令嬢には、まだ早い!!
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時間だけが無情にすぎていく。
「暇ですわ」
そう呟いたエリーは、わかりやすく不機嫌になって椅子にふんぞり返り、あまりに反応が無さすぎて不安になったロタリオが今は扉を破壊しようと奮闘している。
「くそっ、お前の親父はどういう神経をしてるんだ」
「私にもわかりませんわ。お父さまは、あの事件以来、変態になってしまわれたの」
「変態、まあ、たしかにエリーたんはないな」
「もう随分慣れましたけど、扉の隙間から静かに覗き込んでエリーたぁんと呼ばれた日には、思わず泣いてしまうほど恐ろしかったですわ」
「怖すぎだろ、それ」
「魔法を直接受けた後遺症だとお医者様は仰っていたけれど、ロタリオは、お父さまが元のお父さまに戻る可能性はあると思います?」
「んー、魔法による後遺症か」
「愚問でしたわね。部屋の扉すら壊せないロストシストにする問いではありませんでしたわ」
「お前、ほんっとうに可愛くないな」
「私を可愛く思えないなんて、ロタリオの目は節穴ですわね」
「どこからくるんだよその自信。まじでムカつくな」
ああ言えば、こう言う。子ども同士、打ち解けるのにそう難しいことはない。時計の針が進むほど、二人の距離は近くなり、次第に向かい合うように椅子に座っていた。
「お茶が飲みたいですわ。ロタリオ、魔法でお茶を淹れてくださらない?」
「なんで俺が」
「出来ないなら、別に構いませんわ。初めから期待していませんもの」
人形に似て、一定の姿勢を崩さないのは教育の賜物だろう。些細なところに教養は現れるのかと、ロタリオの瞳がエリーを写している。
「あのな。お前、魔法が何か、勘違いしてるだろ。ほいほい好きなものを生み出せる便利なもんじゃないんだよ」
「我が伯爵家が誇る最高峰の研究施設には、ほいほい生み出せる魔法師しか入れないはずですが?」
「対価を払えよ。無償労働してやるほど、俺は寛大じゃない。魔力が無限にあると思ってんのか」
「それくらい知ってますわ。魔力は消耗品であり、魔力蓄積量は個体差が大きい。魔力消費は魔法威力と密接関係にあり、才能と技術で采配され、魔力が尽きればロストシストの命も危うい。魔法は、魔力がなければ発動しませんし、魔力は体力や精神力と同じ、個性があり、鍛えることができるもの。とはいえ、王家直轄の専属魔法師であれば、この部屋からも一瞬で出られるのでしょうけど」
「それは無理だ」
「苦し紛れの言い訳ですの?」
「お前、この手枷を知ってるか?」
「ロストシストの証でしょう?」
「そうだな。この手枷はロストシストの証であり、罪人と同じ呪いだ。この枷は一定の負荷を与える。主人に害を与えないように」
「まるで、その枷を外せば、この部屋から出るのは簡単だと仰ってるようなものですわ」
「あそこを見ろ」
ロタリオの悪態にも慣れたのか、エリーは指差された場所へと素直に顔を向ける。そこには血のように赤黒いパクが埋め込まれていた。
「あのパクがある場所では、破壊、崩壊、そういう衝撃魔法の類いが効かない。初代マトラコフ伯爵が編み出した防衛壁を展開するパクとこの手枷は相性最悪だ」
「枷は外れませんの?」
「繁栄の血族が触れれば簡単に外れるさ」
「触れるだけでいいんですの?」
エリーの黒い瞳が壁に埋まる赤黒い鉱石から、目の前の少年に戻る。エリーの問いかけが聞こえないふりをするのは、ロタリオが枷の重さを改めて実感したからだろう。少しだけ、空気が沈んだ気がした。
「では、その腕をこちらへ」
「は?」
伸ばされたエリーの腕に続いて、エリーの黒い瞳を見つめたロタリオは、わかりやすく意味がわからないという顔をしている。
「繁栄の血族であれば、触れるだけでよいのでしょう。ほら、早くなさって。私の腕が疲れてしまうわ」
「いや、でも」
「強情ですわね。私に触れられるのが恥ずかしい気持ちはわかりますけれど、照れるならお一人でやってくださいまし」
「お前、何か勘違いしてるぞ」
「勘違いではありませんわ。私は魅力的ですもの。あら、本当に簡単に外れましたわね」
重苦しい音をたてて落ちたのは黒くて重い手枷。こんなに重たいものが手首についていたのかと思うと少々不憫だが、ロタリオに関して言えば、その必要はないだろう。
現に、軽くなった手首を驚くように凝視している。
「さあ、早く扉を壊して、ここを出ますわよ」
「ちょ、どうして外した。これは契約書も兼ねるんだ。これがないと俺はここで働けないってのに、おいっ、今すぐつけろ」
「つけたり、外したり、忙しいですわね。ここから無事に出ることが出来たら、いくらでもつけて差し上げますわ」
「扉を破壊して怒られても知らないからな」
「構いませんわ。扉ひとつ壊したところで、修復用のパクを使えば簡単に戻りますもの」
言うなり扉に向かって歩いたエリーは、未だに混乱しているロタリオを呼び寄せる。そのまま「やれ」と命じる雰囲気でロタリオに指示したが、二の足を踏むロタリオの歯切れは悪い。結果、エリーのお墨付きを得て、二人は無事に軟禁部屋から脱出を果たした。
「エリーたん!?」
突然崩壊した扉に驚いたのは、まったり午後のティータイムを謳歌していた大人筆頭の父親に決まっている。
呑気にお茶を飲んでいたその顔は、不機嫌なエリーの「お父さまなんてだいっきらい」の一言で、呆気なく撃沈した。