きっと繋がる理想郷
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
タクシーで学校に通うのにも慣れた10月最終日。
ブラブラと携帯のストラップを揺らしながら菊花は渋谷の街を歩いていく。渋谷の街はハロウィン当日にテンション最高潮で、どこもかしこもハロウィン一色。オレンジ色のかぼちゃから、黒いとんがり帽子の魔女はもちろん、変な怪物まで至る所で目撃できる。
ティッシュ配りのフランケンシュタインの横を通り抜け、若者が入り乱れる繁華街の一角、ハロウィン専門店もといコスプレ専門店に足を運んだ菊花は、鼻歌を奏でながらそれを見つけた。
「本物そっくりで、めちゃくちゃ人気ですよ」
愛想のよい店員さんのメイクが本格的過ぎて引きつつ、菊花は「買います」と即答していた。簡易な袋につめてもらって店を出る。
今日はすこぶる機嫌が良い。
歩く足取りが物語っているが、私服でハロウィングッズを買いあさる程度には浮かれている。
「もしもーし」
『あ、菊花ちゃん、ヒナだけど』
「ヒナちゃん、どうしたの?」
『えっと、菊花ちゃんはハロウィンのメイクどんなふうにするのかなって気になって』
「今渋谷にいるんだけど、メイク用のシールいっぱい売ってるよ」
『菊花ちゃん。いま、渋谷にいるの?』
「うん、そうなの」
『すっごく嬉しそう。なにかいいことあった?』
電話口でふふっと笑ってくれる声に調子があがる。
嬉しいも何も、今現在携帯についているストラップがすべてといっても過言ではない。
「リンちゃんがね、可愛いストラップくれたの」
この間みたいなことがあったら困るからと「防犯ブザーでもつけとけ」と言われながら、携帯を取り上げられて無理矢理つけられたもの。防犯ブザーがまさか可愛いピンクのクマだとは思わずに、一瞬あげた抗議の声は簡単に取り下げられた。
蘭には「ちょろ」と笑われたが、元はといえば蘭のせいだと、被害者ぶってみればなんと今夜のハロウィンは遊んでくれるというではないか。
「コスプレに気合いを入れたくって」
続けてそう返せば、ヒナは「わかる」と言って一緒に喜んでくれた。
さすが彼氏のいる可愛い子は違う。
「せっかくだから本格的にいこうと思ってるんだ」
『本格的?』
「この間、半強制的に見せられたホラー映画のキャラになる」
『え、魔女とかじゃなくて?』
「私服で似たようなの持ってるし、血糊を今から調達するつもりで、ほら、やっぱ刺すからには血がいるでしょ?」
『ゴメン、菊花ちゃん。ちょっと何言ってるかわかんない』
彼氏が刺された人に言う話ではなかったと謝罪しながら、菊花は血糊を求めて店を見る。血糊はすぐに見つかり、本格的なメイクシールや足りない衣装などを調達させて、通話を切ったそのとき、路地から出てきた人物と盛大にぶつかって菊花は持っていたものを路上にぶちまけた。
「痛た…っ、ごめんなさい」
「ううん、こっちこそ前見てなかった」
首にトラのようなタトゥーと左耳に鈴のような耳飾り。どこか空虚をみているような瞳が斜め下を向いていて、菊花は「もしかして打ち所が悪かったんじゃ」と焦った顔で覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「え…あ、うん」
「そう、ですか。あ、すみません、荷物拾うの手伝ってもらっちゃって」
顔を覗いてみてわかったが、かなりのイケメンだと思う。
白いパーカーには首のない天使が描かれていて、そういうデザインが今年は流行っているのか、先ほども同じような服を着た人とすれ違った。
それでも自分に実害がないのであれば、流れる風景と同じ。
菊花は、すっかり回収してもらった荷物を持って、あらためてお礼をいうと六本木の家まで真っ直ぐに帰ってきた。
「リンちゃん、ランちゃん、ただいまぁー」
「すごい荷物だな」
「ちょっとヤバいもの家でおけないから、ここでかくまって」
至極明るい声で「ヤバいもの」といった菊花に、リビングでくつろいでいた蘭も、出迎えてくれた竜胆も興味を示してくれる。
