番外編
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
リンドウ×クレプトフィリア(窃盗性愛)
『語らぬモノに口付けを』
本当に欲しいものが手に入らないなら、たとえ代替品でも手に入れたい。そう心を支配する言葉は日を増して強くなり、ある日を境に壊れていった。
「どうかしましたか?」
「あっ、リンドウさん。お疲れ様です」
「ありがとうございます。探しものですか?」
自販機の前にある椅子の下を覗き込むように、しゃがんでいる彼女を発見したのは閉店間際の夜のこと。きっと他の誰かに付き添って、公演後のバックヤードで時間を過ごしていたのだろう。自分ではない別の誰か。その事実だけで胸が締め付けられるほど苦しくなるということに気づいたのは、もう随分と前のような気がする。
「あの、ピアスを片方落としてしまったみたいで」
そう言って髪をかき上げた彼女の耳には、小さな穴。たしかに、店に来た頃にはついていたアクセサリーが消えている。
「この辺で落としたんですか?」
「それが、どこで落としたかわからなくて」
困った声が地面に落ちる。
律儀に立ち上がり、向き合うように対面しながら彷徨っている視線に思わず笑みが零れ落ちそうになる。必死な姿が可愛いなど、こんなときに不謹慎だと思いながらも、沸き立つ感情は抑えられそうにない。
彼女が欲しい。
手を伸ばせば一瞬にして奪える距離にいても、それは叶わない。僕が彼女を見つめる時間と彼女が僕を見つめる時間が同じではないことを僕はずっと前から知っている。
「気に入ってたんです」
名残り惜しそうに耳たぶをつまむ彼女の声につられて腕が伸びそうになる。いけない。そう自戒を溜息にして吐き出さなければならないほど、欲求が衝動に煽られそうになる。誰もいない店で二人きり。会うのを避けたくて遅くまで居残っていたことがあだになったと、自嘲の笑みまで浮かべたくなる。
「一緒に探しますよ」
「えっ、そんな。悪いです」
「大事なものなのでしょう?」
彼女に腕を伸ばす代わりに床へと腕を這わせる。指先に触れる冷たい地面は、顔を近づけて初めて、色んな足跡で埋め尽くされていることを知った。砂混じりの複数の足跡。大きな足跡の中に小さな足跡が紛れるように続いている。不思議なもので、バックヤードを出入りする小さな足跡の持ち主だけは言われなくてもすぐにわかった。
「バックヤードもたまには掃除しないといけませんね」
もっともらしいことを口にして、頭の中では違うことを考える。
「あなたの痕跡にこれ以上、惑わされたくない」
好きだと自覚したその日から、目につく全てに彼女を感じて息苦しい。そんな思いを目の前の男が抱いていると知らない無防備な彼女は、何をそんなに必死になっているのか、再びしゃがみこんでブツブツ小言を吐き出していた。
「ないなー」
残念そうな声が耳元で聞こえて切なくなる。
「ここで落としたと思ったんだけどなぁ」
ずっと一人で探していたのだろうか。誰かに頼ればいいものを、そうしない彼女の姿に胸がまた軋みをあげる。
「今夜はもう遅いので明日にしましょう」
「・・・はい、そうします」
「少し待っていてください。送ります」
ニコリと笑って彼女を椅子に座らせるまでの動作が、いつもらしく振る舞えていたかの自信はない。それでも、彼女の前では「リンドウ」を演じ続けなければならない。安全なキャストの一人として、無警戒でいられる対象として、認識していてもらわなくては困る理由が僕にはある。
「本当に、可愛い人ですね」
誰にでもなく呟いた声は、人気のないロッカー室に静かに響きわたる。そうして視線を流した場所で、乾いたロッカーの内側に備え付けられた鏡の中で、恍惚の笑みを浮かべる不気味な男が映っていた。
「いけませんよ。そんな顔をしていてはバレてしまいます」
ニコリと、鏡の中の男が語り掛けてくる。その声におのずと気が引き締まったような気がした。今夜はどうしても持ち帰らなければならない大切な拾い物がある。それを忘れて帰ってしまっては意味がない。
「大事にしてあげますよ」
ロッカーのカギと一緒に、秘密は僕の中に隠さなければならない。
「またひとつ、あなたのコレクションが増えました」
座って待つあなたは知らないのだから。
無機質なアクセサリーに口付けた、この僕の熱い思いを。
完