きっと繋がる理想郷
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彼氏とボーリングデートなんだと楽しそうに事前報告をくれたヒナに、塾に向かう菊花の顔も嬉しそうに綻ぶ。
友達の幸せは自分の幸せだと、携帯のメールに返信を打ちながら菊花は駅から塾までの道のりを歩いていた。
「だからこっちだって」
「さっきもそっち、つって違ったじゃねーか」
「ちょ、場地さん。一虎さんも、塾はそっちじゃないすって。だから土地勘あるとこにしましょうって、あれほど……」
「何言ってんだ、千冬。塾って書いてあるだろうが」
「……塾って書いてありゃどこでもいいってわけじゃないんすよ。体験入学する塾の名前も忘れたんっすか?」
前方から並んで歩いてきた三人組の会話に思わず笑ってしまう。
真面目そうな丸眼鏡をして髪をひとつにまとめた大きな人と同じくメガネをかけた金髪混じりの黒髪の人。その二人の手を引っ張りながらついて歩く不良。
笑い声が大きすぎたのか、じっと見つめられていることに気付いて曖昧な笑みで誤魔化してみる。
「ごめんなさい。あまりに可愛くて」
「いや、可愛いのはおねーさんでしょ」
「私、中学二年生だからおねーさんじゃないかも」
「え、タメじゃん」
不良の子のくだけた喋り方に親近感がわく。
まったく一緒に連れ立ってなさそうな三人なのに、なぜかしっくりくる立ち位置が目新しい。そう思っていたら、いつか見た顔と類似する点を見つけて菊花は金髪混じりの黒髪に顔を寄せた。
「やっぱり、あのときの」
ハロウィンの時にぶつかった首筋に虎のタトゥーをいれた人。眼鏡をかけているが鈴のようなピアスをしているので間違いない。
奇遇だねと声をかけてみれば、向こうは驚いたように目をパチパチしていた。
「余計なお世話かも知れませんけど、さっき聞こえた塾の名前、たぶん、私の通ってるところです。よければ一緒に行きませんか?」
そう尋ねてみれば二つ返事でお願いされて、また笑ってしまった。聞けば、場地圭介、羽宮一虎と名乗る丸眼鏡の男二人は中学生なのに留年をしているらしく、これ以上成績を落とせないという。本当は中学三年なのだと恥ずかしそうに告げられたものの、誰にでも得意不得意はある。
おかげで卒業が確定するまで大好きなチームに帰れないと嘆いていたが、一日でも早く復帰したいと意気込む二人は塾に行こうと決めたらしい。
ただ、地元だと塾選びが難しかったようで、仕方なくこうして土地勘のない場所まで出向いてきたという。
松野千冬と名乗った付き添いの人は、この二人が心配でついてきた。とのことだった。
「菊花ちゃんの制服って有名なお嬢様学校のだよな」
「うん、そう。やっぱり目立つ?」
「目立つのは制服っていうより、菊花ちゃん」
「ほんと、それな」
「なにそれ、みんな変なの」
塾につくまで他愛ない話を続けて、そこで別れる。体験入学をするつもりなのであればたぶん教室は別になるだろう。
「場地……あ、どこかで聞いたことがあると思ったらハロウィンの日にランちゃんとリンちゃんをジョークナイフで爆笑させた人だ……ま、別人だろうけど」
珍しい名字だからといって早々同一人物には巡り会わない。
「あの、菊花ちゃん」
「ん?」
「連絡先交換してもいい、かな?」
「うん、もちろん」
追いかけてきた千冬に菊花は携帯を差し出す。遠巻きに見ていた二人も道連れにして、菊花は増えた三人の番号を大事にしまった。
「じゃあ、勉強頑張ってくださいね」
お辞儀をして今度こそ別れてから自分のクラスに入ることにする。
ところが数分もしないうちに「俺、先に行ってます」と教室の横を走り去っていく千冬と、授業が終わるなり「黒龍ぅぅぉおおぉ」と叫んで走る残された二人を見た気がした。