午前中限定ではあったものの、渋谷まで買い物に出かけるのを珍しく送り出してくれた兄弟に、本番前に見せるくらいわけないと、菊花は袋から取り出して「じゃじゃーん」と効果音と共にそれを差し出した。
「ナイフじゃん」
「なになにー、菊花、殺したいやつでもいんの?」
自分以上に目を輝かせてくれるのが、この隣人兄弟だと菊花も笑う。
「俺に教えろー」と蘭が携帯を放り投げて笑顔を向けてきたので、「いや、違うし」と菊花は真顔でそれを否定した。
「これは、本物そっくりのジョークグッズ。五万もしたんだから」
「菊花、それを買いに渋谷までいってたの?」
「リンちゃん、本物らしさを演出するならそれなりの値は張るんだよ」
「いや、お前のそういうところだけお嬢様思考どうかと思う」
「言いながら、ジョークナイフに興味あるんじゃん」
奪い取られたそれに菊花は頬を膨らませる。
竜胆はナイフを持って首をかしげ、先端を押して首をかしげ、「兄ちゃん」と蘭に放り投げて曖昧な顔をしている。
「あー、菊花」
「なに?」
「店の名前わかる?」
蘭まで弧を描いてやってきたナイフを手に取るなり首をかしげたり、ソファーに突き刺したりして遊んでいる。後ろにいた竜胆が他に買ったものをごそごそと漁っているが、おおかたレシートでも探しているんだろう。
「なにか不良品とかだった?」
二人とも何も答えない。
「もう、からかってるなら返して。それは、今日のコスプレで使うんだから」
蘭に手を伸ばして、真顔でじっと見られることに少し戸惑う。
いったい何だろうと首をかしげていると、蘭は近くにあったクッションを手に取って、あろうことか今しがた手にしたナイフでそれを真っ二つに引き裂いた。
「え?」
はらはらと目の前を散るのは白い羽。
「ぅぇええええええぇ!?」
思わず蘭の足元に散る白いゴミくずと化したクッションにまで駆け寄って叫ぶ。ニセモノを買わされたのではないかと、蘭と竜胆が怒るのも無理はない。
「いやいやいや、ちゃんと店員さんと目の前でジョークグッズなの確かめたし、すぐに使うから包装はいらないっていったけど、いや……え…あ」
そこで思い返す。渋谷でぶつかり、路上に荷物をぶちまけたことを。
それでも「本物とジョークグッズが入れ替わるか?」と疑問符を浮かべた菊花には答えがわかるはずもなく、案の定、怒り心頭の美形兄弟は「その店行ってくる」とそろって席をたっていた。
「まっっっっ、て…待って待って」
蘭と竜胆の服を後ろから引っ張って呼び止める。
全体重を後方にかけて服を引っ張ってみるが、なぜ二人とも平気で前に進める意味がわからない。
「お店の人は本当に悪くないから、たぶん、白いパーカー着た人とぶつかったときに入れ替わったんだと思う」
「……は?」
「道路に荷物ぶちまけちゃって、そこで丁寧に拾ってくれたイケメンがいたんだけど、たぶんその人が間違ったんだよ」
「イケメン?」
そこに食いつくのか、本当に自分たちの美を信じて疑わないなと呆れも湧いてくる。が、今はそんなことに感化されている場合ではない。このままいけば、店が半壊になると菊花は必至で二人の強行突破を阻止することに全力を尽くす。
そのとき、先ほど机の上に放り投げていた蘭の携帯が音を鳴らした。
「ランちゃん、携帯、鳴ってる」
「命拾いしたなぁ」
わしわしと頭を撫でて携帯に出た蘭の手には、くるくると遊ぶようにナイフが握られているが、もしかしなくても回収しておいたほうがいいのではないだろうか。
「竜胆、行くぞ」
「え、ランちゃんたちどこか行っちゃうの?」
「ハロウィンショーの観戦」
「二人だけズルい」
「菊花とは夜にハロウィンパーティーするんだろ?」
「……ぅー」
「飾りつけとか色々楽しみにしてるから」
そして本当に出ていった二人に驚きは隠せない。
午前中に帰って来いと言われたから帰ってきたのに、と叫ぶ声が届くわけもなく、菊花は変な闘志を燃やして夜のハロウィンに向けて取り掛かった。