番外編
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フォロワー様100人突破記念小説
『あの頃の僕らは散る秋の中に生きていた』
焦げた赤茶色に変わった枯れ葉がガサガサと音を立てて砕け散る。
靴の下の儚い高音。空は眩しいくらいに青く、風は穏やかに頬を撫でる。絶好の行楽日和。落葉樹の葉は赤や黄色に衣装を塗り替え、冬ごもりを始める動植物に切なさと憂いを与えてくる。そんな季節。
それなのに今、ここに殺伐とした空気が流れていた。
「はっ、そんな構えでこの俺様が撃てると、本気で思ってるのか?」
木々と同じ赤い髪が揺れ、挑戦的な瞳が対峙する茶色の瞳を見つめ返す。
「ふふ、黒曜。この僕を誰だと思っているの?」
ゾクリと背筋を走る寒気。
ガチャリと乾いた音に運ばれて、聞こえてくるのはメノウが構えた銃の風。
「言いやがる」
口角を上げた黒曜も、メノウ同様に銃を構える。まさに一触即発。どちらかがトリガーを引けば、すなわちそれが最後の死闘となるだろう。
「勝負だ、メノウ」
「いいよ、黒曜。やってあげる」
互いに蹴った足元の落ち葉。それは細かく舞い、二人の気迫を物語っていた。
だが、どうしてこんなことになったのか。時刻はさかのぼること四時間前。午後一時にこの血濡れた舞台は、忽然と幕をあけた。
「ミズキー、ミズキ―」
迷い猫でも探すように銀色の髪が木々の中に声を響かせる。周囲に紅葉が広がり、足元は落ち葉で敷き詰められた土の道。見上げた空はたしかに青いが、葉が落ちた枝の隙間を差し込むように照らす日差しは鋭い。時々視線を細めながら、銀星は目当ての人物が逃げ込んだ公園の奥にある森に向かって叫んでいた。
「ったく、いい加減出てこいって」
腰に手をあてて溜息を吐く。たしかにここまで追いかけて来たのに、どうやらミズキを見失ってしまったらしい。
「銀星っ、ミズキいましたか?」
「リンドウ。いや、その、ごめん」
「謝らないでください。むしろ謝るのは僕の方です。すみません。こちらの問題に巻き込んでしまって」
走って追いかけて来たリンドウの翡翠の瞳が憂いに沈む。その端整な顔立ちに再び声をかけようとしたところで、銀星は後方に見えた人物に驚きの声をあげた。
「メノウ!?」
「ミズキ、いた?」
「見失った。それにしても珍しいな。メノウがこんなところまで追いかけてくるの」
「うん、なんだか。面白そうな匂いがして」
「なんだよそれ」
銀星が苦笑するのも無理はない。けれど、ここで立ち話をしているのもなんだからと、銀星とリンドウとメノウはミズキが逃げ込んだらしい森に顔を向けた。
「あれ、クーじゃない?」
メノウの声に銀星とリンドウが反応する。たしかに、公園のベンチで腰をかけて優雅に足を組んで座るクーを発見した。
実に絵になるが、今はそれを眺めている場合ではない。三人はぞろぞろとクーの元まで移動した。
「やあ、みんな。揃いも揃ってどうしたんだい?」
名前を呼んで近づいてみると、最初は驚いた顔をしたクーも事情を察したのか苦悶の笑みを浮かべる。
「大体察しはつくよ。残念だけど、こっちにミズキは来ていない」
「やはりそうですか」
「キミたちも懲りないね。ああ、そうだ。ミズキは見ていないけど、さっき黒曜が通っていくのは見たよ」
「黒曜が?」
「たぶんあれは、ノラ猫にエサをあげに行くところだろうね。本人は隠しているつもりだろうけど」
ふふっと笑うクーの仕草につられて思わず口元が緩むのも無理はない。
