番外編
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1時間で挑戦お題
『晶×翼』
昔から色んな変化に気づくほうだった。
昨日までと一緒に見えて、どこか少しずつ変わっていく世界。同じように感じても、まったく同じものはどこにもない。
「あれ、香水かえた?」
「さすが晶、やっぱわかる?」
「オレが気づくのわかってたくせに、めっちゃ似合ってる。すごい好き」
「もう、嘘でも嬉しい。ねぇ、今日のおススメって何?」
うわべだけの笑顔を交わしながら、それ以上でもそれ以下でもない他愛ない会話でホールを歩く。昨日と同じ客でも服装も髪型も、少しずつ違うなんてことは当たり前。口調ひとつ、会話ひとつ同じ繰り返しはありえない。
「オレのお勧めはジンジャーポーク」
「ええ、昨日もそう言ったよ?」
「昨日と今日は味が違うかもしれないでしょ?」
「なにそれ、違ったら問題ありでしょ。適当なんだから、じゃ、私これにするわ」
変化を求めるくせに、変化を恐れる生物。それが人間だということに気づいたのも随分昔の話。
「すぐに持ってくるから待ってて。オレ以外に目移りしたらやだよ~」
「ありえないから早くしてね」
「はいはーい」
ありえないという言葉を信じていたのはいつまでか、それこそ曖昧でしかない。ありえない、なんてことはあり得ない。それは、世界がそう出来ているせい。
「は?」
喫煙所で何気なく黒曜にそう言ったら「何言ってんだ?」の言葉と一緒に煙を吹きかけられた。
「ゴホッゴホッちょっと黒曜ぉ」
「てめぇが意味不明なこと言ってっからだろ」
「意味不明ってひどい」
おかげで目が痛い。視界の端にわずかに滲んだ涙の痕を指でこすりながら、晶は反対側の指に掴んでいたタバコの灰を地面に二回落とした。
「どうして簡単に断定できるんだろうって思わない?」
晶の問いかけに意味などない。
こうして時々意味のない質問をぶつけてくることを黒曜も知っていた。浅くない付き合い。どこまで真剣で、どこまでが冗談かの境界線くらいはつけられる。
「さあな」
当たり障りのない返答が煙と一緒に空に昇っていった。
無言で追いかける視線が、西の彼方に沈む空に溶けていく。
「変わらないものなんてないのに、どうして人は変わらないなんて言いきれるんだろうって思わない?」
「はっ、今日はえらくセンチじゃねぇか」
何かあったかと雰囲気だけで物語る黒曜に晶は何も答えない。
いつの間にか馴染んだ新しい店。昔はどこでも吸えていたタバコも、いつしか定番の場所で煙をふかすようになった。たった数か月。当時はどことなく変わらないと思っていた景色さえ、今はこんなにも違う景色に変わっている。
「別に何もないんだけどねぇ」
特別な理由はたしかにない。それでも心に靄のように渦巻くもどかしさの正体は何なのか。
「あの子もいつの間にか馴染んでるけど、それでも明日はわかんないよね」
「・・・・そうだな」
「あれ、黒曜。誰かすぐにわかっちゃったわけ?」
「は?」
「オレ、名前出してないのに、いま頭に浮かんだ子って一緒の子だよね?」
「さあな」
「またまたぁ。一緒かどうかさ、せーので言ってみない?」
「じゃれるな」
「照れちゃって、かわいーの」
同じ銘柄の煙草を口にしながら、同じ顔を思い浮かべる。どこまでも似ているようで、どこまでも似ていない。勝負のつけられない戦争が始まる前に、降りることが出来たらラクかもしれないが、それこそ誰も望んでいない結果にしかならないだろう。
「大丈夫だよ、ベンヴォーリオはロミオの恋人をとったりなんかしないから」
「晶?」
「ま、恋人だったらって話だけど」
指先で挟んだ煙草を赤に変わった空に傾けながら、晶はいつも通りの笑みを貼り付ける。
その妙な仕草に黒曜の瞳が冗談から真顔に色を変えた。
「本当にお前、今日なんか変だぞ?」
声のトーンが心配を伝えてくる。
変に真面目で実直な相棒だと思わざるを得ない。誤魔化しても無意味だと知りながら、「秋だからかなぁ?」と晶は誤魔化す言葉を吐き出す道を選んだ。
「翼が生えて空でも飛べたら、もうちょっと違う世界が見えたかもね」
「飛行機でも乗ってこいよ」
「黒曜って時々現実的」
「土産は買ってこなくていいぞ」
「そんなこと言って、オレの歌が必要なくせに」
「変わらないものはないんだろ?」
「そんなこと言うと拗ねちゃうよ、オレ」
「はは、違いねぇ」
他愛ない話をして笑い合う。
それがどれほど救われるか、わかっているのかわかっていないのか、他人の心はどこまでも不透明で見えにくい。だからこそ気心知れた存在は偉大だと、晶は黒曜が煙草を消すのを横目にわざとらしい息を吐いた。
「ちょっと切なくなっちゃったのかも。ほら、オレこう見えて繊細だし?」
「どこからどう見ても繊細だろ」
「えー、それはちょっとヤダなぁ」
立ち上がった黒曜を追いかけるように煙草を消して立ち上がる。
最後に見た空は夜に向かって太陽を飲み込み、また暗い色で染めていくような色をにじませる。肌を撫でる冷たい風。こういう日の思考回路は良くない方に回ると、どこかでわかっていながら止められない。
「あ、かわいこちゃんはっけーん」
特に会話もなく歩いてきた先で、見慣れた顔にホッと心が凪いでいくのを自覚する。
きっと、黒曜も同じ気持ちだろう。
柔らかくなった雰囲気は本人も気づいていない。だけど、それを指摘してどうしようというのか。
「こんばんは、晶さん、それに黒曜さんも」
「今日もオレに会いに来てくれたんでしょ」
「お前も好きだな」
「はい」
その笑顔だけは変わらないで欲しいと願ってしまう。何もかもが移ろい、変わっていく世界の中で、偶然にもこの店で運命を共にすることになった少女を見つめながら、どこにも飛べない翼を抱いてそう願っていた。
(完)