番外編
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『いい兄さんの日』
秋の空は透き通るほどに青く、どこまでも澄んでいる。
加えて、車のクラクションの音も、ドラッグストアから漏れる曲も、信号を待つ人の声もどこか陽気に弾んでいるようだった。
「オレも欲しいんやって」
紺色の髪が揺れて独特のイントネーションが跳ねる。少し物足りなさそうについてくる藍を振り返ったリコは心底理解不能といった溜息を吐く。
「荷物になるだけで必要ないでしょ」
「えーなんで。かっこええやん。スケボー」
思い出すように空を見上げて藍は笑う。本当にかっこいいと思っているのだろう。「ミズキの技、リコも見たやろ?」と同意を求める視線に肯定を期待した色がこもっている。
「見たけど、それが出来たからってどうにもならないでしょ」
「そうか?」
予想外なリコの反応に、藍はキョトンとした表情で足を止めた。
「舞台とかで出来たら他のチームと差つくやん。派手やし」
「まあ、目立つかもしれないね。俺の引き立て役にちょうどいいんじゃない?」
リコの鼻につく笑い方が藍の足を再び前に進ませる。結局、リコの返答はどっちでもよかったらしい。並んで歩きながら視線を周囲に走らせて何か別のことに意識を向けているようだった。
「全然いいのあらへんなぁ。めっちゃ天気いいし、絶好のスケボー日和やのに」
「スケボー日和って、あ、あれおっさんじゃない?」
「おっさん?」
まったく別のところを眺めていたリコの声に反応して顔を向けてみると、たしかにそこには見知った顔が存在している。背も高くてガタイもでかければ、自ずと特定するのは容易かった。
「おーい、金剛」
「おー、藍とリコ。どうした、こんなところで?」
藍が大声で呼ぶと爽やかに返ってくる若草の香り。
見た目と違って穏やかな印象を与える金剛に、藍とリコも近づいて行く。
「おっさんこそ、こんなところで何してるのさ?」
「あー、俺は買い出し」
「なんや、ようさん買うもんあるんやな」
「そうだな。今日のまかないも期待してていいぞ」
「やったぁ」
「金剛って料理はうまいんだよね」
「これでも一応キッチンだからね。料理に関しては負けない自信あるよ」
皮肉めいたリコの言葉も笑顔で受け流す。
年齢も背丈も離れた歪な組み合わせに周囲の方が何事かと視線を向けるような気さえした。
「で、二人でどこかに行くんじゃなかったの?」
買い物袋を抱え直した金剛は、近づいてきた二人に当初あった疑問を繰り返す。藍もリコも思い出したように、金剛の問いかけに応えるそぶりを見せた。
「今日はオフだから俺は買い物に行くとこ。さっきそこで藍に会った」
「オレはミズキにスケボー見せてもらってたんやけど、やりたなってスケボー欲しいなぁって物色してたとこや」
「物色?」
顔色一つ変えないどころか、どこかうんざりした様子のリコと違って、藍の声はどこかウキウキと弾んでいる。よほどミズキのスケボーが感銘を与えたのかもしれないが、何か意図が含まれたような台詞に違和感を感じたらしい金剛の顔に疑問符が浮かんでいる。
「まあ細かいことはええやろ」
二ッと笑う顔はあどけない。金剛もそれ以上は追求する気もないのか、ふと何かに気づいたように顔を曇らせる。
「じゃあ二人とも今日はスターレスに来ないのか。まかないのメニュー変えようかな」
「えー、なんで。変えることないやん。オレ食べに行くで?」
当然のように言われてしまえば何も言い返せない。わははと金剛は豪快に笑ったあとで「それじゃ、楽しみにしてて」と買い物袋を提げて歩き出す。
「な、リコも食べるやろ?」
「オフの日までスターレス行くとか面倒」
「そう言わずに来いよ。リコの好きなものも作るつもりだからさ」
「いった。ちょ、おっさん力強いんだからむやみに叩かないでよ」
「ん、そうか。すまん」
「悪いって思ってない顔じゃん。ったく」
そう言いながら三人は結局、よく見慣れた看板の店にやってきた。裏口に回ったところで、また一人。見知った顔に出会う。
「あ、帰ってきた」
「ヒースやん、どないしたん?」
「今日はここに来ると良いことがあるってカードが教えてくれた」
「良いことって、別に金剛がまかない作るってだけだよ」
「別にってなんだ。少しは楽しみにしててよ」
ヒースも加わってぞろぞろと裏口から店内に入っていく。表はもう間もなく開店準備に取り掛かり、今日の公演を待ち望む客が並び始める時間帯だろう。練習室も別のチームが使っているうえに、オフである以上、特別にやることはないと言えばない。それでも性格も個性も違う三人が、大人しく出来上がりを待ってしまうほど金剛の料理は胃袋をつかんでいた。
「ミズキ残念やなぁ、こんなうまそうなん食われへんって」
「後で知ったら面倒だから連絡する?」
「必要ないでしょ」
出来上がりを目の前にして喜ぶ藍に、どこか仕方なしという姿勢を崩さないリコと、ちゃっかり腰を据えているヒースの姿が微笑ましい。そしてその予言通り、ものの数秒で「金剛、腹減ったぁ。めしーーーー」とドアをけ破るミズキが現れた。
「お帰り、ミズキ。ちょうど出来上がったところだよ」
「よっしゃぁ」
遊ぶだけ遊んできたのか、どこかイキイキとしたミズキの顔が明るく輪に加わる。
「ん、なんだよお前ら。オフなのに飯食いに来たのかよ。わかるぜ、金剛の飯は最高だよな」
言いながら、当然のように箸を持ち嬉々として口を大きく開けていた。ところがそうは問屋が卸さない。
「こら、みんな食べる前になんていうんだっけ?」
腰に手を当てたエプロン姿の金剛は、この瞬間、最大に偉大なのだろう。
声をそろえて「いただきます」と口にした四人の様子に、「はい、召し上がれ」と見せる笑顔は優しく、美味しそうに食べる姿を嬉しそうに眺めていた。
年齢も個性も確かに違う。それでも同じ仲間としてこれからも、同じ時間を共有できる幸せを願いながら。
(完)