その光景は誰でも簡単に浮かべられるほど、容易に想像がつく。
「黒曜にもミズキを見かけなかったか聞いてみるか」
困ったように息を吐いて、銀星が打診したときだった。
「いてててってて、ギブギブ、まじヤバいって」
ミズキの声が聞こえてくる。
「てめぇがこうしてくれって言ったようなもんだろ?」
「悪かったって、まさかここでも猫とじゃれ合ってるって思わねーじゃん」
「じゃれてねぇよ」
「別に隠さなぁあああ」
声に導かれるように歩いてみて、ああと合点がいった。予想通りといえば予想通りで、微笑ましくもあり日常でもある見慣れた光景が飛び込んでくる。
黒曜に羽交い絞めにされたミズキ。
これで探す手間が省けたと、誰もが二人を見つめていた。
「ミズキ、探しましたよ」
「げっ、リンドウ!?」
どうしてリンドウがここにいるのかと、大きく目を見開いたミズキが眉間にしわを寄せる。
「こんなとこまで来てんじゃねぇよ」
「練習サボったのはお前だろ」
「うっせ、銀星。てめぇはクソだ」
ばーかばーかと繰り返す声が無駄に響く。今は黒曜に羽交い絞めにされたままの状態だからか、口だけで騒がしいミズキを取り囲むようにメノウとクーもその場にいた。
「ミズキ、練習しよ?」
「メノウのそれは脅迫にしか聞こえねぇ」
「ミズキ、たまには練習に来てみるのもいいものだよ」
「なんでクーまでいんだよ」
「練習サボってないで帰るぞ」
「誰が帰るかバーカ。オレは帰らねぇ」
「ミズキ」
「くそリンドウ、触んじゃねぇよ」
「そういうわけにはいきません。僕はミズキを連れ戻しにきたんですから」
「やだ。ぜってぇ、やだ。オレは練習なんかしたくねぇ」
黒曜の腕の中でジタバタと暴れるミズキにリンドウの困った溜息がかかる。
一体どうしたものかと思案の空気が流れる中、クーがミズキの手に握られたあるものに気づいて首をかしげた。
「そういえば、ミズキ。キミはさっきから何を持っているんだい?」
「ん、これか?」
ミズキも思い出したようにその手に持った黒い筒を持ち上げる。
銃器。
冷えた空気が足元から背筋を駆けのぼってくるのは気のせいではないだろう。それなのに、一人だけ例外に「トイガン?」と呑気に尋ねるメノウの声が聞こえて来た。
確かにそう言われてみれば、そう見える。
殺傷能力次第で今後の対応は変わるが、ミズキが手にしている時点でその辺は大丈夫なのかもしれない。案の定、ミズキは瞳を輝かせてその銃を空に向けた。
「さっき見つけたんだ。まだ向こうにいっぱいあったぜ」
「誰かがサバイバルゲームをしたまま置いて帰っちゃったのかな?」
「なに、クー。そのサバ・・・なんとかゲーム」
「サバゲーだよ。ミズキの持っているその銃で、疑似の戦闘を行うゲームのことだよ。ルールはまあ、簡単に言えば撃たれたらそれで終わりって感じかな」
「なにそれ、楽しそう」
「でもキミ、ルール守れる?」
「守るって、撃たれなきゃいいんだろ。そんなの楽勝」
ミズキは楽しそうに笑うが、クーの説明の半分も理解していないだろう様子に疑心が湧く。それでも新しく手に入れた武器を確認するように銃に心を奪われているのだから仕方がない。
「へぇ、面白そうだね。演技の参考になりそう」
「メノウ、話がわかるじゃねぇか。早速やろうぜ」
「ミズキ、危ないですよ」
「うっせ、ばーか。馬鹿リンドウ。オレに説教すんじゃねぇよ」
「うっせぇのはてめぇも同じだろうが」
「黒曜。そう言わずにさぁ、やろうぜ。サバゲー」
