きっと繋がる理想郷
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冬休みも終わり、ブランドの制服に身を包んでタクシーに乗り、学校まで送迎される。電車に乗って気分を霧散させたかったのに、律儀に毎朝家の前にタクシーが迎えに来るので、それは出来なくなってしまった。
「ごきげんよう」
女ばかりの空間は、新年パーティーやら、冬休み太りの話題で盛り上がっている。特に話題に入るつもりも盛り上げるつもりもないが、年齢が一桁のときからそれなりに過ごしている学校生活。
休み時間に他愛ない話をするくらいの関係性はある。
「また最近、物騒な事件が増えているそうよ」
「わたくしも聞きましたわ。なんだか渋谷、新宿あたりが危ないんですって」
「……へぇ」
「そんな他人事みたいに……菊花さんはお人形さんみたいに愛らしいのだからもっと危機感をお持ちになって」
「私はそんなんじゃないよ。可愛くてキレイな人は世の中にたくさんいるし」
「自己評価が低いのも困り者ですわ」
はぁっと数名があきれたように息を吐く。菊花からしてみれば、自然とほほに添えてため息を吐く目の前の同級生のほうが可愛いと思うし、学校関係なくいうならヒナやエマの可愛さは群を抜いてるとも思っている。
誘拐されるとすれば、思い当たるのはひとつだけ。
「あんの、くそ兄弟」
手に持っていた紙パックのお茶がミシミシと音を立てて変形していく。ストローから水滴が飛び散ったが、それよりも急に変わった菊花の口調に同級生たちは石膏のように固まっていた。
「お、おほほほ。いやですわ、つい感情がたかぶってしまって」
「……あ、ありますわよね。おほほ」
「おほほほ」
定番の笑顔でその場をしのいだ菊花は、午後の授業もそつなくこなし、帰宅の道についた。
同級生たちは誤魔化してというより、深く首を突っ込まない暗黙の境界線を理解してくれているから、そういう部分はとても助かる。
「ただいま……あ、そうか今日はお手伝いさん早上がりなんだっけ」
いつもなら優しく出迎えてくれるお手伝いさんの声がないことを納得した菊花は、コートを脱いで、マフラーと手袋を外し、次いで玄関先に置かれた荷物とメモに息を吐く。
「これだよ」
『灰谷さんのお荷物』に菊花の声は低く沈む。通販を好むのはいいけども、毎回宅配先を菊花宛にする意味がわからない。
「『指定時間20時』とかいう朝のふざけたメールの意味はこれか。どうせ家にいるくせに」
正月にイザナの乗ってきたバイクが駐車場に見えたので、確実にクロ。
面識のある人が来訪者なら別にかまわないだろうと、菊花は段ボールを抱えて玄関を出た。
「まったく、人をなんだと思って……あれ、また同じ服の人?」
天竺とかかれた特効服を来た眼鏡の人と手の甲に何かを描いた背の高い人が、いままさに灰谷家のインターホンを押し、中から招かれた声に門扉をくぐっている。
「ラッキー」
嬉しそうに段ボールを持って近付いてきた菊花を不審に思ったのか、二人ともじっと不審者を見る目で見てくる。が、菊花も菊花で二人が入ろうとしている家には用がある。
「私はランちゃんとリンちゃんに荷物を届けに来ただけなのでお気になさらず」
「ばは♡なにコイツ。人形みてぇな綺麗なツラして警戒心ゼロかよ」
ペコリとお辞儀をして二人の横を通り過ぎる。蘭と竜胆がどういう仲間とつるんでいるのか知らないけれど、あまり関わらないほうがいいだろう。
タバコをふかしながら手の甲に「罪」「罰」なんて書いている人を知り合いに持つのは絶対に避けるべきだと本能が言っている。
「その制服、もしかして」
「制服……ああ。学校から帰ってきたばかりなんです」
男受けがいいことは知っている。
コートを家で脱いだためブラウンを基調としたブレザーに金色の校章。白シャツとチェックのネクタイ。誰が見ても有名お嬢様校のそれを指摘してきた四角い眼鏡の瞳に菊花が映る。
