きっと繋がる理想郷
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8月3日。夜には雨という予報を聞きながら、空を見上げてみるとまだ雲は少なく、祭りを楽しむくらいには問題なさそうだと菊花はホッと息を吐く。
携帯にはヒナとエマから「行ってきます」と浴衣姿の写メが送られてきたが、そのあまりの可愛さに不安が胸をついたのは仕方がない。彼女たちの騎士と彼氏がどんな人たちかはわからないけれど、「楽しんできてね」とだけ菊花は返信しておいた。
「さっきから何ニヤニヤしてんの?」
「り、リンちゃん!?」
突然背後から声をかけるのはヤメてほしい。
慌てて携帯を閉じて振り返った先では、文字通り目と鼻の先にある竜胆の眼鏡に、焦った菊花の顔が映っていた。
「最近、オレの顔見た瞬間に狼狽えすぎじゃね?」
「そ、そうかな?」
「彼氏でも出来た?」
「……は?」
見当違いな質問に疑問符が浮かぶ。
どこか疑心暗鬼な顔でじっと見つめられても、どこをどう見たら彼氏がいるように見えるのか説明してほしいと思ってしまう。
「……嫌味?」
「は、なんでそうなんだよ」
「いるわけないじゃん。どうせ私はリンちゃんやランちゃんと違ってモテないですよーだ」
ふんっと鼻を鳴らして、窓際から身体を離してキッチンへ向かう。
家政婦さんが作ってくれた晩御飯を準備しようとしただけだが、金魚のふんのようについてきた竜胆に、菊花はまた振り返った。
「どうしてついてくるの?」
「一緒に食べようと思って」
「え、彼女とお祭り行かなくていいの?」
「祭りって何の?」
腰に巻き付いてきながら、こてんと首をかしげて心底何の祭りかわかっていない様子の竜胆に、菊花も尋ねた言葉の先を飲み込むしかない。
てっきり、ヒナとエマと盛り上がっていた流れで近くで開催されるものかと思っていたが、そういえばあれはヒナの家の近くでやる祭りだったと、遅れて認識がついてくる。
「なあ、祭りって何の?」
「武蔵祭り。友達が行くって言ってたから、リンちゃんたちも行くと思ってた」
「あの辺まで遊びに行ってんの?」
「遊びには行ってない、そこの近くの子と仲良くなっただけ」
「なんて名前?」
「それ、リンちゃんに関係ある?」
「男、女?」
「普通に女の子だけど」
もはや面倒くさい彼氏のように質問攻めにしてくる竜胆を巻き付けて、菊花はご飯の準備を進めていく。
とはいえ、お手伝いさんは「娘、一人分」しか作らないのだから竜胆が一緒に食べるつもりなのであれば全然足らない。
「リンちゃん、何か食べたいのある?」
「菊花が作ってくれるの?」
「うちで作ったら家に入れたのバレるから、そっちで作るけど」
「何かヤラシい響きだな」
「じゃあ、不法侵入って言葉に改めようか?」
くすくすと上機嫌に笑う竜胆に手伝ってもらいながら、食材のいくつかを袋に詰める。あとは灰谷家の冷蔵庫に何かしらあるもので調達すればいいだろう。もしも足りなければ買いに行けばいい。
「で、何食べたいか決まった?」
「菊花が作ってくれるなら何でもいい」
「うわ、それ一番困る解答」
「菊花は何が食べたい?」
「寿司」
「作る気ゼロじゃん」
いつの間にか荷物を全部持ってくれている竜胆と仲良く手を繋いで灰谷家にお邪魔する。すると玄関には見慣れた男物の靴の横に、見慣れない女物の靴があった。
「あれ、菊花?」
悪びれもせず、風呂上り。いや、シャワー上がりの蘭が現れた。
RPGゲームならここでコマンドが出て「逃げる」「戦う」を選択できるのだが、現実はそこまで規定通りには動かない。
「ねぇ、蘭。この子、だれ?」
わかりやすくボン、キュ、ボン。と派手な下着姿で現れた女の髪も濡れている。