「んなもん、誰がやるか。勝手にやってろ」
「なぁ、黒曜。いいだろ、やろぉぜ。なぁなぁなぁなぁ」
まるで新種の猫の鳴き声。
聞き入れてもらえるまでピッタリと引っ付いたまま離れないとでも言う様に、黒曜の足にまとわりつくミズキの鳴き声が周囲を取り巻く。
空は青く、日差しは心地よい。絶好の紅葉日和。こんな日は外で遊ぶのも悪くないとでも思ったのか、ついに黒曜も観念したようにその提案に同意した。
「ったく、わかったよ。一回だけだぞ」
「よっしゃあ」
心底嬉しそうな声はミズキのもの。
黒曜の承諾が得られれば全員が参加するとでも思っているのか、早速頭の中の銃の数と人数を照らし合わせているのだから抜け目がない。
それを冷えた目で見つめながら銀星が「俺はパス。今日、シフト」と拒絶を口にした。次いでクーも役割を思い出したように拒否を口にする。
「ワタシもやめておくよ」
「別にかまわねぇぜ。だったら不戦勝ってことで、俺らがもらっていいよな?」
「何を?」
「決まってんじゃねぇか。敗者は、勝者の言うことを聞くもんだぜ?」
どうやら黒曜の承諾が得られれば、全員が参加することになるらしい。
勝者。
それはスターレスに生きるものにとっては喉から手が出るほど欲しい称号。誰もが無言で鋭利な視線を交差させ、一瞬にして合意の決闘が可決された。
「あまりこういうのは得意じゃないんだけどね」
「そう言いながら、目が笑ってないぞ」
「そりゃ、銀星。ただで負けてあげるほど、ワタシはお人よしでもない」
ミズキの案内した場所にあった人数分の銃。
誰かが置き忘れて行ったのか、また戻ってくるつもりで置いてあるのか。それは定かではないが、ありがたいことに銃と弾は初心者が遊びに使うくらいには残されている。
「ミズキ、僕が勝ったら大人しく練習に参加してもらいますよ」
「誰が誰に勝つって?」
「僕が勝ったら一か月。いう事を聞いてもらいます」
「はぁ、一か月。馬鹿じゃねぇの、ぜってぇ勝つ」
各自、好きな銃を手に取って感触を確かめる。
手慣れた様子は舞台で道具を触ったことがあるからなのかもしれない。それか、彼らにはすでに「サバイバルゲーム」という戦場の地に立つ戦士が憑依しているのかもしれなかった。
「なんだ、えらく楽しそうだな。メノウ」
各々、配置につく足音を確認しながら黒曜は最後に分かれるメノウに向かって声をかける。
見つめ返してきたその瞳に、ぞわりと歓喜が触発されるのは何故だろう。
「楽しいよ。こういうのワクワクするよね」
「もうスイッチ入ってんのか。今度の役はなんだ?」
「そうだね。全員を狩る最強の戦士っていうのはどう?」
「全員かよ」
ふっと笑って黒曜も配置につく。
勝負は単純明快。最後まで生き残ったものの勝ち。
そうして男たちの生き残りをかけた戦いの火ぶたは切って落とされた。
* * * * * *
走る足音に合わせて枯れ葉は舞い、乾いた木々の間に影はすべる。息をひそめて、姿を隠し、冷たい黒を掴む指先に力がこもる。
ドン。
誰かが放った一発の銃弾。幸い「ヒット」という声が聞こえてこないあたり、誰も被害はなかったのだろう。
まだ全員が生きている。
その事実に喉の渇きが冷や汗に混じって下に流れていく。
「やぁ、キミもなかなかやるじゃないか」
かがむように前方をにらんでいたクーは、後頭部にあてられた拳銃の質感に両手をあげる。
降参の姿勢をとって立ち上がるクーを狙っていたのは、メノウだった。
