番外編
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『ビリヤードと煙草』ソテツ
よどんだ白煙の視界が開ける頃には、勝利が確定しているだろう。
外野は固唾をのんで最後の一打を見守っているが、あれじゃダメだ。あれは入らない。そう言いきれる道筋に、自然と苦笑の息がこぼれ落ちる。
「まあ、こんなものか」
吐いた煙と笑みを手元の灰皿に押し付けて、ソテツはその隣に置いてあったチョークを指で摘まんだ。
タップに青を塗りつけながら近付いた外野の中心。予想通り、弾かれた球は穴に落ちず、蛍光灯が照らすビリヤード台の上では、虚しさだけが木霊している。
擦れた黄色の帯に張り付いた9の数字。息を潜めて転がっているそれを突き落とせば、ジ・エンドだというのに。
「もう少し楽しませてくれると思ったんだがな」
憂いたところで仕方がない。
五回勝負の三回目。相手の有利になるように随分とハンデをつけたつもりが、ラブゲームになる現実は変えられない。
せめてもの足掻きに、球を「難しい位置で止めてやった」と思っているかもしれないが、対戦相手を誰だと思っているのか。それこそ、ソテツにとっては美味しい餌のひとつでしかない。いや、言い換えればそれだけが唯一、ソテツに与えることができた刺激だろう。
「期待してるとこ悪いが、こいつはもらってくぜ」
チョークが置かれ、細長いキューの向きが変わり、撫でるように添えられた指先に周囲の視線は引き寄せられる。
一層の緊張感がソテツを包む。
それなのに、琥珀の瞳は流線型を描いていた。
「後学のために教えておいてやるが、次から勝負を挑むときは勝てる相手と手段を選んだほうがいい」
獲物を得ようと低く構えた眼光が見つめる先は勝利一択。与える力加減も角度も手に取るようにわかっていれば、入らないと思う方がどうかしている。
「勝負の方法を俺に決めさせた時点で結果は決まったようなもんさ」
多少のつまらなさを覚えつつも、ソテツは狙いを定めて目当てを捕らえる。間違いなく『ハズレない音』がして、ナインボールの女神はソテツに微笑むだろう。
「さて、と。どうするかな」
敗者が頭を垂れるのを横目に、外野は圧倒的強さに歓喜している。沸いた拍手と喝采に紛れてソテツの唇に再び火がともる頃には、悔しそうに舌打ちした情報提供者の悪態も散っていくに違いない。
これはただの余興。
本来、金品のやり取りでスムーズに事が運ぶところをあえて勝負に委ねたのがその証拠。
「苦労して手に入れたんだ、せいぜい楽しませてくれよ」
白煙がまた視界を消していく。
ポケットに落ちた球体が螺旋を描く音に合わせて、その口角は不敵に笑っていた。