きっと繋がる理想郷
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大晦日。ヒナが彼氏と仲直りしたのでカウントダウン初詣に行くのだと着物姿の写メを送ってくれた。
そのすぐあとにエマからも同様のメールが来たので、楽しんできてねと返信する。
「おじいちゃん、容態はどう?」
覗いたのは病室。
広い病室は応接セットや冷蔵庫、トイレやシャワーも個室でついているが、その中央に鎮座する真っ白なシーツの上の老人は半身を起こして力なく笑っていた。
「まあまあってとこだな」
「思ってたより元気そう」
「菊花が来てくれるなら毎日病院送りでもいい気がするのぉ」
「それは私の心臓に悪いから」
「違いない」
つい先日、母方の祖父が横浜にある病院に運ばれたと聞いて菊花はお見舞いに来ていた。
一番大きな病室の眺めの良い個室。
ドアの外には護衛がいるが、菊花は当たり前のようにそれらを受け入れていた。母方の祖父は顔が広いだけじゃなく、使用人がいる家も広いうえに、ホテルや旅館含めてどこへ行っても一番広い部屋を好んで使う。
「どれくらい入院するの?」
「春には退院できるだろうと医者は言っておったな」
「そっか……なるべくお見舞いに来るようにするね」
「無理せんでいい。じいちゃんは元気だ」
わしわしと頭を撫でてくれる手が優しい。
蘭と竜胆から撫でられるのと似ていると、自然と笑い声が漏れていた。
「母さんはどうだ、最近会ったか?」
「うん。ハロウィンの前らへんに」
「そうか。相変わらず、せわしないやつだ」
「仕方ないよ、研究が大事だもん」
気落ちした声を悟られたのか、頭を撫でる手が少しだけ憂いを増す。顔を見せては金だけを渡してバタバタと去っていく。
見慣れた姿で、それが母親のイメージ。
「菊花には友達がおるか?」
「うん、ランちゃんとリンちゃんとヒナちゃんとエマちゃん」
「おお、ついにランリンコンビ以外に名前が増えたな」
随分可愛い呼び名だと菊花は笑う。
祖父は昔から話を聞いてくれるのも上手で、心地のよい声が菊花の口を軽くさせる。
「パパとママにはランちゃんとリンちゃんのことは内緒、ね」
「じいちゃんは菊花が目の前の人をちゃんと大事に出来てりゃそれでいい」
「……うん」
「何年前だったかな、母さんの知人の家が火事になってな、息子は助かったが、娘さんは全身に火傷をおったことがあった。同じ娘を持つ身として助けたかったと、技術がもっと進歩しておったらと、そう嘆いてたな」
「赤音さんでしょ。私よりも七歳年上の……何回か遊んでもらったことあった」
「だから母さんは」
「わかってるよ、おじいちゃん」
祖父としては娘と孫の関係性が心配なのだろう。
理解できても寂しさは埋まらない。蘭と竜胆を取り上げられて、祖父までいなくなったら生きて行けないと、出してはいけない言葉を飲み込んで、菊花は祖父の手から抜け出した。
「菊花、ほれ年玉じゃ」
「おじいちゃん、いい加減、小切手に好きな金額書く方式やめない?」
数字を覚えたての小さな頃から続く風習。丸の数字を沢山書けることが嬉しくて、一度端から端までゼロで埋めたことがあったが、あのときは発見した父親に蒼白な顔で破られたことを覚えている。
「菊花はいくつになったかな?」
「14歳だよ、おじいちゃん」
いちとよんの数字のあとにゼロよっつ。祖父、父、母と自分だと、家族の数は変わらない。
千切られた小切手をもらって、菊花は病院をあとにした。
「可愛い子はっけーん、ねぇねぇ彼女どこ行くのー?」
病院を出るなり、特徴のある三つ編みに絡まれる。もちろん、その隣には丸眼鏡の水色金髪も続いていた。
「ランちゃんのその誘いかたで、ついていく人たちが心配になるよ。ね、リンちゃん」
「おじいさんの容態どうだった?」
「うん、春には退院できるって」
そうかと吐く息で思っていることが伝わってくる。
「ところで、ランちゃんとリンちゃんはこれからどこかに行くの?」
真っ黒の特効服に「天竺」の刺繍。
なんでも似合うところが美形の才能だが、大晦日に着る服なのかと問われると難しい。
「一番に見せてやろうと思って」
「どう?」
どう答えればいいのだろう。
目の前の人を大事にと祖父は言っていたが、この二人を大事にするのは途方もなく骨がおれる気がした。
「天竺ってなに、バンドでもするの?」
「バンド!?」
爆笑するほどのことを言ったつもりはないのに、二人は楽しそうに笑っている。
「ビジュアル系のバンドでも組めば、二人とも顔だけでのしあがれるよ」と続ければ、「ビジュアル系」とハモって笑われた。
「ライブするときは呼んでね」
笑い転げる二人を無視して、菊花はその手をとって歩き始める。
今日だけは連行する側。
たまにはいいだろうと、冗談を真に受け始めたバカな二人を引き連れて、菊花は灰谷家で年を越した。