悪役令嬢には、まだ早い!!
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「このままでは、エリーたんが公衆の面前で辱しめにぃぃい」
そう咽び泣く実父の姿を到底、子どもとは思えないほど冷めた目で見つめる少女の名前は、エリー・マトラコフ。
マトラコフ伯爵家の令嬢にして、由緒ある血族の末裔。その容姿は生まれながらに羨望の的であり、気品と可憐さを兼ね備えていた。艶やかな黒髪と、黒曜石も驚く黒い瞳、華奢な骨格に、白い肌と薔薇色の唇。男ばかりが続いた四人兄弟の末っ子という家族構成も影響しているのだろう。
使用人も、家族も、将来を心配するほど愛らしい容姿をしていることも、すべてが拍車をかけたに違いない。
エリー・マトラコフは、目に入れても痛くないほど可愛がられ、息をするだけで褒められ、挨拶すれば涙ぐまれ、歌えば拍手喝采、お辞儀をすれば拝まれる。そうして、ワガママはなんでも叶う人生を送ってきた。いや、送っている。
つまり、その家柄、容姿、環境から、エリーは年齢が一桁のうちに、立派な性悪女への片鱗を見せ始めていた。例えば、「髪を引っ張るのが強すぎる」と、メイドを解雇したり、「朝起こす声が優しくない」と、メイドを解雇したり、「靴の色が気に入らない」と、メイドを解雇したり。気に入らないものには八つ当たり、気に入ったものには媚を売る。まだ、利害関係を正しく理解出来ていないところだけが救いか。しかし、それも時間の問題だろう。親や兄が甘すぎる。とにかく、甘過ぎる。
誰か怒れと言おうものなら、それこそ自分が怒られて、国の裏側まで飛ばされる。
そんなわけで、典型的な性格形成も完成に近付き、年齢を重ねて熟成すれば、完璧な悪役令嬢になれるといった様子だった。ところが、エリーが七歳の冬。突然転機が訪れる。
「エリーたぁぁん。い、愛しのエリーたんが、めの、目の前にぃぃい」
「お、お父さま。いかがなさったの?」
これまでの姿からは想像も付かない変貌ぶりに、エリーだけでなく、周囲の人間もドン引きしていた。
ベッドの上には、大粒の涙を浮かべ、娘を凝視するマトラコフ伯爵の姿がある。普段は穏やかに、笑顔の仮面を貼り付け、何事も冷静沈着、迅速に判断してきた当主の面影は、失礼ながらどこにもない。
怪我をした父の見舞いに訪れただけなのに、まさかの事態に混乱したのか。エリーは目を丸くし、縫い付けられた影のように動かなくなり、そんな様子を誰もが息を潜めて見守っていた。
「エリーたん。本物なんだね。愛してやまないオレのエリーたぁぁあん」
「………ふっ、ぐっ」
「あなた、一体どうなさ…ッ…キャー、エリー、エリー!?」
「っ、エリーお嬢様!?」
ベッドの上から突然飛びついてきた父親に、これでもかと抱き絞められ、頬擦りされた衝撃で、気を失ったのは他でもない。
夫の奇想天外な行動に、伯爵夫人の顔も蒼白になっている。意識を手放した哀れなエリー令嬢に気付いた周囲は、マトラコフ伯爵夫人の悲鳴を筆頭に、騒然と動き出す。
1952年12月25日。
マトラコフ伯爵家の屋敷内は、窓から見える外の景色以上に、肌寒い風が吹き荒れていた。