番外編
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『柔らかな日差しよりも』
日の当たる時間が少し伸びて、真冬というより春が近づいてきているような温かな午後。空には薄い青が広がり、筆で描いたような柔らかな雲が散っている。まだ冷たさを含む風が頬を撫でていくが、朝や冬の零度を思えば幾分か過ごしやすい昼間だと言える。
「メノウさん、どこかな?」
朝に連絡をとった際、言われた時間通りにスターレスに足を運んだ。
外とは違ってひとけの無い店内は肌寒く、歩く自分の足音だけが等間隔を刻んでいる。四方八方、灰色のコンクリート。大きな窓があれば差し込む陽光のおかげで絶好の昼寝日和となるだろう。けれど都会に隠された地下室に残念ながら窓はない。
「あ、いた」
それでも余程心地いいのか、開店前の客席でメノウは眠っていた。
「こんな場所で、風邪ひいちゃいますよ」
静かに近寄って、小さく耳元で呼びかけてみる。仮にも客席。いくら開店前とはいえ、このまま寝かせておくわけにもいかない。
「メノウさーん?」
今度は少しゆすってみる。案の定「んー」と眠そうな声が返って来ただけで、メノウは起きてくれなかった。
「本当にどこでも寝れるんですね」
聞いていないのをいいことに、隣の椅子に腰かける。数人掛けの円卓のひとつ。腕を枕代わりにテーブルに突っ伏しているが、すやすやと規則正しい吐息に自然と笑みがこぼれてしまう。何か楽しい夢でも見ているのだろう。にこにこと嬉しそうな寝顔に先ほど見た空の様子を思い出した。
「こんなところで寝るより、もっと日当たりのいいところ昼寝した方が絶対気持ちいいですよ」
特にこんな日は、そう思う。ツンツンっと指先でメノウの頬をつつくと、またひとつ「んー」と眉をしかめて眠そうな声が返ってくる。もぞもぞと自分の腕枕に顔を摺り寄せるメノウの髪が揺れて、ふわりとかぎなれた入浴剤の香りが漂う。
「もしかして、朝からスパに行ってきたんですか?」
これで舞台ではまるで別人なのだから驚く。何かが憑依しているのではないかと疑えるほど、普段のメノウの様子からは想像もつかない。スパ、レッスン、スパ。この繰り返しをこよなく愛する男が立つ舞台に、魅せられたのはいつのことだったか。思い返すと何年も前のような気がするのに、指折り数えてみるとそう時間が経過していないのだから不思議な話もあったものだと、苦笑が零れ落ちていく。
「あれ、もうそんな時間?」
吐息に反応したのか、眠そうに眼をこすりながらメノウが体を起こしていた。
「え、危なっ」
寝起きでバランスを崩したのだろう。椅子の上で急激に傾いたメノウの半身を見事キャッチすることに成功はしたが、一歩間違えば大惨事の事態に心臓が変な音をあげている。
「びっくりしたぁ」
両手で抱き留めたメノウの頭を胸元で確認して、ほっと息を吐き出す。どうやらまだ夢見心地らしいメノウは、瞼を閉じたり開けたりしながら現実を認識しようと奮闘しているみたいだった。
「メノウさーん、起きてくださーい」
柔らかな髪に優しい湯上りの匂いが混ざって、大きなぬいぐるみを抱いているような気分にさせられる。
「待ち合わせの時間になりましたよぉ」
語尾が伸びてしまうのはご愛嬌。胸元にあるメノウの頭頂部に向かって語り掛ければ、メノウが覚醒してくれると心のどこかで期待しているせいでもある。
「ん~、まだもうちょっと」
「ちょっ、え、あの」
抱き留めたままの体制で抱き着かれた挙句、胸元ですりすりと頬を寄せられるのだからたまらない。
「私は抱き枕じゃ、ありません」
思わず力いっぱい引きはがしたのに、なぜかメノウは数センチも動いてくれなかった。
「絶対起きてますよね!?」
「ひどいなぁ。無理矢理起こすなんて」
確実に起きている声が視線をあげる。真下から不貞腐れたように見つめられる角度は遠慮したいが「せっかく気持ちよく寝られると思ったのに」と残念そうに抱きしめてくるのだから、これ以上拒否もできない。
「で、どうかしたの?」
抱き締める腕を緩めるつもりはないのか、メノウが見上げたまま尋ねてくる。そこで本来の目的を思い出した。
「これを渡したかったんです」
ようやく離れる意思を見せたメノウの腕に紙袋を半ば強引に押し付ける。
「お誕生日おめでとうございます。メノウさん」
それなのに、なぜかメノウはきょとんと一瞬間をおいてから、数回瞬きをして「あ、そっかぁ。今日って僕の誕生日だったんだ」とへにゃりと笑った。
「忘れてたんですか?」
がさごそと中身を確認する姿を見つめながら聞いてみる。
「うん。でも、いま思い出したよ」
そう言って笑うメノウにつられて、うんっとうなずく。
「メノウさん、スパも好きだし、どこでもよく寝てるので。肌触りのいい少し大きめのタオルにしてみました」
「本当だ、すごくキモチイイ」
「でしょ、このちょうどいい大きさって、え?」
バサッとマントのように羽織ったタオルごとメノウの腕が抱き着いてくる。
「あの、メノウさん?」
「んー?」
「どうしてこんなことになっているのでしょう?」
「かもねぎだから?」
「え?」
よくわからない理由に混乱が態勢を崩してくる。
「せっかくだからもう少しこのまま、ね」
これではどちらが抱き枕なのか。見上げても窓はどこにもない。せっかくの良好は残念がるかもしれないが、贈った品物を早速使うことにしたらしいメノウの腕の中で、穏やかな昼下がりの午後を過ごした。完