番外編
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『無防備な夜明け』×藍
素足に絡みつくシーツの匂いに馴染みがない。
いつ寝落ちてしまったのか、微睡む意識が心地よくて目を開けないまま寝返りをうったときだった。
「本当に可愛いなぁ」
クスクスと笑いながら頬に触れる指先。そのまま髪を撫でるように差し込まれた手のひらが少しだけ冷たい。聞いたことがある気がするのに、その声が誰のものかうまく思い出せない。どこで聞いたのか、半分夢の中にいる思考回路では判定が難しい。
「おーい、いい加減起きないとヤバいんやけど」
後頭部を引き寄せながら耳元で囁く吐息が優しくて、くすぐったい。その声の響きが心地よくて「ん~」と近づくぬくもりに頬をすり寄せた。
「なんか複雑。絶対ねぇちゃん、誰かと間違えてる気がする。ほーら、オレの名前言ってみ?」
でないとこのまま食べてしまうでと、悪戯な声が聞こえてくる。頭からすっぽりと包み込んでくれるようなぬくもりと、馴染みのない匂い。これだけ心地いい空間の中で眠り続けることが出来るなら、一生眠っていてもいいかもしれない。それでもきっと、このぬくもりの持ち主は納得しないだろう。その証拠に頬から額、また頬を通過して耳に吹きかかる吐息がだんだんと遠慮を無くしている。
「据え膳食わぬは男の恥っていうしなぁ」
悩むような独り言。本気でそう思っているのか、手つきが妙に馴れ馴れしさを増してくる。
「危機感なさすぎて心配というかなんというか」
次の瞬間、グイっと肩を押されて顎が持ち上げられる。突然変わった空気に驚いて思わず目を開けて、声にならない悲鳴と共に固まった。
「らっららら藍さん!?」
「はい、おはよーさん」
不思議な色をした瞳が形を崩して可愛らしい笑みを向けてくる。いくら覚醒仕掛けていたとはいえ、まだ完全に覚めきっていない眠気は混乱と焦燥で全身を襲っていた。
「どうして、なっ、どうしてここに」
思わずシーツにくるまれている自分を何度も確認してしまった。幸い下着は身に着けている。だけど肝心の部分がどうしても思い出せない。至近距離にある藍の顔と身に覚えのない状況。首だけで周囲を見渡して、どうやらここがレッスン室であるらしいことは理解した。
「え、覚えてへんの?」
軽々しく頭を撫でないで欲しい。おかげで停止した脳みそが、また考えることを放棄してしまった。
「個人練習に付き合ってくれたのは覚えてる?」
「個人練習って、あ」
「その顔は覚えてたってことやな」
藍の言う通り、思い出した。昨夜スターレスで飲んだ後、少し酔い覚ましにバックステージで休もうとしたところを個人練習する藍と出会った。どうせなら最後まで付き合おうと練習する姿を眺めている間に寝落ちてしまったらしい。
「だけど、なんで、服」
今さら隠しても何の意味もないだろうが、シーツを体に巻き付けるように藍をけん制する。その姿をどう思ったのか藍は一言「やっぱりねぇちゃんは可愛いなぁ」と根拠のない台詞を吐いて、その疑問に答えてくれた。
「そのままやと寝苦しいって、ねぇちゃんが自分で脱いだの。嘘と違うで、まあオレも止めへんかったけどな」
そう言われてみれば、そうな気がしなくもない。
あまりに衝撃的な目覚めすぎて記憶が吹っ飛んでしまったのか、曖昧にしか思い出せない断片がもどかしくて歯がゆい気がする。
「運営くんの仮眠布団借りてきたんやけど、案外寝やすいもんやなぁ」
レッスン室に不釣り合いなシーツの正体は簡単に手に入った。だからと言って、肝心な部分の確証はない。仮にも誰もいない密室で男女二人。下着を身に着けている以上ないとは思うが、無防備で一晩を明かしたことは事実以外のなにものでもない。
「何かしてほしかった?」
どうして考えていることがわかるのか、顔に「図星」と書いてあったらしい。一気に言葉を失った声がただの空気を吐き出して赤い顔を藍に向ける。
「どうしてオレまで服脱いでるんかって?」
小刻みにうなずいた顔に、藍の顔が近づいてくる。
「そりゃやっぱり、なぁ?」
「きゃっ」
「そんなに離れなくてもいいやろ。さっきまで密着してたんやし」
「で、でも。こんなところをもし誰かに見られでもしたら」
「困る?」
後頭部を再び抱えるように掴まれて、その瞳でじっと覗き込まれると何も言葉が浮かんでこない。先ほどまでこの腕の中で眠っていたのかと思うと、急に恥ずかしさがこみあげてきて、まともに息をすることさえ難しい。
「オレは別に困らないで。だからもう少し、な。このままでいようや」
いつもは可愛くなついてくるくせに、こういうときばかり急に大人びて見えるから困ってしまう。余裕でもあるのか、低く落ち着いた声に誘われるように閉じた瞳の向こうで、クスリと藍が笑った気がした。
完