番外編
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『特別な常連客』
足を運ぶようになったのはオープン初日。
疲れた足を引きずって、すっかり当たり前になった日常の中にその店は忽然と姿をみせた。暗闇に照らし出されたネオンは、スターレスという聞き慣れない名前をぶら下げている。
「なにのお店だろ?」
気になって少し覗いてみた。
その日がすべての始まりの日。ホストクラブならすぐに帰ろうと思っていたのに、公演されたローエングリンを見て、気が付けば通うこと週三日。金銭的な問題があるのでこれ以上はどうにも出来ないが、それでも自称「常連」を名乗るくらいには通い詰めている。
「あ、まただ」
常連ともなれば、大体の全体図は見えてくる。誰がどのチームに所属し、誰が出勤していて、誰と誰の仲がいいか。他の常連客にさえ一方的な顔見知り程度の感覚くらいは身につき始める。そんな中、明らかに特別な客を発見した。
「誰かの彼女さんかな?」
彼女が店に顔を出すと決まって店内のキャスト達が交互に話しかけにいく。
最初は大金をおとす太客なのかと思っていたが、彼女がそんな風に金をばらまくタイプの女子には見えなかった。一見して普通の子。それなのにメニューには載ってない食べ物、他とは違うファンサービス、一部の客がいうには帰りは誰かに送迎してもらっているらしい。
「オーナーの娘とか?」
あるいは彼女がオーナーかもしれない。だけど、その疑問は偶然にも彼女本人に消し去られてしまった。
「すみません」
「こちらこそ、すみません」
トイレに寄った際に扉からタイミングよく出て来た彼女とぶつかった。そして目が合う。
「よく、通われていますよね?」
つい口から出て「しまった」と思った。一方的に顔を知っているだけで、彼女自身はこちら側を「ただの不審者」としか認識しないだろう。それでも彼女はにこりと笑って「あなたもですよね」と返事をした。
顔をあげて少しだけ特別な意味を実感する。
「素敵な店ですよね」
心底そう言っているのだと初対面でわかる声に惹きこまれる。
「内装も凝ってるし、料理もお酒も美味しいし」
「はい、素敵な店すぎてつい通っちゃいます」
「わかります。みんなの舞台もかっこよくて」
「そうなんです。めちゃくちゃかっこいいですよね。あ、すみません、初対面でいきなり」
「ううん。私もここで喋れる女の子いなかったから嬉しい」
そうして彼女は、風見早希と名乗った。
その日以来、店に行った日は目が合うようになって、いつの間にか手を振る間柄になって、気が付けば連絡先を交換していた。
今日も彼女から連絡が来る。
当たり障りのない会話もスタンプも重ねる時間が経過していくごとに特別に変わっていく。この不思議な出会いを運命というのなら、これから彼女の身に訪れる歴史を見守っていくこともまた、私に課せられた運命なのかもしれない。
(完)