番外編
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『新しい気持ちで』
最後に着物の袖に腕を通したのは成人式だったような気がする。洋服が基本とされる現代日本で着物を着る機会は少ない。それでも今、こうして着てみると少しは日本人らしいお正月が楽しめる気がした。
「へ、変じゃないかな?」
出来上がった自分の姿を見て、変にソワソワしてくる。
予約した美容室で着付けてもらうこと数時間。髪もメイクも全部お願いしてみた。ありがたいことに、お正月から営業してくれていたお店の人に感謝しながら街に出て深呼吸。カラン、と歩きなれない下駄の音が赤と紫の混ざる空に響いた。
「どうしよう、緊張してきた」
世間がお正月休暇の最終日だとうなだれる今日。思い切って着物を着てみたのは内緒の話。現在チームBが行う雷神の公演と、次に予定されているチームWの雪花の応援を兼ねて選んだもの。派手過ぎず、落ち着きすぎず、レンタルさせてくれるお店をネットで探したのもそのため。
「てか、目立ちすぎる、かな」
想像していた以上に浮いているような気がする。当然のように休暇最終日を迎える街に着物姿は見かけない。誰もが明日からの日常に備えて足早に通り過ぎていく。
夜の色が徐々に迫り、あっという間に周囲は暗くなるだろう。いつもの履きなれた靴じゃないだけで、通いなれた道がやけに遠く感じた。カランコロンと規則正しく進むはずの足音は、自信が削られていくようで速度が遅く変わっていく。
「やっ、やっぱり無理かも」
見慣れた看板を目にした瞬間に、確実に自信喪失に繋がった。驚かせようと何も言わずにここまで来ておきながら、帰れば確実に公演には間に合わない。今まで一日も欠かすことなく顔を出してきた。それを突然「行けない」なんて言えば、それこそ誰かが心配して探しに来るかもしれない。
「どうかしましたか?」
「きゃっ、たっ鷹見さん!?」
後ろからかけられた声に驚きながら振り返って時間が止まる。どうしてこんなときに限って複数のメンバーに同時に見つかってしまうのか。おかげで逃げ帰る道は閉ざされてしまった。
「ちょっと、ちょっと、誰かと思ったら。どうしたのその恰好、すっげぇ綺麗じゃん」
「晶さん、いや、これは、その」
「驚いたッス。めちゃくちゃ似合ってるッスよ」
「カスミさんまで、そんなっ」
「で、君はどうしてそんな場所で泣きそうになってるのかな?」
退路が断たれてしまえば仕方がない。晶とカスミの間で問いかけてくる鷹見に、帰ろうか迷っていたところだと正直に告げた。
「誰かに変なことでもされた?」
「え?」
「綺麗な花は手折られるためにあるというしね」
見当違いな解釈をしているらしい鷹見の目が笑っていない。それを誰も否定しないのか、明らかに空気が変わった三人の様子が周囲を警戒して視線を走らせている。
「中に入った方が安心っスね」
「そうだね。その方がいいかもしれない」
「いや、あの。カスミさん、鷹見さん」
「大丈夫、大丈夫。オレが傍にいてあげるからさ」
「晶さん!?」
肩を抱かれて、腰を抱かれて、背中を押されれば前に進むしかない。そのまま脱走することも、逃亡することも叶わないまま、結局公演の衣装で客を出迎えるメンバーと鉢合わせることになってしまった。
「うわっ、なんだお前かよ」
「ねーちゃん、どないしたん。その恰好、めっちゃ似合ってる」
ミズキと藍の衣装がまぶしい。二人の派手さに比べれば、着て来た着物が霞んで見えるかもしれない。実際、街であれほど浮いていると思った感触は、そこまで浮いていなさそうで少しホッとする。
「小鳥ちゃん、オレのために着てくれたの」
「リコさ、ん?」
「すごく似合ってるよ、まじで。ほら、せっかくなんだからさオレの隣にいなよ。そんなおじさんたちといるより、よっぽどいいって」
「リコ、ずるーい。ねーちゃんはオレとおるんやって」
「お子様は引っ込んでなよ」
グイっと引き寄せられた先で囁かれた耳元を抑えている間に、何やらリコと藍が言い争っている。その上、晶やミズキにも火種が飛びそうになったところで、見慣れた姿が不機嫌な気配を漂わせながら足を鳴らした。
「やけに騒がしいな。そろそろ公演の準備で、も」
「ケイ?」
大げさに登場しておいて、言葉を失ったまま立ち尽くすケイをミズキが覗き込む。
「おーい、ケイ。なんだこいつ?」
「ねーちゃんがあまりに綺麗だから見惚れたんと違う?」
「は、え。なんで?」
どれだけ顔を近づけてもケイは微動だにしない。ミズキと藍が交互に手を振っているが、どうやら呼吸まで止まってしまったらしい。
「ケイでも固まるってことがあるんッスね」
「へぇ、案外ケイも普通なとこあるじゃん」
その両脇をカスミと晶が通過していく。
「ほら、君はこっち。せっかくだからみんなに見せに行こう」
「え、でも。あの」
「あ、ちょっと鷹見。小鳥ちゃんの隣はオレが」
「はいはい、リコはオレらとステージがあるからなぁ」
「行くぞ、リコ」
掴まれた手が鷹見に連れられていくまでに、リコが藍とミズキに抱えられて遠のいていく。後に残ったエントランスに一人、ケイが立っているがそのまま放っておいていいのだろうか。
「もう少ししたらケイが誰も近づけたがらないだろうから、今のうちに、ね」
「鷹見さん、それってどういう意味ですか?」
「綺麗すぎて誰にも見せたくないってことだよ」
サラッと笑顔で放たれた言葉に何も言い返せない。そのあと、かわるがわる全員に挨拶してまわったが、誰もが口をそろえて褒めてくれるので悪い気はしなかった。お世辞でも社交辞令でも、それだけで嬉しい気持ちになれる。
「やはりここにいたか」
「ケイさん」
「先ほどはすまない。君があまりに美しくて時が止まっていた」
鷹見の言う通り、時間を取り戻したケイに周囲の波が引いていく。けれど今日ばかりは、その効力も適(カナ)わなかったらしい。
「とても似合っている。どうだろう、一枚撮らせてはもらえないだろうか」
後日、運営くんから渡された写真には新年らしいスターレスの全員が写っていた。
完