番外編
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『雨宿りの奇跡』
視界が薄い灰色に染まっていく。
突然降り出した雨は、街中のノイズをかき消すように静かに目の前を覆い隠し、どこか遠くに意識をさらっていくみたいだった。
誰もが足早に通り過ぎていく。逢魔が時。スターレスに向かう間際に降ってきた小ぶりの雨は、通り雨と呼ぶには少し分厚い雲に覆われている。
「うわ、降ってきたね」
前振りなく聞こえてきた声に空から下げた視線が一人の男性をとらえる。
細身の長身にハイヒールがここまで似合う人は一人しか知らない。
「クーさん?」
思わず口から出た呟きに気づいたのか、少し驚いた顔をした後でクーはニコリと笑って隣に立った。
「やあ、奇遇だね。もしかして、雨に打たれたの?」
「ええ、傘を持っていなくて」
「それは災難だったね。濡れてない?」
「はい、なんとか無事でした」
雨と同じ白銀の髪を優雅に揺らして微笑む姿が眩しい。ここで会うのは奇遇だが、一体どこから現れたのか、そのまま視線を動かして自分のいる場所を認識したと同時に合点がいった。
「お買い物ですか?」
「そ、メイク道具を見ていたんだ」
「何かいいものは見つかりましたか?」
「お目当てのものは見つかったかな」
耳に響く声が優しくて穏やかな気持ちになれる。
降り出した雨に足を取られる憂鬱な時間もクーと雨宿りが出来たなら悪くない判断だったと、人知れずホッと息を吐き出していた。
それがどう見えたのかはわからない。
クーは雨にギリギリ濡れない位置まで体を乗り出して空の具合を眺めていたが、そのまま顔を戻すついでにふわりと口角を歪めた。
「あ、そうだ。ちょうどよかった、手を出して」
「え?」
ガサゴソと小さな紙袋の中から取り出して差し出された包みに疑問符が浮かぶ。
「いいから」
少し戸惑いながらも両手でそれを受け取ってみた。間違いなくコスメだろう。何かはわからなけれど、今買ったばかりのものに違いない。
「あの」
受け取れないと見上げた顔に、長身のクーが王子様のように腰を折って近づいている。
「黙って、もらって」
唇に押し当てられた指先に声が出ない。キスの代わりに触れた指があまりに突然すぎて、雨音にかき消された街並みの気配さえもクーの瞳に吸い込まれてしまったようだった。
「絶対キミに似合うから」
ゆっくり離れていく指先に心臓まで止められていたのだろう。きちんとお礼さえ口に出来ていたか定かではない。ドキドキと鳴る自分の心臓の音がうるさくて、熱く揺らめく蜃気楼のような心地にうまく息が出来ていたかもわからない。
ただ、走り去る車のあげた水しぶきが襲ってきたことにさえ気づかない程、盲目的にクーを眺めていたことだけは確かだった。
「キミは危なっかしいね」
「あっ、ありがとうございます」
水しぶきがかからないように咄嗟に引き寄せられた身体がクーの熱を連れてくる。
両手の中で先ほどもらったばかりのプレゼントを強く握りしめながら、どうしてこうなったのだろうと思考回路が混乱していく。偶然立ち寄っただけの、束の間の雨宿りがくれた時間に戸惑うなという方が無理な話。
「このまましばらく降り続きそうだ」
「そう、ですね」
頭上から降り落ちてくるクーの声が心地いい。
「ね、少し走れる?」
「え?」
パサリと覆うようにかけられた服に慌てて視界をクーに向けた。不覚にもまたドキリと心臓が鳴く。
「風邪をひくといけない」
「え、でっでも」
「いいから、ほら。走るよ」
頭からクーの匂いをかぶり、肩ごと抱き寄せられた衝撃で足は前に走り出す。
それはあまりにも自然で、当たり前のように走り出したのだから仕方がない。
灰色の世界の中で何色でもない不思議な水たまりを何度も乗り越えて、特別な雨の一日は素敵な色に染まっていった。
(完)
* * * * * *
2019/10/17
フォロワーさんからいただいた「クー×雨宿り×上着パサリ」というシチュエーションで書きました。
初クー様なのでドッキドキ。
私はずっとクー様とコスメのお話を書きたかったので満足です。
今回もTwitter仕様なのでヒロイン名は使用していません。