番外編
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『散らない桜』
灰色の空は、ちらちらと覗く薄青の下に、満開の桜を従えている。晴れたかと思えば泣いて、雨が降ったかと思えば笑っているような風と共に。
「あー、今日はありがとな」
暖かくなったり寒くなったり忙しい天気と同じように、朝から表情が忙しかったミズキの照れた声が聞こえてくる。
ありがとう。
たった五文字に込められた恥ずかしさや、くすぐったさが伝わって、今はもうすっかり夜だというのに爽やかな風が駆け抜けていく錯覚に襲われる。ただ、至近距離で見る横顔は暗がりの中でも隠しきれない笑みを浮かべていた。
「祝ってもらったことねーや」
そう言って、まるで何でもない日を迎えるような口振りをしたミズキ。それをチームメンバーが放っておくわけもなく。ましてリーダーの記念すべき日に、それこそ「なにもしない」なんてことはなかった。
二十歳。第一日目に開かれた誕生日パーティー。当然振る舞われたお酒に、いつもより少しだけ滑らかなミズキの声が肩にかかる。
「なんか、まだ実感ねぇ」
「忙しい一日でしたしね」
いつも以上にミズキ目当てで訪れた客足は多く、人気の強さがうかがい知れる一日だったように思う。
いろんな意味で浮き足立った一日。
あまりに早く時計の針が回ったのか、ようやく息が出来るとばかりにミズキは足を投げ出している。
「お誕生日おめでとうございます」
改めて告げた夜桜の下で二人きり。二十三時を回った公園のベンチには他に誰もいない。時折気まぐれに吹く風も生暖かく、咲いたばかりの桜は頭上でゆらゆらと揺れるだけ。
「誕生日って、いいもんだな」
並んで腰かけたベンチは、桜に触れるように手を伸ばして呟いたミズキの声に錆び付いた音を響かせる。
「そうですね」
そう答えた声が果たして本人に届いたかどうかはわからない。
「早く大人になりてぇって、ずっと思ってたんだけどよ」
「もう大人の仲間入りですよ?」
「酒も煙草も解禁だしな」
「今日は全部やりましたものね」
「藍のやつ、羨ましそうにしてたな」
「金剛さんに止められて、ヒースさんに慰められてましたね」
「いや、あれは煽ってただけだろ。リコのやつもなんだかんだ言って楽しんでたしな」
「そうですね」
公園に来る前の風景を思い出す。
どちらが酒に強いかをリコと対決し始めたミズキに、参戦しようとした藍。思わず笑ってしまうほど、素敵な時間を共有できたと断言していいかもしれない。
「ありがとな」
振り返ろうとした肩にミズキの頭が重力を乗せてくる。
「ミズキさん?」
ふわふわと風に揺れる髪が首筋にあたって、甘えるように体重を預けてくる仕草に胸が高鳴る。
「お前に祝ってもらえたから」
消え入るほど小さな声は、触れあう肌に熱の鼓動を伝えてくるのだからたまらない。
「特別ってこういう感覚を言うのかもな」
独り言のように、静かに、淡々と。夜桜に紛れ込ませたミズキの声が薄紅色に咲いていく。
「これからも傍にいろよ」
顔が見えない状況で肩から響く余韻が熱い。ミズキの髪が触れる肌から全身に、鼓動が駆け抜けていったみたいだった。
「勝手にいなくなったりしたら許さねぇ」
いなくならない。
声に出せればよかったのに、春の風にさらわれたように言葉がうまく出てこない。何か伝えようとすればするほど、喉につかえた蕾が膨らんで花開いていく。
「なぁ」
静かに吐き出されたミズキの息に神経が耳を傾ける。
「誰にもガキだなんて言わさねぇくらい大人になるから、そうしたら」
「そうしたら?」
「やっぱ、いい」
「え?」
覗き込もうと態勢を崩した瞬間、抱き寄せられた視界に満開の桜が飛び込んでくる。あまりの驚きに目を閉じるのも忘れて、薄紅色の頬が熱を帯びて重なるのを感じていた。
「よっしゃ、行くか」
そう言って立ち上がったミズキに腕を引かれてベンチから腰をあげる。
酔い覚ましに立ち寄ったはずなのに、つく前よりも足元がふらついているのはなぜだろう。それはきっと桜だけが知っている。祝宴帰りの夜のこと。
完