番外編
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『ふたり隠れてキスをしよう』カスミ
アスファルトではない舗装された土の道を歩く。歩くたびにジャリジャリと聞きなれない音が聞こえるのは、靴の下で小石が擦れ合っているせいだろう。
夏フェス会場から少し離れた場所にあるコンビニまでの道のり。
視界は広く良好で、遠くの方で聞こえる蝉の声が夏の暑さを連れていた。
「今日もいい天気でよかったですね」
山の天気は変わりやすい。それでも連日晴天に恵まれて、夏フェスの予定は順調に進んでいる。トップバッターをきったチームCの公演も予定通りに開催され、強いてはリーダーの張り切り具合も日に日に右肩上がりだともいえる。
「そうッスねぇ。でも、いいんッスか?」
「何がですか?」
「自分なんかに付き合って、会場ぬけてしまって」
隣を歩くカスミの声が、少し申し訳なさそうに下がっている。
夏フェス会場というより、必要以上の練習からうまい具合に抜け出す口実を見つけてきたらしいカスミについてきた理由。それは特に持ち合わせていない。
ただなんとなく。ついて行きたいと思ったからついてきただけ。それでもカスミは少なからず自分が連れ出してしまったことを気鬱に感じているようだった。
「はい、いいんです」
じゃりじゃりと揃いの音をたてながら、歩調を合わせてくれる気遣いを見上げてそれを否定した。
「カスミさんとコンビニ行きたいなぁって思ったので」
「そういう可愛いことを無防備にいうのはよくないッスよ」
「えっ?」
前方不注意。小石ばかりだと思っていた道に、想定外の大きさの石が転がっていた不可抗力でバランスが崩れる。
「あっ、ありがとうございます」
咄嗟に受け止めてくれたカスミの腕の中で、お礼を口にする声が小さくなってしまったのは、なぜかドキドキと鳴り始めた心臓のせい。自分でも確実に転ぶと思っていただけに、そうならなかった現実への安堵感と、予想外に近付いたせいで見えてしまったカスミの瞳。夏フェス会場とコンビニの往来に通り抜けていく車がいなければ、永遠に時間が停止していたかもしれない。
「怪我はないッスか?」
「はい、大丈夫です」
体勢を整えて再び隣に立った声の感覚がない。ただ、ジャリジャリと足元の小石の感覚は健在で、視界に入る程度には近くなった存在のおかげで、歩いているうちにその感覚も胸の鼓動も収まってくれたようだった。
「何を買うんですか?」
ひんやりとした人工の冷気が出迎えてくれる自動ドアをくぐり、聞きなれたコンビニの音を耳にしながら中に入る。当然だが、店内には見慣れた商品が並んでいた。
「場所が違っても、同じ商品があるのってすごいですよね」
「ほんと助かるッス。どれだけ準備してきても現地で必要になるものって出てくるし、これは帰りのバス用に補充しておこうかと」
いつの間にカゴを持っていたのか。陳列棚から取り上げた冷却材をカスミは迷いなく放り込んでいく。しばらく呆然とそれを眺めていたが「あとは煙草くらいッスね」と、一緒に店内をついて歩いていた足が止まる。
それがあまりにも突然だったので、盛大にカスミの背中に鼻をぶつけてしまった。
「あー、すんません。何か欲しいものがないか聞こうと思ったら、まさかこんな近くにいるとは思わなかったッス」
「いえ、大丈夫です。私こそすみません」
「いやいや、悪いのは自分なんで。あ、そうだ。お詫びにアイスでもどうッスか?」
「えっ、悪いですよ!?」
「遠慮しないで、早く選んで」
言われるがまま視線を誘導される。確かに今は冷房が効く店内だが、一歩出れば外は夏。
「自分が煙草吸う間、それ食べて待っててくれると助かるッス」
「それじゃあ、お言葉に甘えます」
選んだのは棒付きのアイス。
離れた喫煙場所で煙草を吸っていたカスミが戻ってくるまでに、食べきることが出来なかったのは仕方がない。それでも残るは最後の一口。
「急がなくていいって、あー」
「ん…っ…ンンッ!?」
太陽の熱に耐えきれなかったアイスの欠けらが、棒を伝って指を濡らしていたらしい。掴まれた手首を舐めたカスミの舌に驚いていると、いつの間にか唇まで舐められていた現実に困惑する。
「ああ、これうまいッスね」
平然と言葉を続けるカスミの手が、当然のように棒を奪って赤い舌をのぞかせる。
「無防備なのを悪いとは言わないけど、そういう顔、他で見せないように」
自分がいったいどういう顔をしているのか。吐息を風にのせたカスミのせいで、湧いた疑問は夏空の下に溶けていった。