番外編
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『月の妖精』
※公演原作(竹取物語×ジゼル×白鳥の湖)をモチーフにヒロイン役妄想
* * * * *
「黒」と表現するにはあまりにも稚拙な夜の色が目の前に広がっている。湖面は緩やかな風に運ばれて波打ち、頭上を遮るもののない夜空には大きな月が浮かんでいる。
一片の欠けらもない見事な満月。
雲一つ、影一つない輝きを放つ月。
夜空を支配するたったひとつの光。
「はぁ」
零れ落ちた溜息は、夜も更けた森の中に紛れていく。静かな夜。晴れた月明かりを受けた湖は見惚れるほどに美しく、それでいて、何もかもを飲み込んでしまうほど黒くおどろおどろしい。
自分以外には誰もいない。鳥の声さえ聞こえない。
「…っ…」
月の影に浮ぶのは、忘れたはずの五人の姿。いや、忘れられるはずもない。呪いをかけられ、夜しか本当の姿で会えなかったというのに・・・愛を誓ってくれた彼らのことを忘れるなど、到底無理な話だった。
交わした時間はかけがえのない感情に溢れ、重ねるごとに密度を増して染めていく。
月よりも強く、湖よりも広く、惹かれるほどの感覚を教えられてしまった。
世界は残酷で、焦がれるほどに愛おしい思いを弄ぶ。誰が望んだ結末だろう。ようやく希望が見えた矢先に、月は満ち、結ばれる運命はついえてしまった。
「ごめんなさい」
零れ落ちた懺悔は、波打つ湖だけが聞いている。
湖を囲む暗い森の中で彼らは今も彷徨っているのだろうか。もう姿の見えない存在だと知りながら、探し続けてくれるだろうか。
住む世界が完全に違えてしまった今。それを確かめることもできない。
「決して結ばれない」と知りながら、愛してしまった罰。期限の決まった滞在は甘く切なく、永遠に覚めることのない夢の中に囚われてしまった。人間と妖精。満ちた月の光に抱かれて見つめる湖面は、幻想的なのにひどく寂しく、もの悲しい。
「愛しています」
そう伝えることが出来れば、どれほど救われることだろう。もう一度、触れることが出来たなら。それは、もう二度と叶わない願い。
禁忌を犯した妖精に微笑む世界などありはしない。
永遠に結ばれることのない想いを抱いて、これからも湖面に彼らの顔を思い浮かべてしまうだろう。
朝がくればすべて終わる。
出会う前に戻るだけ。
「私」という存在が消失した世界で、どうか、どうぞ、お幸せに。 完