きっと繋がる理想郷
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年を越しても、父も母も帰ってこなかった。
お手伝いさんはお正月休み。そして菊花も冬休み。つまりは灰谷家に入り浸る日が続いている。
「あれ、誰かお客さん?」
時刻は午後三時。
そろそろ起きるはずの蘭と竜胆と一緒に雑煮でも食べようと、モチを焼いていた手が来客を告げたインターホンに反応する。
「もしかして、パパじゃないでしょうね」
それか母親か。
帰ってきた自宅に娘がいないので乗り込んできたのかもしれないと、菊花はお玉を武器に持ちながら、カメラに映る人影を確認した。
「……どちら様ですか?」
「あれ、可愛い声。ここって蘭と竜胆の家じゃねぇの?」
「ランちゃんとリンちゃんのお友達ですか?」
「うんそう、友達つーか。天竺の」
「え、すみません。すぐに開けますね」
白髪に変な花札みたいな長方形のピアス。妙に似合っているのが不思議だが、その後ろに顔にキズのあるすごく背の高い人がいて、彼も右耳にピアスをしている。
とにかく印象的。
しかも静かに入ってきた二人はお揃いの羽織を着ていた。
「おお。声だけじゃなくて顔も美人。なあ鶴蝶、蘭と竜胆に妹なんかいたっけ?」
「聞いたことないぞ」
「んじゃ、女?」
「どっちの?」
玄関で出迎えた二人は背丈の違いが気にならないほど、仲が良さそうというより主人と執事のよう。二人でひとつ。
「妹でも彼女でもありませんよ」と答える前に、彼らが着ていたその赤い服に「天竺」の刺繍を見つけてピンときた。
「ランちゃんとリンちゃんのバンド仲間の人ですね」
「バンド!?」
「なにアイツら、オレらのことバンドメンバーって紹介してんの?」
「ビジュアル系バンドって、やっぱり違うんですか?」
「面白いからそれでいいんじゃね?」
出したスリッパを履いてズカズカと他人の家を我が物顔で侵略していく。随分とまばたきの少ない人だが、彼の後ろで散らかった靴をきちんと並べ「すまない、邪魔する」と律儀に頭を下げた大きな人がそれを中和してくれる。
なるほど。いい人そうだと菊花はホッと肩の力を抜いた。
「まだ二人とも寝てるので、代わりにお雑煮食べませんか?」
「いいね、雑煮」
「すぐに用意しますね」
とりあえず危険そうな感じはしない。
いつもは蘭が好むソファーの場所に座って、もはや自宅といっても過言ではないくつろぎっぷりを醸し出している。
さすが、蘭と竜胆の知り合いだと納得しながら菊花は台所に戻っていった。
「お餅何個くらい食べます?」
「手伝う」
「え、そんなお客様なのに」
「突然押し掛けたんだ、これくらいさせてほしい」
「えっと……私、菊花っていいます」
「自分のことは鶴蝶でいい」
「じゃあ、鶴蝶さんはお碗を用意してもらってもいいですか?」
「……わかった」
「それから、えっと」
「オレか、オレはイザナだ。黒川イザナ」
「じゃあ、イザナさんはお箸に名前かいてもらっていいですか?」
「オレが?」
「はい」
傍若無人の王様気質に免疫はある。悲しいけれど。
菊花はイザナの目の前に二人分のお箸の袋を並べて、ひざをつき、筆ペンをイザナの手に握らせる。
「アンタが書けよ」
「え?」
「イザナは片仮名でイザナだ」
筆ペンを返されたのなら仕方がない。まあいいかとひとつ息を吐いて、菊花はイザナと片仮名でそこに書いた。
「家族みたいだ」
どこか感慨深そうなイザナを無視して、菊花はキッチンにいる鶴蝶へと問いかける。
「かくちょうさんはどんな字ですか?」
「鶴に蝶だな」
「……ぅ、地味に画数が多い」
「なんだ?」
「なんでもありません」
さらさらと書いて、じっと眺め続けるイザナを無視してお箸を入れる。粗相をすれば罰が与えられそうだと、変なドキドキが背中に冷や汗を垂らした。
「菊花は字がキレイだな」
「習字やってたからですかね」
「頭が良さそうに見えるぞ」
それはどういう意味だろうと突っ込もうとしてやめた。キッチンから餅が焼ける音がして、お碗に鶴蝶が盛り付けを始めているのだから、そちらの方が優先度は高い。
「これでいいか?」
「はい、じゃあ食べましょう」
自分も定位置に座ると必然的に鶴蝶が竜胆の席に落ち着いて、菊花は変な感じだと笑いながら手を合わせる。
「いただきます」と声に出してから名前を書いた袋からお箸を取り出して、モグモグと食べ始めた。
「おいふぃ…熱…でも、おいしい。あ、まだおかわりあるし、いっぱい食べてくださいね。本当はおせちもあるんですけど、二人とも家とかで食べて飽きてるでしょ?」
のびる餅はおいしいし、楽しい。正月三日目にもなればおせち料理も飽きただろうと、菊花は何気なく口にする。
「いや、家でおせち料理とかないな」
「そうなんですか?」
「じゃあ、食べます?」と続けても二人は無言のまま。菊花はひとり席をたって、冷蔵庫に残っていたおせち料理を運んで、テーブルに並べた。
「あ、大事なこといい忘れてた」
うっかり腹を満たすのが優先だったと菊花は姿勢を正す。
「イザナさん、鶴蝶さん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げて返事を待つ。いつまでたっても返ってこない声に、菊花は首をかしげながら顔をあげた。
そこで目があったイザナに「……あけまして、おめでとう?」と片言に返される。
「はい。ようこそ我が家へ…て、ここは私の家じゃないんですけど」
「自分ちじゃねぇの?」
「ここはランちゃんとリンちゃんの家で、私の家は隣なんです。平たく言えば幼馴染ですね。まあ、このくらいちっちゃなときから知ってるんで、もう家族みたいなもんで……す……っ」
ジェスチャーを交えて当時の二人の身長を表していた菊花の動きがピタリと止まる。不思議に思った鶴蝶は、イザナの向こうに寝起きの蘭と竜胆を見つけて「ああ、そういうことか」とどこか悟ったような息を吐いた。
「ランちゃん、リンちゃん、おはよう」
イザナの目が丸く変わり、パチパチとまばたきを繰り返す。何か見つけたときの嬉しそうな顔。
「もー、遅いよ二人とも。お友達…じゃない…バンド仲間さんたちがせっかく来てくれたのに」
「よぉ、二人とも。んな怖い顔すんなって、まだ手ぇ出してねぇよ」
「イザナさんと鶴蝶さんにお雑煮とおせちを……ランちゃんとリンちゃんも食べる?」
蘭と竜胆に映る三人の表情はそれぞれ違う。正月に見る夢にしては最悪な夢だと、二人はそろって頭を抱えていた。