きっと繋がる理想郷

》》名前を変更する(夢小説設定はコチラ)

主人公のみ好きな名前に変換して楽しめます
名「菊花(きっか)」のみ変更できます。
未入力の場合は下記の通りとなります。
姓「南茂(みなも)」の変更は出来ません。
主人公

ついこの間までは毎日のように一緒に過ごしていたのに、いつにも増して出掛けることが増えた幼馴染みたちとすれ違いの生活が続いて突入した冬休み。
今日は世間でいうところのいわゆるクリスマスイブ。彼氏どころか好きな人もいないまま迎えてしまった冬のイベントに、菊花は無表情な顔を浮かべていた。


「こういう日こそ、そばにいてよ」


モテることに定評のあるクズ、間違えた。美形兄弟はクリスマスイブという今日、いそいそと二人揃って出掛けていった。
教会がどうとか、シバユズハがどうとか言っていたので、特定の彼女がいないらしい二人は紛れもなく合コンだろう。
たぶん、あの調子だとクリスマスもどこぞの女と過ごして、全部終わった二十六日くらいにふらっと帰ってくるに違いない。


「自分たちだけズルい」


ホワイトクリスマスだとテレビのライブ中継は高揚した声で話しているが、ますます自分には関係ない。菊花は「はぁ」とついたタメ息でくもる窓ガラスの上から指先で蘭と竜胆の漢字の練習をしていた。
自宅にこもった一人きりのクリスマスイブ。飾りつけのされたクリスマスツリーや、お手伝いさんが作ってくれた特別料理にも心は踊らない。


「毎年、こんなもんか」


そういえばそうだったと、あきらめの息を繰り返してテレビを消すと、菊花は自分のベッドの上に転がった。


「はーい、菊花でーす」


着信画面の表示も見ずに、あがらないテンションのまま電話に出た菊花は自分以上に低い声の着信相手に驚く。


「え、ヒナちゃん。どうしたの、何かあった?」

菊花ちゃ…っ…ぅ』

「どうして泣いてるの、今どこ、行くよ」

『…おうち…ふられた』

「え?」

『ふられちゃったぁああ』

「えぇ!?」


これはもうベッドから飛び起きるしかない。菊花は思ってもいなかったヒナの発言に、心臓が出るほどビックリしていた。
こんなサプライズはいらない。
雪が降るというロマンチックなクリスマスイブに、一番いらないプレゼントだと思う。


「え、待って、冗談とかじゃなくて?」

『……菊花ちゃん』

「ごめん。でもどうしていきなり?」

『他に好きな人ができたって…殴って…きちゃった』

「はぁぁあ、他に好きな人ぉ?」

『……うぅ』

「殴って当然だよ。ヒナちゃん以上に好きになれる女ってどこの誰、そんな子いる?」

『でも…っ…だけど』

「何か別の口実隠すための嘘とかじゃないの。聞く限りでは浮気とかするタイプじゃなさそうだし」

『うん…それは、無理だと思う』

「なにか他に思い当たることは?」


うーんと、菊花も最近のヒナ情報を思い返してみる。つい先月までボーリングデートだのなんだの仲良さそうに過ごしていたし、第三者からみれば安心して恋バナを接種できるカップルだった。
浮気したり、女で遊ぶような男のイメージは、めちゃくちゃハッキリ持っている。今現在、脳内に浮かぶ隣家の兄弟はヒナの彼氏像とは真逆の存在だろう。


「あ、ほら。このあいだ黒龍っていう不良チームに囲まれたりしたじゃない。ああいうのに、もう巻き込みたくないって思ったとか?」

『そんなの……いまさら』

「じゃ、じゃあさ。ヒナちゃんの親に何か言われたとか?」

『……』

「それこそないか。うちじゃあるまいし」


自分の親ならあり得る話でも他人の家まで同じとは限らない。とはいえ、刺されたり、絡まれたりするような彼氏の傍に娘を置いておくのは不安だろう。
ヒナちゃんからの彼氏情報は、大抵いつも怪我をしている。


菊花ちゃん、聞いてくれてありがとう』

「……え、ううん」

『たぶん、お父さんだ。今から聞いてくる』


電話が切れた。
家にいるのなら安心だけど、行動が早いなと感心する。可愛いのに芯があって戦える女子というのは素敵だ。


「みんな、色々あるんだなー」


再度ベッドに寝転がって天井を眺める。
驚きすぎて、低かったテンションが小さな悩みにしか思えなくなっていた。


「ケーキでも食べよ」


せめて胃袋だけでも満たそうと、菊花はキッチンへと階段を下りていく。
そのときガチャっと玄関があいて、数ヵ月ぶりに父親が帰ってきたことを知った。


「パパ、お帰りなさい」

「よかった、家にいたんだな」

「どういう意味?」

「ガラの悪い連中が今日は多いと聞いてな。隣の奴らもそろって留守みたいだが」

「ランちゃんとリンちゃんのこと悪くいうのやめて」

「ああいう連中の肩を持つのは辞めなさい」

「……なに、監視でもしに来たの?」

「はぁ」

「お手伝いさんにも聞いてるんでしょ。やるべきことはちゃんとやってる」

「そうか、まあ。なんにせよ関わりをもたないことだ。じゃあ、パパはもう行くな」

「え?」


玄関で靴を脱がないで喋り続けたかと思ったら、一度もあがらないで出て行くという。何しに帰ってきたんだと、怪訝な顔で見つめた背中が「そうそう」と振り返って現金を渡してきた。


「これで好きなものを買いなさい」


クリスマスプレゼントだとでもいいたいのだろう。物よりも金。もちろん受け取る以外の選択肢はない。
次にいつ帰ってくるかわからない人たちから与えられるものは、会ったときに遠慮なくもらっておかないといけない。
それは幼い頃からの知恵。


「メリークリスマス、よい年を」

「……うん」

「冬休みだからといって気を抜かずに、勉強だけはしておきなさい」

「……はい」

「いってきます」

「……いってらっしゃい」


閉じた扉は暗く重たい。
握りしめた札束は、数えるのも面倒臭かった。
11/23ページ