番外編
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『ふたり隠れてキスをしよう』玻璃
「はい、お水です」
木に半身を預けた玻璃の顔に、冷えたペットボトルを押し付ける。力なく重なった手のひらは熱く、水滴か汗かもわからない雫が、玻璃の頬を伝って指に触れた。
「水、飲めそうですか?」
ペットボトルの冷たさが心地よかったのか、玻璃は目を閉じたまま動こうとしない。一緒に持ってきたタオルで額に浮かんだ汗を拭き取ってみたが、玻璃は甘えるように呼吸を繰り返しているだけ。
「玻璃さん?」
「すみません。もう少し、このまま」
かすれた吐息が胸の呼吸に合わせて上下に揺れる。こういうところは店でも外でも変わらないのだと、なぜか妙に可愛くみえるから放っておけない。
「何を笑っているんですか?」
重なっていた玻璃の手がわずかな力を込めて聞いてくる。メガネ越しに見つめてくる真っ直ぐな視線をそらせない。密着する手以上に、熱を放つ瞳に引き寄せられて、鼓動がどきりと音を立てる。
「玻璃さんが可愛いなと思いました」
「可愛い、ですか?」
言葉の意味を考えようと、瞳を閉じて脱力する玻璃の仕草にまた笑ってしまう。そういうところが可愛いのだと、伝えたところで玻璃は反応に困るかもしれない。
「すみません」と、隠しきれない笑みのまま断りをいれて、会話を続けるための言葉を口にしてみる。
「いつも全力だなって思って」
ペットボトルの蓋をゆるめるために、玻璃の横にしゃがんでその手をほどく。
「当然ですよ」
そう答える玻璃の声は、木陰の風に揺られて、どこか誇らしそうに笑っていた。
「何事も経験です。今しかできないことに全力を出さないなんてあり得ません」
その意識の高さはどこからくるのか。手を抜けないのか、手を抜かないのか。玻璃の姿勢はいつも勇気をくれると同時に心配もさせてくれる。
「楽しむのはいいことだと思いますが、体調管理もちゃんとしてくださいね」
「ああ、ありがとうございます」
開いたペットボトルを差し出すと、玻璃は案外素直にそれを受け取った。
「助かります。どうしても踊ったあとの余力を残せなくて」
言いながら、外気との気温差に汗をかいたペットボトルの中身が玻璃の口内に消えていく。
ごくごくと音を立てて動く喉。
無防備な肌に引き寄せられる虫の気持ちが、今なら少しわかる気がした。
「あまりいい気はしませんね。大体、可愛いというならあなたのほうでしょう」
「え、なんですか?」
「キス、してもいいですか?」
「………っ」
答えを聞くつもりがあったのかと、火照る熱を移してくる玻璃に問いたい。
周囲に比べて気温の低い場所にいるはずが、玻璃の体温が移るせいで、肌が勝手に汗ばんでくる。それでも問答無用で奪われた唇が冷たくて気持ちいい。原因は先ほど口に含んだ冷却水のせいだろう。
味のしない液体。無味無臭の水が甘く感じるのは、玻璃のせい。
「メガネが邪魔ですね」
「……ッ…んっ」
「とっていただけませんか?」
角度を変えてついばんでいた唇が、ほんのわずかに離れた先で見上げてくる。
どきりと音をたてた鼓動は、最早ドキドキと加速して、言い逃れのできない緊張を指先に伝えていた。そのせいで、玻璃の要望へ素直に応えられそうにない。
ただ、メガネをはずすだけ。
それでも、その先にあるのはキスの続きという仕組まれた罠でしかない。
「安心しました」
「…っ…なに、が…ですか?」
「先ほど可愛いといわれたので、男としてみられていなければどうしようかと」
ニコリと笑う顔に、してやられる。
「みっ、みてますよ!」
「ええ、見ていてください。あなたの視線を独占したいですから」
そういって再び触れた玻璃の唇は、やはり少し冷たくてほんのり甘い気がした。