きっと繋がる理想郷
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
五万円の投資も空しくジョークグッズでは遊べなかったものの、二人そろって見に行ったハロウィンショーが尾を引くほど楽しかったのか、すこぶる上機嫌な蘭と竜胆に構い倒されて菊花も気持ちの良い秋を過ごしていた。
「菊花。ジョークグッズの店にお礼いっとけー」
「場地つったっけ。あいつ、絶対自分刺されたと思ってたよな」
「『やれるもんならやってみろ』って言ったあと瞬殺された眼鏡ちょーウケる」
「いま謹慎だって、兄ちゃん」
「謹慎とかダセェ」
ギャハハハと腹を抱えて爆笑している内容は一ミリも理解できないが、二人が楽しそうであればそれでいい。
どうやら見学に行ったハロウィンショーでも、ナイフのジョークグッズが使われたらしいが、出来ることなら自分もそれを使いたかったと後悔は残る。とはいえ過ぎたことを悩んでも仕方がないので、菊花は自分の部屋の勉強机に座って、塾の課題をこなしていた。
「ん?」
秋も深まる十一月中旬、携帯にメールが届いたことを知らせる通知が来て、そこに添付されていた写真を見てテンションがあがる。
『菊花、見てー、めっちゃ可愛いぬいぐるみもらった』
差出人はエマ。
もうすぐ誕生日なので兄と出かけていたカフェに好きな人が来てくれて、前に「可愛い」と言ったクマをくれたのだと、嬉しそうな文字が綴られている。
そしてそのクマに既視感。
「私がリンちゃんにもらったクマに似てる」
目が大きなピンク色のクマ。
エマ情報ではゲームセンターのユーフォ―キャッチャーで入手できるものらしい。けれど、蘭と竜胆がコインを入れて必死にゲームをしているのが想像できるかといえば、少々難しいものがある。
「買ってくれたのかな?」
防犯ブザーだと言っていたが、あの日以降平穏無事に過ごせているので特に使用することはない。
そういえば使い方は聞いていないなと、試しにクマを引っ張ってみる。が、特になにも起こらない。
「ん?」
そうしてじぃっと穴が開くほどクマを見つめていると、不審が確信に変わり、ふとそれ以外の可能性が考えられないような気がして、菊花はそのクマのストラップを解剖するために机の上にあったハサミで切り込みを入れてみた。
「……~~~っ」
防犯ブザーではなく、盗聴グッズだったことは明白な事実。
異様なほど煌めくクマの目が、もはやホラー映画のキャラクターにしか見えない。
グシャリとそれにハサミを突き立てて壊せば、案の定すぐに菊花の携帯に電話がかかってきた。着信相手は、灰谷竜胆。
「菊花、無事か?」
「めちゃくちゃ無事ですが」
「今どこ?」
「めちゃくちゃ自分の部屋」
「ひとり?」
「ひとりですね」
「……」
「……リンちゃ…あー切られた!!」
そして自分の部屋の窓から灰谷家の方を覗いてみると、バイクで竜胆が走り去っていくのが見えた。
「……逃げたな」
だけど代わりに出てきた三つ編みが、つかつかと菊花の部屋の下までやってきて「やっほー」と手を振ってくる。
もちろん携帯電話が鳴り響いて、着信相手は灰谷蘭。
「ランちゃんも知ってたの!?」
「何の話?」
「とぼけないで、盗聴器だよ、と・う・ちょ・う・き」
「それいいな」
「何がいいの、何が仕掛けられてたの!?」
「どうでもいいけど、デートしよっか」
「どうでもよくないけど、デートはしたい」
「じゃあ、五秒なぁ」
「は、え…ご、五秒!?」
通話が切れて窓の外から「ごー・よん」と数を数える声が聞こえてくる。
今日は家政婦さんが休みだとどうせ何かでわかっていたのだろう。転がり落ちるように息を切らせてやってきた菊花に、蘭は「遅いぞぉ」と頬を膨らませながら玄関先に立っていた。
