痺れるような感動をフレスタの花に変えて
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《第2話:傲慢なポラリス》
華やかなステージで魅せる姿は普段とは少しだけ違う。
誰もが吐息のような溜息をこぼし、視線は他のどこでもなく舞台に釘付けになる。照明が消えた店内、光の当たる場所で演じられる物語に知らずに意識は吸い込まれていく。
「ねっ、ねぇ、今夜の晶やばくない?」
すぐ隣の席から聞こえてきた会話を早希の耳がかすかに捉えた。
「うん、さっきからこっち見てる気がする」
その言葉に早希も再度ステージに目を向ける。
「ッ」
心臓が止まったかと思った。一言でいうなら熱い。一瞬にして心臓を焼かれてしまったように目が離せない。
「晶だけじゃなくて、全員の視線を感じる」
隣の席の会話に心の中で盛大に頷き返す。カッコイイなんていう、ありふれた言葉じゃ足りない。色んな感情が滲んだような、強いて言うならどこか怒っているような、そんな迫力が突き刺さってくるようだった。
「えっ、嘘。本当、まじだ。みんなこっち見てない?」
「どうしよう、心臓止まりそうなんだけど」
「わかる、呼吸が苦しい」
小さな声でひそひそと顔を染める女の子たちは、興奮気味に語りながら手櫛で髪を整えている。彼らの視線の中に少しでも自分が映るように願っているのだろう。可愛い、と素直に思った。
スターレスの公演には毎晩足を運んでいるが、同じように通っている常連客を何人も知っている。彼女たちも前に一度、別の席で見かけたことがあった。
「こっち見てくれるの嬉しい。最高過ぎて泣けてくる」
「本当、今日来てよかった」
どこか他人事とは思えずに早希はクスリと息をこぼした。
聞こえてくるその言葉を嬉しく思うのは、おかしいのだろうか。キラキラと目を輝かせてステージを楽しむ彼女たちを横目に、早希はいつもとは違う感情に戸惑いを覚える。それが何なのか。その感情の正体は、いまはまだ気づきたくない。
「楽しんでいるか?」
演目が終了したのと同じタイミングで、ケイがドリンクを差し出してくる。
「はい、とても」
早希は正直な感想を口にしながらそのグラスに口をつけた。ほんのり甘くて、全身に染み渡る微かな痺れ。アルコールなんか入っていなくても、酔うほどには会場が熱気に包まれている。うまく言葉に出来ないが、先ほど隣の席に座っていた女性客の言うように、公演中に感じた視線たちが突き刺さるように熱かったせいかもしれない。
「妬けるな」
「え?」
ぼそりと聞こえてきた声に、早希は誰もいなくなったステージに送っていた視線を変えてケイを見上げる。透き通るように青い瞳に一瞬、ドキリと心臓が鳴いた。
「なっなんですか?」
少し言葉に詰まりながら、早希はまばたきもせずに見つめてくるその瞳に問う。
「いや、君はそのままでいい」
ニコリと笑う王者の顔はずるい。他の客には目もくれず、いつも長時間構ってくれようとするが時々行き過ぎたサービスにどう反応すればいいのかわからない。
「今はただ感じ、求めるままに楽しんでほしい」
流れるように手をつかまれ、甲に唇が落とされる。まるで絵本に出てくる王子様のように、完ぺきな仕草は全身を柔らかな愛撫で包まれているような錯覚までおこさせてくる。
「ケ、イさ…んっ」
ドキドキと一向に慣れない心臓が指先に力をこめる。それを微動だにせず掴んでいたケイの手は、しばらくして早希の手を解放した。
「君の視線を独り占めにしたいのは俺も同じだ」
「え?」
「だが、今はそのときではない」
ニコリとほほ笑む姿から視線が離せない。
王者たる品格を備えた雰囲気からは想像も出来ないほどの優しい瞳に勘違いしてしまいそうになる。まだ真意すらわからないのに、溺れてしまいそうになる。
「ただ、わかってはいても。君の瞳に映るのは自分だけがいいと思ってしまうものだ」
「ッ」
その言葉に何と返せばいいのだろう。
見つめ合う以外に方法が見つからない。視線だけで語り合うことが出来るのではないかと思えるほど、早希はケイの瞳を見つめたままでいた。
「帰りはギィに送らせよう」
「ギィ?」
「安全を保障すると約束した以上、俺がそれを犯すわけにはいかんのでな」
「え、ちょっ」
今度は本当に跪いて手の甲にキスを落としてくる。
何をしても様になる容姿に眩暈を覚えながら、早希はただ成すがままに身を任せていた。
「どういう意味なんだろう」
席を離れていくケイの後ろ姿に早希は先ほどの言葉を反芻してみる。けれど、その答えは都合のいい解釈にしかならなさそうで諦めた。ほんのり甘くて、ジワリと染み渡る飲み物と同じ。気が付かないうちに酔いしれてしまいそうになる。
「わかるわけない、か」
はぁと、どこにも溶けない早希の溜息だけが空になったグラスの中に零れ落ちていった。
───To be continued…