蘭が自分の髪を拭いていたタオルを当たり前のように剥ぎ取って自分の髪を拭いていて、そのまま上半身裸の蘭の腰に腕を絡めて、背中に「ちゅ」と軽いリップ音を立てていた。
それこそ、一瞬にして冷凍マグロよろしく固まった菊花になすすべはない。
「気が済んだら帰れ~」
間延びした蘭の声がひらひらと手を振っているのをどう受け止めればいいのだろう。
「お 邪 魔 し ま し た!!」
来たばかりの玄関から反転して帰ろうとした身体が、なぜか温かなもので包まれる。それがすぐに竜胆の体温だと気付かないくらいには、混乱していた。
「ちょ、な……私、帰るんだけど?」
「兄ちゃん、あとで謝って」
「おー」
ずるずると蘭と女の横を通ってキッチンまで抱き着いたままの竜胆に連行されるが、知ったことではない。
今すぐに帰りたい。別に、二人がどこの女とどんな関係だろうとかまわないが、視界にいれて平常心を保てるほど心は強く出来ていない。
「帰る!!」
「飯食ったらな」
「家で食べる!!」
「もうこっちに全部持ってきたとこだろ?」
「持って帰る!!」
「ほら、菊花。今日は菊花の好きなオムライス作ってやるから」
「リンちゃん!!」
「はいはい、ごめんなー」
ぎゅっと抱きしめて頭をよしよしと撫でられて、なだめられて、好物を条件に出されて、それでも反抗できるほど強くもない。
「ランちゃん、キライ」
「オレも兄貴のあーいうとこキライ」
頭の上から優しく降り落ちてくる声が優しくて、怒っていた気持ちが和らいでくる。
ふぅ、と。あきらめた息を吐き出せば、ふわりとシャンプーの香りが近づいてきた。
「菊花、そんなに怒るなぁー」
「ランちゃん、触らないで、不潔」
「どーしたら許してくれる?」
「許すとか、許さないとか、私に関係ないじゃん!!」
「じゃー、なんでそんな怒ってんの?」
いつの間に竜胆から蘭に変わっていたのだろう。
いつもは三つ編みにしている髪が、どこぞの女との風呂上がりのせいで三食ババロアみたいに揺れているが、見上げた顔はよく知る蘭の顔だったのだから泣けてくる。
「~~~ぅ、わかんないよ」
「あー、泣くなー」
「ランちゃん、キライ」
「でも蘭ちゃんは菊花のこと好き」
「菊花はランちゃんのこときらい」
「こんなに俺は菊花が好きなのに?」
「…っ…ぅ…好きじゃないもん」
「じゃあ、俺が今から菊花の好きなところ言うから、菊花も俺の好きなとこ言え」
「なにその、謎理論」
「いくぞー」
「え、待って」
どうやら泣く暇もくれないらしい。なぜか、普段言われもしない「ここが好き」を連呼し始めた蘭に菊花は焦る。
隣ではじゅーじゅーと無言で竜胆が何か炒める音がしていたが、ときどき「オレも」と混ざってくる応戦に、心臓がざわざわする。
「わかった、もう、わかったからヤメて」
真っ赤な顔で好き好き攻撃を制止した菊花の声が響き渡る。
そして、見計らったように「出来たぞ」と竜胆がオムライスを人数分仕上げていた。
「菊花、オムライスにハート描いて」
「……なんで、私が」
「いやなら、蘭ちゃんが今から」
「描きます」
ケチャップを手に取ってハートを描く。わけがない。
ぐちゃぐちゃと、適当な波を描いて最後の文句と言わんばかりに、菊花はそれを蘭の前に差し出した。
「菊花、かーわいっ」
「……リンちゃんのはハートにする」
「やった」
そうして仲良く三人で夕食をとる。
スプーンですくって一口食べた味は悔しいくらいに美味しくて、お手伝いさんが作ってくれた食事も全員で片付けながらふと窓の外を見つめた。
「あ…雨だ」
もう降り始めたのかと、同時に浴衣でデートをしている友達を思い浮かべる。
彼女たちは彼氏や好きな人と楽しく過ごしているというのに、なぜ自分は隣人に振り回される夜を過ごしているのだろう。
「あーあ、私も彼氏ほしい」
ぽつりと呟いたことを後悔するまで、あと三秒。