「って、ことがあってね」
『ついに菊花にも恋の兆しかぁ』
「恋じゃないよ、てかヒナちゃん大丈夫なのかな?」
塾が終わって携帯を確認してみれば、エマからのメールで「当分、渋谷新宿方面に来ちゃダメだよ」というものだった。
なぜかを尋ねると、ボーリングデートの帰宅途中、ヒナは彼氏と一緒に不良グループに絡まれた挙げ句、ヒナの彼氏が怪我をしたと返ってきた。続いて「黒龍と書いてブラックドラゴンと名乗る不良を見たら逃げてね」と物騒な文字を見て早速電話している。
『ウチもさっき心配で聞いたけど、彼氏と一緒だったし大丈夫だって』
「よかった。エマちゃんも気をつけてね、最近事件多いから」
『それをいうなら菊花もだよ。こんな遅い時間まで塾とか心配すぎるよ』
「ありがとう。でも大丈夫、私の周りは割りと平和だから」
『何かあったらリンちゃん、だっけ、その子にもらった防犯ブザー鳴らすんだよ』
「……あ、うん」
『あ、ごめん。お風呂入らなきゃ』
「ううん、私ももう駅についたからまたね」
『うん、おやすみ』
「おやすみ」
ヒナに怪我はないと聞いてホッとしたものの、最近、彼女たち周囲の治安の悪さに一抹の不安がよぎる。
そして自分の防犯グッズもどちらかといえば逆だったとは言えなかった。
「あ、ランちゃん」
「菊花、おかえりー」
「わざわざ迎えに来てくれたの?」
「オレもいる」
「リンちゃんも、ありがとう」
六本木の駅につくなり見つけた姿に駆け寄っていく。
ヒナやエマには悪いが、こちらは本当に治安がよくなる一方だと思わざるを得ない。あの一件以来、女遊びを辞めたのか蘭と竜胆はよく一緒にいてくれる。
「誰にも襲われなかった?」
「塾で誰に襲われるの?」
「少しでも変な奴がいたら言えよー」
「変な人なんて早々いないよ」
仲良く三人で手を繋ぎながら帰る夜道ほど安全なものはない。右に蘭、左に竜胆。小さな頃から変わらない位置にいるのに、二人はどんどんカッコよくなって、あの頃は大きさの変わらなかった手もすごく大きくなった。
「ね、ボーリングデートしない?」
「え、やだ」
「ランちゃん即答すぎ」
「なんでボーリングデート?」
「友達が彼氏と言ったって……あ、そうだ。ランちゃんとリンちゃんも気をつけてね」
二人の手の感触に浸りながら顔をあげてみれば、「なにが?」と同じ顔で見下ろされる。
「黒龍って名乗る人たちが危ないんだって」
そういえば、わかりやすいほど怪訝な顔で目を細められた。
「最近のそのお前の情報なんなの?」
「え?」
「菊花、携帯みせろー」
「え、やだよ」
「なにその反応。もしかして男?」
「リンちゃん、いるわけないでしょ。あ、ランちゃん!」
「なー、この。羽宮、場地、松野って誰。どんなやつ?」
「……今日、体験入学にきてた塾の人」
「あいつらこんなとこまで来てんのね」
「え、二人の知り合い?」
「お前もう塾行くな」
「削除しまーす」
「待って、だからなんでそうプライバシーを侵害してくるの…ランちゃん、ちょっとリンちゃん、離して……あー」
数時間前に手に入れた希望は呆気なく消滅する。
「私が彼氏とか友達出来ないのって、絶対ランちゃんとリンちゃんのせいな気がする」
気紛れな幼馴染みを持つと本当に苦労する。どうせ、今のこの状況にも飽きて、また女遊びや喧嘩に明け暮れる日々がくるに違いないのに、いつまでも付き合っていられないと、菊花は蘭の手の中から携帯を奪い返した。
「送ってくれてありがと、今度からはもう必要ありません。おやすみなさい」
そういってカッコよく締め括りたかったのに、なぜか段差でつまずいて台無しになる。二人には「だっさ」と笑われたが、ふんっと鼻をならして菊花は自分の部屋に引きこもった。