番外編
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1時間チャレンジ『マイカ×マフラー』
秋の風は喉にくる。
乾燥が水分を奪って、あらゆる生物の潤いを攫ったのか、空はどこまでも透明度を増して広がっている。黄色のイチョウが映えた青い空。行楽日和だと世間はにぎわっているらしいが、興味はないと言わんばかりにマイカは街を歩いていた。
「くそっ」
悪態ついたのは、朝起きてからの喉の調子が理想通りではないせい。
例年より早いインフルエンザまで猛威を振るい始めたせいか、そこら中に菌が蔓延していそうでイヤになる。不機嫌に鳴らした足音のままスターレスのレッスン室に入って初めて、まともに息ができるような気がした。
「あー」
喉に手をあてて振動を確認する。ペットボトルの水分を口に含んで馴染ませ、自分が自分らしい色を奏でられるまで繰り返す。
シンガー。
その代名詞を持つ以上、声を諦めるわけにはいかない。そうして高低や強弱をつけた母音の繰り返しは一人、レッスン室に響いていた。
「あれ、マイカさん。具合悪いんですか?」
「なんだ、来てたの」
振り返ったマイカの不機嫌な態度がほんの少し和らぐ。
いつの間にか顔を見せることが定番になった存在に驚きも何もない。恥ずかしいところや、見られたくない部分はもはや今更と言ってもいいだろう。喉の調子が悪いくらい、見つかったところでどうとでもない。
レッスン室に入ってきた存在は、今しがた来たばかりらしく、マフラーを肩からかけていた。
「ちょうどいいところに来た。のど飴持ってない?」
「ありますよ」
魔法のカバンのように、きっとなんでも入っているのだろう。はいっと当然のように差し出されたのど飴を受け取りながら、マイカはそれを無言で口に含む。
そして、一歩距離を詰めた。
「もらっておいてなんだけど、そういうのちょっといい気しない」
「あ、嫌いな味でしたか?」
「そうじゃなくて」
何を口にすればいいのか、迷って言葉につまる。
言葉は吐き出してしまえば、それで終わり。なかったことには出来ない。だから歌に込める。感情も思考も全部。
「練習、見ていきなよ」
「でも」
「いいから、僕の歌。ちょっとだけ聞いて」
言うが早いかマイカは歌いだす。
優しい声は嫉妬に身を焦がす愛の歌を奏でていた。
「どう?」
「やっぱり、風邪ひいてません?」
「は?」
予想外の返答のせいで言葉に詰まるのも無理はない。告白にも近い歌を歌ったシンガー相手に、現実的な問題を返す女性などそうそういないだろう。
かなり意外過ぎて、マイカの顔が苦笑の息を吐き出すがそれに構っている場合ではない。
「マイカさん、喉の調子よくないですよ?」
本当にそう思った。
マスクをつける人が目立ってきた街中。気候は安定しても、気温は安定せず。ましてスターレスの公演衣装は露出が激しい。
「マイカさんは大事なシンガーなんですから、はい」
肩から掛けていたマフラーをマイカの首に巻き付ける。
「のどを大事にしてくださいね」
「なにするの」
嫌がるマイカの首を引き寄せて、結んでしまえばこっちのもの。
「困るんだけど」
視線をそらせて顔を赤くしたマイカの顔が、くくりつけたばかりのマフラーの中に半分埋もれている。
単純に可愛い。
「これ、返してって言っても返さないから」
なぜか急に、しどろもどろになり始めたマイカの声に笑ってしまう。
「マイカさんの歌が、それでずっと聞けるなら」
(完)