番外編
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『ふたり隠れてキスをしよう』柘榴
光の当たり具合によっては赤く見える茶色の髪が、木々の中を見え隠れしている。一体どこへ行こうとしているのか。散策なら一緒に行ってもいいか声をかけようとして、気づけば随分と距離は開いていた。
「柘榴さん、歩くの早い」
切れる息を整えながら、柘榴の姿を目視する。穏やかな森。避暑地と謳われるだけあって、爽やかな風が駆け抜けていく。
「っ、なんだ、虫か・・・」
風に紛れて横切っていった気配。その一瞬の隙に、先ほどまで確認できていたはずの柘榴を見失ってしまった。
「柘榴さん?」
慌てて最後に確認できた場所まで駆寄ってみる。けれど、どういうわけか、周囲に柘榴の姿はない。一方通行の獣道。夏フェス会場はもちろん、駐車場や人通りの多い場所とは正反対の方角。盛り上がる会場の声は当に薄れ、聴こえるのは名前の知らない鳥や虫の鳴き声だけ。
まだ明るい時間だというのに、妙な不気味さに包まれているような気がして、知らずに体は後退していた。
「おやおや、これはこれは。誰かと思えば」
「ッ!?」
背後から肩に触れた気配に反射的に振り返ってしまったのは、知らない場所で過敏になっていた神経のせい。迷い込んだ森の奥で一人。ひとけのない場所まで誘い込んだ妖精の悪戯に、泣きたくなるほど臆病になっていたのかもしれない。
「……っ…柘榴さん」
「これは失敬。アナタを驚かすつもりは毛頭なく」
透き通るガラス玉のような青がゆらりとほほ笑む。
「このような場所に何か御用で?」
誰のせいでこんな不安になっているのかと、八つ当たりしたい気持ちに駆られながら、現れたのが柘榴でよかったと素直に認めることの出来た気持ちを優先させる。
「柘榴さんを追っていたら急に姿が見えなくなったので、びっくりしました」
それでも、少し不機嫌そうな声を隠すことは出来なかったらしい。
「おや、ワタクシをお探しとは」
困ったような息を吐いて、柘榴はゆっくり近付いてくる。震える小動物を怖がらせないように呼びかける声に似ているが、柘榴の場合、その真意は定かではない。
「可憐な小鳥が一鳴きすれば、いつでも馳せ参じたというもの」
両手を広げて立ち止まった柘榴の腕に吸い寄せられそうになる。自分から一歩近付いて、本当に目の前にいるのが柘榴本人か確かめるために、じっと見上げてみる。
「いかがなされたので?」
「本当に、柘榴さんですよね?」
「はてさて、アナタのいう柘榴とワタクシの思う柘榴が同一人物かを証明するには少々難しく」
それはそうだと頷ける。狐にでも化かされない限り、いくら夏でも怪奇現象はそうそう起こらない。変装が得意な怪盗じゃああるまいし、たとえそうだとしても、今ここで柘榴のふりをして現れる意図はゼロに等しい。
「ひとつ打開策を申し上げても?」
一体何だろうと問いかけようとした体が、引力に負けて柘榴の腕の中に囚われる。
「ワタクシが怪異なる存在かどうかをお疑いならば、こうして触れて見るのが一番の近道」
「うわ…ッ…ちょっ、キャッ」
「どうです、ワタクシはアナタの思う柘榴と同一か否か」
森の中で円舞曲でも踊るつもりか。腰を抱き、触れるほど近くに寄せた柘榴の瞳に戸惑う自分の顔が映り込んでいる。
魅惑的な色に揺れるその瞳は美しく、本の中の世界なら確実に彼は人外に分類される気配を纏っている。それでも咄嗟に掴んだ柘榴の腕の感触は確かに人間そのもの。
匂いも雰囲気も柘榴本人で間違いない。
「どちらであっても返事は不要。今はこの戯れを楽しむまで」
「……あっ」
重なる唇の感触に否定はない。抱きしめられた温もりも、絡まりあう吐息も全部、最初から柘榴の手の内で踊っているに過ぎないのだから。