番外編
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『特別な日の贈り物』
クリスマス本番。特別公演も最終日を迎え、いつもより客入りを多く感じる日。
「リンドウさん、本当に人気なんだな」
店の入り口に開店前から花が並ぶ。クリスマス公演に出ているキャスト宛のものも目立つが、それ以上にリンドウを祝うフレスタの花がひしめき合っていた。世間ではクリスマス。もちろんスターレスも例に漏れず巨大なクリスマスツリーを飾っている。
「ツリーの下ってここであってるよね?」
待ち合わせ時刻通りに着いた指定の場所。特別公演の準備で忙しいはずのリンドウに呼び出されたのは昨日の夜。
「明日、いつもより少し早く来てもらえませんか?」
珍しく両手を合わせたリンドウの願い通り、少し早くスターレスにやって来た。プレゼントを持っているのは内緒。公演後は渡せないかもしれないからと、都合はお互い様のような気もする。
「気に入ってくれたらいいな」
思わずこぼれた笑みを隠して足元を見つめたときだった。「すみません」と走ってくる声が聞こえてくる。
「すみません、待たせてしまいましたね」
「いえ、大丈夫です」
リハーサルを終えたのか、舞台衣装のリンドウが目の前に現れる。見慣れたとはいえ、露出の激しい衣装に自然と目が泳いだ。一体だれが考えたのか、細いようにみえて引き締まった腹筋が心臓に悪い。
「なんだかいいものですね」
ふふっと笑ったリンドウに驚きの顔を上げる。なにがいいのか確認したくても優しく微笑む翡翠の眼差しに、吐息までも止まってしまう。
「自分から誘っておいてなんですが、いつもの見慣れた景色にあなたと過ごす特別を刻むのは優越感があります」
開いた口がふさがらない。社交辞令だとわかっていても、しれっと口説くリンドウの台詞に咄嗟の対応を出来るほど大人にもなれなくて「あ、あの。これ」と、誤魔化すように持っていたプレゼントを押し付けた。
「僕にですか?」
声の代わりに首を縦に何度も振る。
柔らかな視線を向けてそっと受け取ってくれた空気に気分が舞い上がる。
「そうです。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。知っていてくれたなんて。あの、開けてもいいかな?」
「はっ、はい」
緊張でどうにかなりそうな感覚をなんとかこらえて、ガサゴソと包みを開けていくリンドウの様子を見つめていた。至近距離にあるのにどこか遠く感じる。スターレスの看板を背負う現役ナンバーワンの彼が手の届く距離にいる今が、夢のような錯覚さえ感じてしまう。
「チケットホルダーと、チケット。これって」
「前に行きたいとおっしゃっていたので」
「覚えていてくれたんですか?」
驚いた顔に少しだけ親近感が増す。当たり前じゃないですかと、顔全体で表現していたに違いない。「ありがとうございます」と本当に嬉しそうなリンドウの声になぜか胸が熱くなった。
ずっと不安だった。
リンドウが喜んでくれそうなものを見つけるのがなかなか難しくて、随分と悩んだが、それさえも報われる気がした。
「気に入ってもらえてよかったです」
心からホッとしたのが伝わったのだろう。一瞬プレゼントから顔をあげて真顔になったリンドウは、すぐにまたその顔を緩める。
「あなたが僕のために時間を作って選んでくれたものが気に入らないわけない。大切にします。というか、よければ一緒に行きませんか?」
それは願ってもない申し出だった。
あくまでリンドウのための贈り物のつもりだったが、誘ってくれるなら断る理由はどこにもない。
「えっ、あ、その、リンドウさんがよければ」
「僕てきには、そこまで含めてプレゼントだと」
目線の高さを合わせるようにかがんで、見つめてくる瞳が眩しい。もちろん断りはしなかったが、罠にはまった気がするのも気のせいではないだろう。
「そっそれで、今日はどうして私をここに呼んだんですか?」
このままではリンドウの魔力に囚われそうで怖くなる。そう思って切り替えた話題に、リンドウも「ああ、そうでした」と思い出したように体を起こしてくれた。
「なんだか、もうひとつプレゼントをもらうみたいで恐縮なんですが、これをあなたに」
人知れず撫でおろしたはずの胸が再び早鐘を打ち始める。冬の空をすべるソリの音色に似たジングルさえ聞こえてきそうな気がするなか、流れるようなしぐさで左手がリンドウに捕まっている。
これは一体どういうことなのかと、疑問を浮かべたまま微動だに出来ずにいた。
「これって」
リンドウの指先が離れるのに合わせて、左手首に巻き付くように細いブレスレットが揺れている。さっきまで何もつけていなかったはずの左手。
「あなたにつけていて欲しい」
真っ直ぐに見つめてくる圧力に思わず声を飲み込んだ。けれど、今日はリンドウに圧されるわけにはいかない。まして、主役からプレゼントをもらうなんてことはあってはならない。
「ダメですよ。そんな、だって今日は」
「僕のワガママだとわかっていても、今日の最終公演はあなたと特別な時間を共有したい。いけませんか?」
手袋をしたリンドウの指先に唇が塞がれる。人の指先とは違う滑らかな生地の感触が想定外で、不自然にビクリと反応してしまった。たぶんじゃなくても顔は赤く染まっているだろう。
「僕から目を離さないで」
そういって笑う無敵の主役から目を離さないでいられる方法があるのなら逆に知りたい。
衣装の手袋をはめた指先で押さえられた唇がイエスもノーも吐き出せないのをいいことに、頬の横を通り抜けたリンドウの唇が耳元に触れて離れていく。
「他のみんなには秘密」
その手首で揺れる光がおそろいのブレスレットだということに気が付くのに、そう時間はかからなかった。けれど振り返って確認できるほど時間は余裕を与えてくれない。今夜はクリスマス。独り占めするにはあまりにも遠い存在。それでも誰よりも近くに感じてしまうのは、きっと聖なる夜の贈り物のせい。
完