まだ、悪い人じゃなさそう。
変な人を見慣れすぎているせいもあると思う。それでも菊花にとって、四角い眼鏡の男の第一印象はさほど悪くなかった。
「灰谷たちとどういう関係?」
「隣に住んでいる荷物預り係みたいなものです」
「南茂菊花?」
「それは私の名前ですね。お二人は?」
段ボールを覗き込んだ顔を見つめてみる。なぜ男の人たちはこうも驚いた顔をするのかわからない。お嬢様学校に通う女は気安く話しかけるように見えないのかもしれないが。
「……稀咲鉄太」
「きさき…まさか稀咲鉄太って、神童と言われた全国模試一位の!?」
怪訝な顔をされるが否定をしないということは肯定と同じ。
菊花は両手に持った段ボールごと身体を近づけて「本物なんですね」と顔を輝かせた。
「やば、有名人じゃん稀咲ぃ」
「昔の話だろ」
「昔も何も、何度パパの口から稀咲くんの名前を聞いたことか。全国模試一位の稀咲くんが同じ年っていうのが、当時のパパの口癖でした。稀咲くんは有名人ですよ。勉強教えてほしいですけどおこがましいので、サイン欲しいくらいです」
「は?」
固まった二人と会話を続けたかったが、段ボールを持つ腕がそろそろ限界に達しようとしている。
「そんなところで立ち止まってないで、お二人ともどうぞ?」
どちらが招かれた客か。
菊花は段ボールを抱えたまま玄関をあけ、大きな声で蘭と竜胆の名前を呼んだ。
「……まじ?」
「ついに時間もわからなくなったか」
蘭と竜胆の目が冷たく菊花を見下ろす。
「荷物持ってきてあげたのに、どうしてそんな目で見るの?」
「菊花がバカすぎて腹立つから」
「リンちゃん。なに、その言い方」
「いいから早く帰れって」
「言われなくても帰ります。お邪魔しました」
「あー、菊花」
「なに、ランちゃん!?」
「戸締まりちゃんとしとけぇ」
「私は子どもじゃありません!!」
もう二度と荷物は届けないと心に誓う。
不機嫌なまま帰宅して、自室で制服を脱いで着替えようとしたとき、見計らったように携帯が鳴ったのは言うまでもない。
「なによ、今さら機嫌とろうとしたって無駄なんだから」
「えっ……いや、その、ごめんなさい」
「………え?」
てっきり蘭か竜胆かと思ったのに、まったく違う声に菊花の脳が停止する。
慌てて画面を見ると知らない番号。
「ごめんなさい。私、間違えてしまって」
「いや、こっちこそ。突然電話してごめん。あのとき以来だから覚えてるわけないよな」
「あのとき?」
「塾の体験入学のとき」
「塾の…あ…松野千冬くん!」
「そう」
「わ、電話くれてよかった。ランちゃんに番号消されちゃってこっちから連絡出来なかったから」
「それって、もしかして彼氏?」
「ううん、ただの幼馴染み」
「ひどいな」
「でしょ」
そんなやつが傍にいて大丈夫かと心配してくれる声が優しい。顔だけが取り柄の隣人に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと真剣に思えてくる。
「最近そっち方面、天竺ってやつらがうろついてて危険だから、もしよかったら塾の往復だけでもって連絡してみた」
「天竺って、バンドの?」
「バンドじゃなくて不良の方。つっても俺も東卍だから一緒にいたらそれこそ危ないか……けどあの二人がなぁ」
「場地さんと羽宮さん?」
「そう。もう一回会いたいけど、連絡する勇気がな……痛っ、もう叩かないでくださいよ」
「相変わらず仲いいね。心配してくれてありがとう」
「でも、いつでも連絡くれて大丈夫だから」
本当にいい人過ぎて泣けてくる。
再び三人の番号とメールアドレスを教えてもらって、今度は消されても大丈夫なように学校のノートに書き写しておいた。
イヤなこともあれば、いいこともある。終わりがよければ気分は維持できる。
単純だなと苦笑しながら、菊花はお手伝いさんが作ってくれたご飯を食べることにした。