きっと繋がる理想郷
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電話相手は頼もしい友人、佐野エマ。
先ほど電話をかけてみるとヒナの彼氏と意中の彼がエマの兄を訪ねてきたらしく、お茶を出してくるから少し待っててといわれて折り返しかかってきたところ。
「ほんと、全然ウチの話を覚えてないんだから」
「お兄ちゃん?」
「そ、ウチにはもうひとり兄がいるって言ってたのにさ」
「エマちゃんはお兄さんが何人いるの?」
「真一郎でしょ、マイキーでしょ、あとイザナ」
「……え」
ふんふんと聞いていた菊花が固まったことで、勉強ノートの端っこに書いていたシャーペンの渦がピタリと止まる。
「イザナさん、知ってるかも」
「えっ、菊花知ってるの?」
「片仮名でイザナ。フルネームが黒川イザナっていう人なら」
「それウチのお兄ちゃんで間違いないよ。エマの旧姓は黒川で、そっちのお兄ちゃんがイザナ」
「旧姓?」
「ウチ、佐野家に引き取られたんだ。だから真一郎とマイキーとは異母兄弟ね」
「異母兄弟」
「イザナとは何年も会ってないけど、どんなだった。元気だった?」
「うん、かっこよかった」
雰囲気は違うが、いわれてみれば似ているような気がしないでもない。
こんなところで繋がるとは、縁って不思議だなとひとり感心する。そう言えば特徴的な耳飾りをしていたなと、菊花の手に握られたシャープペンがまた落書きを始めた。
「でも、菊花。ウチのお兄ちゃんとどこで会ったの?」
「んー、ランちゃんとリンちゃんの知り合いだったみたいで、お正月に遊びに来て、一緒にお雑煮食べた」
「は?」
「お箸に名前書くのに名前聞いたら、黒川イザナって教えてくれて、片仮名でイザナって本人がそう言ってたから間違いないと思うんだけど」
「菊花の幼馴染ってヤバくない?」
「色んな意味でヤバいと言いたい。特に女遊びとか、女遊びとか」
「二回も言った」
「私も彼氏欲しい。エマちゃんはその後、なにか進展とかないの?」
シャープペンの芯が折れたので、かちかち言わせながら音声だけの返事を待つ。
エマは「ない」と不貞腐れた声で言い切ったが、誕生日プレゼントをもらったりするあたり「脈あり」じゃないのかと思うのは、恋愛経験値が低すぎるせいなのだろうか。
「ほんとゼファーが憎い」
「何かのキャラクター?」
「バイクね、バイク」
「エマちゃんも二回言った」
「……ほんとだ」
「けど、女遊びよりバイクのが健全」
「それは、ごめん。ウチもそう思う」
素のトーンで言われて笑い声をあげれば、携帯越しのエマの声も笑い返してくれる。
笑っていたら、さっきまで解けなかった解答欄が一個埋まった。それを教えたら「勉強の邪魔してるよね」と焦った声が電話を切ろうとするので、菊花は慌てて「大丈夫」とそれを阻止した。
「親が勉強にうるさいだけ。塾は無理だったけど、他の習い事は全部辞めさせてもらったし、成績は落とせないんだ」
「うわぁ……ウチじゃ考えられない」
悲壮感漂うエマの声に菊花も苦笑するしかない。
教育熱心夫婦の娘に生まれた宿命だと、菊花のなかではもう諦めはついている。この苦しみから助けてくれたのは、いつも六本木のカリスマ兄弟だったのはもう昔の話。
「エマちゃんは好きな人と頻繁に会えていいな」
「マイキーと仲がいいだけだよ」
「それでもいいよ。羨ましい」
「……菊花?」
「ううん、なんでもない。そういえばさ、エマちゃんは今度のバレンタインにチョコ作る?」
「作るつもり」
「一緒に作らない、ヒナちゃんも誘って」
ということで、急遽開催されることになったバレンタイン手作り大作戦。問題はどこで作るかという話だが「ウチくれば?」とエマがいうのでそうなった。
「じゃあ、来月お邪魔するね。あ、ご家族の好きな食べ物なに?」
「どら焼きとか?」
「どら焼き、わかった」
電話を切って、どら焼きと付箋にメモして手帳に貼る。一月から始まる真新しい手帳に予定が増えていくのは嬉しい。
新年があけて「天竺」の服を着るようになってから、隣の美形兄弟とは明らかに距離を感じるようになった。また前に戻るだけだとわかっているのに、どうにか接点を増やしたくて口実を探す自分は、いつからこうなったのだろうと憂鬱にもなる。
昔の話だと言いながら、すがりつく女なんて余計嫌われるだけ。
「バレンタイン受け取ってくれるかな」
そこで思い出す。
毎年腐るほどもらって本当に腐らせるか、速攻捨てるか、の二択しかない姿に凹む。小学生くらいまでは二人の代わりに菊花が食べていたが、いつだったか酒の入ったボンボンのような手作りらしきものを食べて熱を出して以来、その役割を剥奪された。
懐かしい。
菊花もその一件以降、二人にバレンタインを渡さなくなった。
「あー、もう、やだやだ」
どうして彼氏でも、好きな人でもない、たかだか隣家の幼馴染み兄弟に悩まないといけないのだろう。
もうこの話は終わりだといわんばかりに立ち上がると、菊花は気分転換に別のことをしようと部屋を見渡す。
そのとき複数のバイクの音がして、また蘭と竜胆がそろってどこかに行くのだと漠然と悟った。
「わー、美人さんがいる」
興味本意で窓から覗いた道路に止まったバイクに乗っていたのは、真っ黒のマスクをした髪の長い人。
蘭や竜胆と同じ美形の部類だが、女性だといわれてもわからない色気を感じてしまう。
「っ」
目があった。それは自惚れかもしれない。
それでもなぜか、心臓の高鳴りは隠せなかった。