「ま…も…ほんと…突然」
「さ、行くかぁ」
カギをかけるのも待てない蘭に腰を抱かれ、歩き出そうとする奇行に息が切れる。
いつの間に呼んだのか。
タクシーが待機していて、当然のようにそこに乗り込んだ蘭に連れられて、菊花もタクシーの後部座席に乗り込んだ。
「どこ行くの?」
「適当」
「私、完全に部屋着なんだけど」
「じゃ、服買いにいけばいーじゃん」
気まぐれに停車した店先に「そういう問題じゃない」とついていけば、蘭はすでに店員と会話していた。息つく隙もない。何かを告げられた店員はすでに疲弊した顔の菊花の目の前に、がしゃがしゃと無造作に服を並べていく。
「そこ動くなー」
「え、なに?」
「はい、きをつけぇ」
直立不動の構えで立つこと数秒、蘭の直感に響くものがあったらしく「これな」と渡されて試着室に放り込まれる。
つまり「着ろ」ということだろう。
どこまで傍若無人なんだと疲労に肩を落としたくなるが、盗聴器のおわびぐらい貰ったって罰は当たらないだろうと思い直し、素直にそれを着ることにする。
「へぇ、さすが俺」
「そこは普通、女を褒めるんじゃないの?」
「褒められたかったら努力しろー」
「……ぅ、なんか屈辱」
「ま、あと三年もすりゃ褒め倒してやるよ」
「なぜ三年?」
「束の間の自由を楽しめ」
「意味わかんない」
試着の合間に会計を済ませていたらしい蘭と再びタクシーに乗って、目についた店を適当に回る。計画性も何もないが、一応「あ、行ってみたい」と思った店には全部入れたので、菊花てきには大満足なデートと言っておこう。
「ランちゃん、そろそろお腹すいた」
「なら帰るか」
「帰るの?」
「竜胆が飯作ってる」
「えー」
不満をそのまま口にしているうちに、初めからその予定だったのだろう家の前でタクシーが停止する。背中を押されながらタクシーの外に出されて、灰谷家の玄関をくぐり、リビングに足を運ぶと、そこには竜胆がテーブルいっぱいに料理を並べて待っていた。
「わ、わ、わ」
好物を並べられると人間は弱い生物だが、機嫌よく空腹で帰ってきた人間には特別に効果があったらしい。
「菊花、怒ってる?」
「え、んー、怒ってたけど、もう怒ってない」
抱きしめて不安そうに尋ねてくる瞳には怒りも緩和されてしまう。
あのとき「逃げた」のではなく、「お詫びを慌てて用意しに出かけた」のだとすれば少し可愛いじゃないかと、三歳も年上の幼馴染に感じるのも仕方がない。
「私のこと心配してくれたのはわかったけど、変なもの仕掛けるのはもうやめてね」
「……菊花、好き」
「こういうときだけ好きって言うの、リンちゃんずるい」
軽く頭突きをするように額を付き合わせて、菊花は苦笑する。
結局は何をされても許してしまう。女との浮気現場を見せられても、喧嘩で血まみれになっていても、地獄絵図を作り上げる性格をしていても、小さな頃から傍にいる二人のことは不思議と憎めない。
だからこそ、聞いておきたいこともある。
「変なもの取り付けてあるのって、あのストラップだけだよね?」
「菊花、しつこい女はモテないぞ」
「ランちゃんにモテなくてもいいし」
「いいから座れ」
「座るけど、さぁ」
「菊花、それ新しい服?」
「え、あ、うん。ランちゃんが買ってくれた」
「似合ってるな」
「ほんと?」
「俺もそう言っただろー」
「言ってないよ、リンちゃん、ちょっと聞いてよ」
はいはいと嬉しそうに聞いてくれる竜胆のご飯は美味しくて、ちゃちゃを入れる蘭との会話は盛り上がる。
いつまでもこうして二人といられたらいいのにと噛み締めながら、菊花はその日も流されるまま灰谷家で三人並んで眠っていた。