きっと繋がる理想郷
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もうすぐ夏休みも終わりだという頃になって、菊花はヒナとエマと渋谷に遊びに来ていた。刺されたというエマの思い人も回復が順調らしく、ヒナに至っては彼氏にもらったらしい四つ葉のクローバーを模したペンダントを身に着けている。
「いいなぁ」
カフェでフラペチーノを飲みながら、菊花はヒナの胸元で揺れるネックレスをじっと見つめていた。
彼氏からの贈り物。それだけで響きは最高に素晴らしい。
「ヒナちゃんにすごくよく似合ってる」
「へへ、ありがとう」
「エマちゃんの大事な人も無事で本当よかったね」
「うん。一生分泣いた」
前回会った時からは予想もしていなかった衝撃事実は、聞けば聞くほど衝撃だったのは言うまでもない。
お祭りの夜、東京卍會という暴走族と愛美愛主という暴走族の乱闘騒ぎが、お祭り会場の駐車場であって、そこに居合わせたヒナとエマも色々経験したらしい。
「そういえば、東京卍會と愛美愛主ってリンちゃんも言ってたような」
「リンちゃん?」
「私の幼馴染がね、そういうのにちょっと詳しくて」
「そうなんだ。でも詳しくない方が心配少なくていいよー」
「エマちゃんがいうと説得力が違う」
言いながら口に含んだフラペチーノが美味しい。
また三人で会って、こうして話を出来るのが嬉しいと続けて言ってみれば「それ何回目」と二人そろって笑われた。
「だけど、ヒナの彼氏かっこよかったんだよ。左手に刃が貫通したときはびっくりしたけど」
「……は?」
「あれは、ヒナもびっくりしちゃった」
「手の神経大丈夫そうでよかったよね」
「しばらくはリハビリが大変そうだけど、ヒナも協力できることするんだ」
「さすが、嫁。キスした仲は違うねぇ」
「……は?」
「ちょっとエマちゃん。そういうの改めて言わないでよ」
「ヒナ、顔真っ赤。かっわいー」
話についていけない自分がおかしいのか。目の前でたわむれ合う可愛い二人は、笑顔で爆弾を投げ合っているとしか思えない。
「ちょ、ま、まままま待って」
「なに、菊花ちゃん」
天使の声で首をかしげるヒナに、菊花は将来大物になる影を見た気がした。
「ヒナちゃんの彼氏も刺されたの?」
「うん。相手が刃物持っててね、左手でこうしたら、ここがザクッて。あ、でも命に別状はないし、怪我もリハビリすれば大丈夫だって」
「そ…そう、よかったね」
「心配かけてごめんね、菊花ちゃん」
「いや、心配というか衝撃というか」
「衝撃といえばウチは、ヒナが初チューしたほうだよ」
「もー、エマちゃん」
「あ、そっちは平和そう。私も詳しく聞きたい」
「菊花ちゃんまで、もう。内緒だよー」
語尾にハートがつくし、照れた様子でもじもじと顔を赤くしながら話す姿は非常に可愛い。非常に可愛いのだが、内容が穏やかでないのはなぜだろう。
「雨の神社で、全身ガムテープでグルグル巻きにされててね、すっごい泣いてて、なんか可愛くって、大好きって気持ち溢れて、特別だって伝えたくって、ヒナの最初をあげたかったから、自分からしちゃった」
「雨の神社で、ガムテープ?」
「そう、最初何か全然わかんなかった」
「それ…は、なんていうか、思い出に残るファーストキスだね」
他に何を言えばいいのだろう。脳の中で再現されたビジョンは、ロマンチックとはほど遠い絵面を描いている。とはいえ、自分も返り血に服を染めて帰ってくる隣人を持っているので人のことを言えた義理ではない。
「菊花ちゃんは?」
「え?」
「菊花は好きな人いないの?」
「私はそういうの、まだよくわからなくて」
「菊花が好きな人出来たら教えてね。ウチが全力で協力するから」
「私も私も」
「ありがとう、エマちゃん、ヒナちゃん」
飲み干したフラペチーノが甘いのだから、それでいい。
