きっと繋がる理想郷
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自分でも自分の行動がまったく読めない。
ホワイトクリスマス当日。菊花はぶらぶらとあてもなく歩いていた。
白のダッフルコートに千鳥格子柄のマフラー。編み上げの黒いブーツがザクザクとコンクリートの地面に足跡を連ねていく。
「……何やってんだろ」
手袋ごと突っ込んだコートポケットのカイロだけが温かい。
繁華街を歩くとやたらと声をかけられるので、入り組んだ住宅街の方面に来てしまったが、正真正銘の迷子だった。
「携帯置いてきちゃったしなぁ」
周囲に人はいない。
知ってる人にも会いたくなくて、六本木ではなく新宿方面に来たのが間違いだった。
雪が降るクリスマスに寂れた道を歩くほうがおかしいかと、知らない町に来たことが裏目に出た事実に気落ちする。
「あ、こんなとこに神社あるんだ」
すると、どこからか聞きなれた声。
「何、好きなんでしょ。ウジウジしない!」
「あれ、エマちゃん?」
「でもっ…何も言えない…泣いちゃうかも」
「その声は、ヒナちゃん?」
なぜこんなところに、しかもクリスマスに神社にいるのかと傾げた首のまま菊花は二人を見つけた。
「菊花?」
「菊花ちゃん?」
同時に振り返った顔は、やはり間違いなかったと菊花の顔が緩む。
「どうしたの、こんなところで?」
「それはウチらの台詞だよ、菊花」
「ヒナ、どこの歩く人形かと思っちゃった」
近付いて行くことを許してくれる二人の元に足を運べば、ほんの少しだけ、寒さが和らいだ気がした。
「今からヒナん家の前で合流するんだけど、菊花もおいで」
「何かあるの?」
「ヒナの彼氏を連れてきてもらうの」
「え?」
「でも、昨日別れたのでは?」と電話で聞いた会話を思い出してヒナを見てみれば、「やっぱりお父さんがね」と答えをくれる。
「どこの家でもそうなのかな?」
「不良なんて言葉で一括りにしないでほしいよ」
「わかる。私のところのパパとママも結構そんな感じ」
「あー、菊花は見るからにお嬢様だし、家も厳しそう」
「ランちゃんもリンちゃんも優等生って感じじゃないから余計にね」
「リンちゃんだけじゃなくて、ランちゃんもいたんだ」
「うん。二人とも隣に住む幼馴染み」
困ったように眉を下げて苦笑してみれば、全員で少しだけ笑い合う。
それぞれの人生、それぞれの悩みがあるのだと言われなくても通じた気がした。
「よし、神様にお願いします」
菊花はごそごそとポケットを探ってポイっと賽銭箱に放り投げる。
「えっ、なにを?」
「全員のってお願いしたいとこだけど、欲張るのはよくないから順番にするね」
狼狽えるヒナの顔に悪戯に笑い返せば、意図に気付いたエマも笑う。
「ヒナちゃんが大好きな人とずっとずっと一緒にいられますように」
「……菊花ちゃん」
「がんばれ、ヒナちゃん」
握りこぶしを作って前に出せば、エマが最初にそれをあわせて、最後にヒナがそれに応えた。
「にしても不思議な縁だね」
「ねー」
「ていうか、二人ともクリスマスになんで神社?」
「毎年来てるから?」
「じゃあ、私もこれから毎年来ようかな」
「うん」と二人同時にうなずかれて、菊花も笑う。
よい友達を持てて幸せだと、二人と並んでヒナが住んでいるというマンション裏の公園に向かっていた。
そこに前方からものすごい勢いで駆けつけてくる男がひとり。
「すみません、菊花さんで間違いないですか!?」
「……だれ?」
「当たってた。あーーーよかった、ようやく見つけた!これで解放される!」
強面の顔の知り合いはいないが、心底安堵した顔に嫌な予感がする。
無言のまま差し出された携帯に、予感が確信に変わった。
『お前、今どこにいんの?』
耳に当てた瞬間、聞こえた声に、降り積もる雪さえ凍る絶対零度とはこのことだろうと天を仰ぐ。
「らららランちゃん?」
『おー、随分と浮かれてんね』
「……はは」
『で、いつ帰ってくんの?』
「今から帰ります」
『だよなー』
目の前の奴に変わってと、語尾にハートマークをつけられたら逆らえない。
何事かと、エマとヒナの視線を感じたが「幼馴染みが今すぐ帰ってこいって」と告げると、なぜか「きゃー」と二人手を取り合って嬉しそうな声をあげた。
「絶対告白だよ」
「菊花、がんばれ」
「いや、絶対そういうのじゃないから」
背中をぐいぐい押されて案内役の哀れな男の人と家路を急ぐ。
「すみません、クリスマスに」と告げたのに、「口聞いたら殺されるんで」と意味のわからない怯えようで明後日を向いた男の人は、前方に蘭と竜胆のペアを見るなり「お届けいたしましたぁ」と叫んでどこかに消えていった。
まじで、こんな状況で一人放置しないでほしい。
「め、メリークリスマス?」
てっきり合コンしてから女を持ち帰ってよろしくやってると思ったのに、こういう日に限って帰宅が早い。
そして無視。
「菊花」
「な、なんでしょう?」
「携帯の意味知ってっかー?」
「……携帯する、から?」
「なに、そのバカみたいな解答。じゃあ、これはなに?」
「それは、私の、携帯です」
「なんで持ってねぇの?」
「……忘れてて」
「携帯の意味は身につけて、持ち運ぶことなんだよ、このバカ」
いや、なぜ二人がかりで路上で怒られているのだろう。しかもクリスマスの夜に。意味がわからない。
せっかく癒された心が水の泡だと、菊花は唇を噛んで地面を見つめていた。
「菊花」
名前を呼ばれても胸のモヤモヤは収まらない。
「菊花」
「……ぅ」
頬をつかんで顔を無理矢理あげさせられた代わりに、今度は強く目を閉じてみた。
蘭の指が結んだ唇をなぞるが、絶対緩ませるかと全身に力がはいる。
「んな顔すんなー」
目を開けたら最後だと、菊花は優しく変わった声に反抗の意思を示していた。のに。
「……ッ、にゃに!?」
ぬるっと冷たい何かが唇に触れて、その意思は呆気なく崩れ去った。
「クリスマスプレゼント?」
なぜそこで疑問系なのかは謎だが、蘭に塗られて、手渡した竜胆から菊花の手にそれは握らされる。
色つきリップだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「機嫌なおったな」
「……え?」
「菊花の顔見ればわかる。でも携帯は常に持ってて」
左右を挟み込んで連行される構図は変わらない。それでもたしかに、機嫌はなおったと認めてしまうくらいには、にやける顔を止められなかった。