きっと繋がる理想郷
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幼稚舎からブランドの制服に身をつつみ、小中高一貫教育のお嬢様学校に通う同級生からしてみれば、ひとりで渋谷の街で遊ぶなんて話題は盛り上がらない。
「まあ、菊花さん。誘拐でもされたらどうするんですの?」
「最近は治安もよろしくないですし、せめて護衛とタクシーで行くべきですわ」
頭の中で作り上げた架空の同級生だが、そう大差ないだろう幻聴が聞こえてくる。
電車で六本木から渋谷まで。切符を買って、改札を通って、人ごみに紛れて歩く。目当てのアイス屋はスクランブル交差点の近く。
学生の夏休みを狙って昨日オープンしたばかりなのだから、並ぶことはわかっている。
それでも日本初上陸という言葉と、大好きなトッピング乗せ放題というオープン限定サービスという文言につられないわけもなく、こうして一人出向いてきた。
「あついねー」
「ねぇ、日傘持って来ればよかった」
自分と同い年くらいの二人組が菊花の真ん前に並んでいる。
同じ女子から見ても、かなり可愛い。お嬢様学校にはいないタイプだが、単純に顔のつくりはもちろん雰囲気や声、仕草、どれをとっても心が和む。
「エマちゃんは何アイスにする?」
「めっちゃ悩んでる。ヒナは?」
「私も悩んでる。だってどれも可愛いし、おいしそう」
うんうん、わかるわかる。と、内心で相槌を打つ。二人は前から回ってきたメニュー表をみて顔を寄せ合っているが、その姿も眼福といえるほど可愛らしい。
思わずじっと見つめていたら、「ヒナ」とよばれた一人と目があった。
「うわ…あ、すみません」
何が「うわ」なのかわからないけれど、人の笑顔を見た途端に謝られると少し凹む。そんなに自分の顔は可愛い種族からすれば見るに堪えないのかと、心まで折れかかっていた。
「あ、えっと。すみません、いきなり声あげちゃって」
「いや、いいんです。気にしないでください」
「え、めっちゃ美人。ヒナの知り合い?」
「ううん、美人だから思わず声出ちゃった、だけ」
照れた顔が可愛い、じゃなくて「美人」を連呼する二人が美人だと声を大にして叫びたい。そんな地団太を悟ってくれたのか、ふわふわ可愛い「ヒナちゃん」が身体を改めて菊花の方に向けてくる。
「私、橘 日向っていいます。こっちは友達のエマちゃん」
「はーい、佐野 エマです。エマでいいよ」
「私もヒナって呼んでくれたら嬉しいな」
あまりの可愛さに天を拝みたくなる気持ちをおさえて、菊花はニコリと笑って「南茂菊花」と名乗った。
そこからはトントン拍子で話が進み、菊花は気付けば「ヒナ」「エマ」と携帯に番号とアドレスを保存させていたし、三人並んでアイスを食べて、プリクラまで撮っていた。
「えー、じゃあ。菊花ちゃんってあの有名なお嬢様学校に通ってるの?」
「うん、そう。だから友達とゲーセンでプリクラなんて初めて撮った」
チョキチョキと備え付けのハサミで切ってくれた日向から受け取ったプリクラを見て、すごくいい出会いだなと痛感する。
エマが描いてくれた「出逢いに感謝」という写真上の文字もめちゃくちゃ嬉しい。
「これからも一緒に遊んだりしてくれる?」
「もちろんだよ」
「当たり前じゃん」
「嬉しい、ありがとう」
可愛い友達が一度に二人も出来るなんて、こんな幸せがあっていいのだろうか。
携帯にもプリクラの写真を送れるというので、受信して待ち受けにしようと決めた。
「夏休みって二人とも予定あるの?」
「んー、今のところお祭りの予定くらいかなぁ?」
「お祭り?」
「そう、8月3日にある武蔵祭り。今日はその浴衣を買いに来たんだ」
「え、いいな。私もついていっていい?」
「もちろん、行こう行こう」
「菊花、電話鳴ってるよ?」
「え…あー…大丈夫。あとで掛け直すから」
そう言って二人と浴衣を選びに行く。
大体、誰からの連絡かわかっているので「出る」という選択肢は存在しない。
ここは無視が一番いいのだと、菊花は気付かないふりをして目当ての浴衣コーナーに向かっていた。
「うわー、可愛い。ヒナちゃんにこれ絶対似合う」
「そうかな?」
「うんうん、あ、エマちゃんがそれ着てるとこ想像したら最高、めっちゃいい惚れる」
「菊花、褒めすぎー」
ウインドウショッピングの楽しさが尋常じゃない。
何着か気に入ったものを全身鏡の前で比べてみたり、お互いに似合うものを探して組み合わせてみたり。ただ、そういった雰囲気を先ほどから地味に震えるマナーモードの携帯がぶち壊してくれている。
「菊花、そろそろ出なくていいの、彼氏とかじゃないの?」
「彼氏なんかいないよ」
「菊花ちゃん、めちゃくちゃ美人さんだから共学だったらヤバかったね」
「いやいや、隣の幼馴染兄弟から不細工と言われて育ってるので、それはないと思う」
実際、あの顔面国宝で生まれて来れば、自分たち以外の人間は全部不細工かもしれないがという言葉はあえて口にしない。
「六本木のカリスマ兄弟」という噂がどこまで通用するのか知らないが、せっかくできた友達という存在が怖がって離れてしまう方が恐ろしい。
「私なんかより、ヒナちゃんとエマちゃんのがモテるよ。彼氏大変だと思う」
「ウチも彼氏いないよ。だいだいだーい好きな人はいるけど」
「エマちゃんに好かれるとか羨ましい。ヒナちゃんは?」
「ヒナは、うん。いる」
「え、可愛い。なんでそこで照れるの?」
「だってー」
「わかった、今度のお祭り、その人と行くんだ」
「まだ誘ってないんだけどね。一緒に行けたらいいな」
「え、こんな可愛い彼女の誘い断る男いる?」
女同士で盛り上がる楽しさは時間をあっという間に経過させてくれる。
気がつけば午後の六時。そろそろ帰ろうと、駅まで三人で歩き、そこでひとり六本木方面の電車にのって、改札を出たところで菊花は固まった。
「よお、不良少女」
「り…りりりリンちゃん…どうして、ここに」
「俺らの電話無視したやつ、はっけーん」
「ら、らららランちゃ…ん、まで」
周囲の視線が痛い。顔の造形だけでも目を引くのに、明らかに不機嫌な笑顔満載の二人に絡まれた状態を救ってくれる人はこの六本木にいないだろう。
良くも悪くも目立つ兄弟。
灰谷兄弟に連行される気分は、もはや地球人に捕獲された宇宙人の気分だった。