少なくとも、彼女たちの彼氏や思い人が物騒な人たちであったとしても、彼女たち本人が自分にとっていい子なので問題ないと思うことにする。
親にバレたら「そんな子たちと付き合いはやめなさい」って言われるんだろうなと、どこか他人事のように菊花はストローが最後の液体を吸い上げた音を聞いていた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、菊花」
「あれ、ママ?」
誰もいないと思った家に帰ってみれば、普段仕事で家にいない母親の姿がそこにあった。
どうやら着替えや必要なものを取りに帰ってきたらしい。ガサゴソと家中をひっくり返して荷物を散乱させている。
「あんた、こんな時間までどこ行ってたの?」
「……友達の家で映画鑑賞してた」
「そう。夏休みの宿題は?」
「もう全部終わってる」
「そう、ならいいわ。はい、これ年末までのお小遣い」
「……ありがとう」
「新学期の成績が下がってたら、来年以降の金額は保証できないわよ」
「わかってる」
「じゃあ、そろそろお母さん行くわね」
「……うん」
「片付け頼んでいい?」
「……うん」
「ありがとう菊花。じゃあ、またね」
数か月ぶりに会ったと思ったら、わずか十分で家を飛び出していく。
菊花の手には十万円。年末までと言っていたので、年末までは帰ってくるつもりがないのだろう。
「……はぁ」
泥棒でも入ったのかと思う惨状に辟易する。
明日までこのまま放置してもお手伝いさんという名の家政婦がどうにかするだろう。とはいえ、せめて洗濯物だけでもランドリーボックスにいれておこうと菊花は足元の服を持ち上げる。
「で、なんでお前はここにいんの?」
「菊花?」
電気のついていない灰谷家の門扉で丸くなっていると、帰ってきたらしい兄弟の声にホッとして顔を上げた。
「どしたー、お前の家はあっち」
「……ランちゃん」
「え、ほんと何なの?」
「菊花、何かあった?」
「リンちゃんもギュってして」
ギュッと抱き着いて拒否しない二人の優しさに甘えていることを知っている。
こういうのを「あざとい」と言うのかもしれないなと、交互に抱き着いて存在を確認してから、菊花は「はぁ」と気持ちを切り替えるように息を吐いた。
「突然来てゴメンね、おやすみなさい」
そう言って二人の横を通り抜けようとして、無理だった。
「菊花、腹減ったなぁ」
「……食欲ない」
「え、材料何もねぇよ。何か食いに行く?」
「……聞いてる?」
「宅配でいいんじゃね?」
「だな。菊花、ピザでいい?」
「……うん」
頭をポンポンと撫でるように連行される家は灰谷家。
いつ来ても生活感のないモデルルームのような空間なのに、いつ来ても心から息が出来る落ち着きを感じられるのは、なぜか。それは二人がいるからだとわかっている。
お風呂で竜胆のシャンプーを借りて、蘭の部屋着を借りて、髪を乾かしてもらって、ピザを食べながら二人の間で映画を鑑賞して、川の字になって眠る。
寂しいときはいつも、二人の体温を感じて眠っていたのだと、どこか懐かしい気持ちでベッドに寝転がっていた。
「ママ、年末まで帰ってこないって」
「へぇ。よかったな」
「いいこと?」
「中学生なんだからもっと自由に遊べ」
「ランちゃんがいうと、まともな遊びに聞こえない」
「じゃあ、菊花はどんな遊びがしたい?」
「普通でいい。彼氏にネックレスもらって喜んだりしてみたい」
「彼氏はまだ早いからダメ」
「リンちゃんは中学生のとき彼女いたくせに」
「オレはいいの」
「じゃあ、リンちゃんが代わりに何か頂戴」
「ねだるの雑すぎだろ」
「じゃあ、ランちゃんでもいいよ」
「ピアスでもあけるかー?」
「校則違反になるから却下」
「右が俺で、左が竜胆な」
「もー、耳。ダメだってば」
ふにふにと耳たぶをもまれて身をよじる。
いつかは開けたいと思うが、今じゃないと菊花は首を横に振って蘭の提案を棄却した。