番外編
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『公演を支える者たち』
その日、開店前のスターレスに足を運ぶと同時にモクレンに声をかけられた。
「ああ、姫。ちょうどよかった」
何がちょうどよかったのかはわからないが、今日はホール担当らしいモクレンが手招きで呼んでいる。
何か面白いことでもあるのだろうか。
軽く小走りで駆寄ったモクレンの指し示す方向に顔を向けてみると、甘くかぐわしい香りが漂っていた。
「美味しそうな匂いですね」
「ああ、ついに完成したらしい」
「完成ってなにが?」
「何がって、ハロウィン用の新メニューだよ」
「ハロウィン?」
そういえば、と入り口付近でカボチャのランタンを見たような気がする。昨日にはなかった新しい装飾。世間は確かにハロウィンの季節だが、ここのところ毎日が目まぐるしくて、そんなことすら気に留めていられる余裕がなかった。
「ねぇ、姫」
「ん?」
少し距離の近くなったモクレンの圧力にイヤな予感が背筋を伝う。
ここで馬鹿正直にモクレンの顔を見てはいけないとわかっているのに、誘われるような声色に連れられて、ついつい顔を向けてしまった。
「食べてみたいと思わない?」
口調は穏やか、声も弾んでいる。それなのに目だけが笑っていない鋭さに、何と答えるのが正解なのだろう。
「ハロウィンの新作、どんな味がすると思う?」
覗き込むように真っ直ぐ見つめてくるモクレンの言わんとしていることが、手に取るようにわかってしまう。見た目に反してよく食べる。あれだけ動くのだから当然なのかもしれないが、だからといって客に出す前の料理を食べるわけにはいかない。
「君が食べたいと言ったら誰も断らない」
「えっ、ちょっ、あのっ」
背中を押して厨房に押しやろうとしてくるモクレンに否定の声をあげる。ちょうどその時「そのくらいにしておけ」とシンの声が頭上から現れた。
「なに、シン。邪魔しないで」
「聖者の声は亡者の王を呼び起こす」
「おかげでレッスンが出来ない」
「混沌に乗じて横暴に欲を掻いても器は空のままだ」
シンとモクレンの会話はよくわからない。それでも言わんとしていることが通じたのか、モクレンは少し考えるように立ち止まった。
「お前も惑わされるな」
「えっ、はっ、はい」
突然話しかけられて戸惑う声が狼狽える。悪いことをしていたわけではないのに、まるでイケナイことをしてしまったみたいだと、見つめてくるシンの顔を真っ直ぐには見れなかった。そこで下げた視界の中にシンの全身を認識する。今日はチームWがホール担当なのかシンもモクレン同様にスタッフの格好をしていた。
「レッスンも出来ない、新作も食べられない、5日もこれが続くなんて耐えられない」
「なにかあったんですか?」
不機嫌なモクレンの様子に違和感を覚える。ハロウィンのイベントは確かに初耳だが、モクレンが耐えられないほどの何かが起こったのだろうか。
「チームKがイベント公演をするんだよ」
「鷹見さん」
「チームPも公演中、今レッスン室はW以外でほぼ埋まってるんだ」
「ああ、それで」
「はい、これ」
「なんですか?」
「さっき出来上がったらしい」
「ハロウィン・・・のチラシ?」
「そう、なかなか気合入ってるでしょ」
手渡されたチラシには、オレンジや紫で彩られた目に眩しい衣装を着こなすよく見慣れた姿が映っている。布面積はいつものことだが、今までにない雰囲気でお客さんも満足しそうな気がした。
「トリックオアトリート」
「え?」
「俺だったら悪戯の方を希望するけど」
ニコリと笑った鷹見の声にチラシから顔をあげる。
「今はレッスン室に近づかないほうがいいよ」
悪い狼たちに食べられちゃうからねと、片目を閉じて微笑む口角に何を返せばいいのだろう。
「宴が始まるまで茶でも淹れよう」
話題を切り上げるように、シンに肩を寄せられる。思わずもつれた足先に招かれたシンの腕の向こう側。また見知った顔が現れた。
「あれ~、みなさんおそろいでどうしたんッスか?」
「ちょうどよかった、カスミ。何か食べるもの持ってない?」
「ドーナツなら買ってきたッス」
「でかした。それを食べよう」
どこへ行ってもにぎやかで時間の経過は実に容易い。香り立つ紅茶を嗜んでいるうちに、日はまたひとつ、確実に針を動かしていった。
(完)
* * * * * *
2019/10/19
チームPのイベント期間中、さらに次のイベントはチームPの新曲。そして新たなキャラが登場!?
その間にハロウィンイベント発生するというトリプルパンチに召されたので、もう関係ないチームWで和みました。笑