番外編
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『今夜一番欲しいもの』
何色でもないスポットライトを浴びて、その男は有頂天に笑っている。
派手好きが高じて時間が経過するごとに祭り騒ぎは苛烈を極め、どこの席もステージに溶け込んだように、ひとつの世界になっていた。たった一人の歌声。たった一人が見せる声の引力に引き寄せられて、誰もが同じ世界を見ていた。
「晶、お誕生日おめでとう」
「ハッピーバースデー晶」
舞台の中でも外でも変わらない態度で笑顔を振りまく晶に、馴染みの客が次々に声をかけては酒を降ろしていく。ホストクラブではないはずなのに、シャンパンタワーが出来上がっているのはなぜなのか。そこは、あまり深くは突っ込まないことにしておこう。
「みんな、盛り上がってる?」
一言、そう問いかければ店全体が両手をあげて賛同する。
「今日のステージは俺の独壇場だぁ」
二ッと悪戯に見せた仕草のあとで、マイクを通る声はびりびりと肌を貫通していく。圧倒的歌唱力。先ほどまで馬鹿みたいに騒いでいた人々は、もう誰も喋らない。舞台にたつ有頂天の男の声に酔いしれて、どこか頬を染めていくだけ。
「すごい、お花ですね」
スターレスが開店する前、誕生日の特別衣装に身を包んだ晶と遭遇した。
「すごいでしょ。みんな俺のために可愛いことしてくれるよね」
「え、そう・・・ですね」
「なになに、もしかして妬いちゃってる?」
「そんな、でも、あの・・・晶さんがファンを大事にするって知ってますから」
「妬いてることは否定しないんだ」
隣に立つ美麗な顔の刺激に耐えられなくて、思わず視線をそらせた態度をどう説明すればいいのだろう。多くの人に愛されていることを一緒に喜ぶ気持ちと、今日くらいは独り占めしたいというワガママが綯い交ぜになって、うまく言葉が続かない。
「やばいね、その顔。そんな可愛い顔させてるのが俺って、自惚れちゃっていい?」
「え?」
「なんてね。やっとこっち見た」
無邪気な笑顔に何も言い返せない。
行方不明になった声を見つける前に、対面した晶にじっと見降ろされて、また挙動不審になりたくなる。それでも視線を逸らすことが出来ないのは。きっと晶が持つ引力のせいだろう。
「見ててよ」
ふざけた態度とは違う声が意識まで奪っていく。
「今日だけは、ずっと俺を見てて」
その熱い瞳に吸い込まれて消えていく。揺らめく炎を内包したような青い色に溶けるように、熱が体の中心から沸き立つようにあつい。
どう返事をしようか迷ってる間に、店は客を招き入れ、ついにステージは幕を開けていた。
晶の誕生日会を兼ねた盛大な催し物。普段以上に綺麗な人々に囲まれて輝く中心から目を離すほうが難しい。「晶」その名前を聞き続けた夜。なぜか、泣きたくなるほどに黒い気持ちが滲んでいった。
「やっぱり、帰ろうかな」
いつも以上にざわめきが肌を撫でる夜が終わり、まばらになった客足も遠のき、しんとした空気が頬を撫でる。急激に冷え込んだ暗い夜風は、意中の人を待つ店先の足元を氷漬けにしようと企んでいるみたいだった。
「寒い、し」
待ち合わせをしているわけではない。
帰る言い訳は、次々に浮んでいた。それでも帰れない。
「なに、してーんの?」
後ろからかけられた優しい声に視界が滲む。
「誰かと待ち合わせ?」
無言で首を横に振った。それをどうとらえたのかは知らないが、晶の体温がそっと隣に寄り添ってくる。甘い香り。今日一日で混ぜられた不思議な匂いがした。
「奇遇だなぁ。俺も別に誰かと待ち合わせってわけじゃないんだよね」
そう言ってついた煙草の匂いは紛れもなく晶だった。
「だけど絶対いると思ってた。俺、そういう勘は当たるのよ」
振り返った先で、いつもの顔がにかりと笑う。サラサラと氷のように綺麗な色が流れて、ふと時計を見た晶が困ったように煙草の火を消した。
「ねぇ、俺の誕生日あと5分で終わっちゃうんだけどさ、まだ欲しいものゲット出来てないんだよね」
あれだけ多くのものをもらっておいて、手に入っていないものがあるのだろうか。
怪訝そうな顔はそのまま表情に出ていたらしい。
「こんなに簡単な問題もわからないなんて」とでも言いたげな顔で一度苦笑したあと、晶はおもむろに両手を広げてほしいものを要求してきた。
「言ってくれないの?」
ずっと待ってるんだけどと、そこまで言われて初めて緊張が走る。
ここで晶を待っていた理由。
同じ気持ちを共有していたのかと思った瞬間に、あれほどまで黒く塗りつぶされていた気持ちが軽くなる。そしてそのまま引き寄せられるように、晶の腕の中におさまっていた。
「お誕生日、おめでとうございます」
「うん」
「本当は一番最初に渡したかったんです」
「うん」
「だけど、晶さんが遠くに感じて」
「こんなに近くにいるじゃん」
抱き締めながらうなずいていた晶の声が頭上で笑う。その余裕さがなんだかムカついて、「物理的な意味じゃなくて」と思わず顔をあげて頬を膨らませていた。
「あはは、わかってるよ」
近づいても変わらない端整な顔に心臓が射抜かれる。
知っていて見つめてくる晶は、相手を石像にする魔法の声を持っているのかもしれない。
「ごめんね、寂しい思いさせちゃって。だけどそういうキミの姿が見れてさ、俺的には満足?」
晶の腕の中で硬直したように動けない身体。
見上げたままそらせない瞳は、後頭部に固定された手の平のせいで、もうどこにも逃げられない。
「だからさ、もらっちゃってもいいよね?」
「え?」
「一番ほしいもの」
徐々に近づいて降り落ちて来た熱の痛みが唇に溶けて消えていく。
何も聞こえない。
あれだけ騒がしかった空気も気配も、何もかもが凍り付いたように晶の一挙手一投足に奪われてしまったようだった。それでも心地よい音が聞こえてくる。人の心を魅了して離さないシンガーと紡ぐ一日の終わりに。
(完)