番外編
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ヒース×ハイポクシフィリア(窒息性愛)
『こと切れる刹那には』
泡になって溶けて消える人魚の最後はきっと、こんな風に歪んだ幻想世界だったに違いない。愛すべき人と二人きり。もしも王子が別の王女ではなく、一途に思ってくれる人魚姫と心中を計ったとすれば、今見ている景色と同じ景色をみていただろうと思う。
「…ッ…」
酸素がこぼれないように必死で口を押える両手が可愛いだとか、苦しみに歪む顔が愛しいだとか、きつく閉じられた瞳の奥で考えていることが徐々にはぎとられて行って、たった一つの欲望だけに変わっていく過程が楽しいだとか。アンタは何も知らないんだろうな。
「ゴホッ…ッ…ごほっ」
水面に顔を上げるなり盛大にせき込む体に腕を伸ばす。再度水の中に引きずり込むオレの行動に、理解の追い付いていない顔が焦燥に青ざめているのに見ないふりをして、強引に唇を奪った。
「んっ…っ」
苦しいと水中の中で抵抗をみせる力が徐々に弱っていく。最後に強く肩をつかまれて、だらりと抜けた腕が沈んでいくのを横目にオレは浮上することを決めた。
「アっ…ッ…ヒースさ…っどう」
力なくしがみつく姿が愛しいと、呼吸ができる喜びに震える体が可愛いと、水滴を舐めるオレの感覚は彼女には伝わらない。伝える方法もわからない。苦しむ姿が愛しいだなんて、こんな感情、説明のしようがない。
「苦しい?」
そう尋ねれば、涙目で頷く。
「オレは、そんなアンタが見れて少し嬉しい」
「ッ?」
理解不能という目を向けられる。それもそうだろう。オレだってこんな感覚、他人が持っていれば理解に苦しむ。愛しい人ほど同じ苦しみを共有したいだなんて、賛同してくれる人の方が稀だろう。
ああ、また嫌われるかな。
そう自嘲気味に息を吐こうとした時だった。
「ゴホッ…っ…ゴホッ」
「ヒースさんっ!?」
突然込み上げてくる嗚咽感が肺を圧迫して、乾いた咳を吐き出させる。水中で彼女を抱きしめていた腕は、いつの間にか彼女に支えらえるようにして水面に上がっていた。
「大丈夫ですか」
「ああ、うん。もう平気」
「全然平気そうじゃないです」
泣きそうな顔を寄せられる。さっきまで苦しみに震えていたのは彼女の方だったのに、逆転した現象に今度こそ本当に自重めいた息が零れ落ちた。
「人魚姫ごっこなんて、ふざけたことするからですよ」
「でも、アンタだって提案に乗っただろ?」
「そりゃ、ヒースさんがあんな顔、する、から」
「あんな顔?」
どこから持ってきたのか、柔らかなタオルでくるむように手を動かしていた彼女の視線がわざとらしく泳ぐ。「あんな顔」と表現されても自分ではわからないのだから仕方がない。
「オレ、どんな顔してた?」
両手で顔を包んで無理矢理向かせる。なぜか顔が真っ赤なような気もしたが、それよりも息を呑むように呼吸を止める仕草の方に意識が触れる。
「そんな…っ…顔、です」
いつも苦しそうに言葉を選んで吐き出す彼女が狂おしいほど愛おしい。泡になって消える人魚姫のように、オレにだけ向いた感情が溶けるときには、海のように彼女を包んで感じていたい。その最後の魂の叫びを。
完