「僕は狙った獲物ははずさない」
「メノウ、キミはそういうやつだよ」
華麗な身のこなしに目が奪われそうになる。長身から流れるように上半身をくねらせ、その指先はメノウの顔面を狙ったように弾丸を放つ。
間一髪。
メノウはわずかに重心をずらして、クーの放った銃弾を避けた。
「へぇ、あれをかわすのかい?」
左頬をかするように通り抜けていった弾丸に、瞬きひとつしなかったメノウの目が笑っている。
「残念だったね。ばいばい」
敗北を悟るように瞳を閉じたクーは、その刹那「ヒット」と声をあげていた。
「あいつ、本気で全員を狩る気だな」
「よそ見とは余裕だな、黒曜」
木を五本ほど隔てた先、周囲を木で覆われた開けた場所で二人は相対していた。
チームWのトップに君臨する男に、チームKのナンバーツーはどう挑むのか。
「銀星、てめぇは何のために勝ちてぇんだ?」
「チームKのために」
「それってケイのためだろ?」
「そうだな。ケイがいてこそのチームだ」
「ケイ、ケイ、ケイ、ケイ。ミズキじゃねぇが、その信仰心はどうかしたほうがいいと思うぜ」
「余計なお世話だって証明してやる」
ガチャリと銃身はそれぞれの胸を狙って走り出す。左右逆方向に走り出した黒曜と銀星。赤と銀が赤茶けた木々の中に舞って、数弾の音がこだましていく。そして束の間、勝敗は決していた。
「ナンバーツーが、俺様に勝てると思うなよ」
「くっ、ケイ・・・すみません」
「スターレスはWのもんだ」
腐敗した枯れ葉の上に銀星が横たわる。
その眠る横顔は何を伝えたかったのか、立ち去る黒曜の耳には何も届きはしなかった。
一方、傾斜面を利用した場所にリンドウとミズキ。リンドウを見下ろす形でミズキが銃を構えている。
「ミズキ、いつまでこうしているつもりですか?」
「それはこっちの台詞だってーの」
「引き金を引かないのであれば、こちらから行きますよ」
「その手にはのらねぇ。リンドウ、何年お前と一緒にいると思ってんだよ。オレがそんな手も読めないようなガキのままだと思うなよ」
一陣の風が巻き起こる。さーっと、無声映画のようにモノクロの色が舞って、リンドウとミズキの間にばらばらと木の葉の雨が降っているようだった。
「ミズキ、危ない」
ドンっと響いた銃声がリンドウの胸を撃ち抜く。
「なっ」
バランスを崩しながら振り返ったミズキは、目の前にいたはずのリンドウが自分を守るように背を向け、その胸に凶弾を浴びる姿を目撃した。
「ミズ・・キ、無事・・ですか?」
「なにやってんだよ!」
「身体が勝手に動いただけです」
「オレとの勝負、つけるんじゃなかったのかよ。リンドウ、おいっ、リンドウ!?」
言葉を失ったリンドウの身体から力までもが抜けていく。その手から零れ落ちた拳銃は、結局誰にも放たれることなく山の斜面を転がり落ちていった。
「メノウ、てめぇ。やりやがったな」
「ふふ、いいね。そういう顔が見たかったんだ」
リンドウを抱いたままミズキは発砲した犯人をにらみ上げる。
明らかな激情。その瞳に宿る熱を見下ろしながら、メノウの冷酷な視線が問いかける。
「何をそんなに怒っているの?」
「オレの獲物を横取りしやがって」
「ふぅん。リンドウが僕の手にかけられたこと、そんなに気に入らないんだ」
「ぶっ殺す」
「おいでよ。受けてたつよ」
だん、だん、だん。
がむしゃらに放たれた弾丸は、軌道を変えてメノウを襲う。
「くっそ、メノウのやつ。なんで当たんねぇんだよ」
「ミズキ、無事か!?」
「黒曜!?」
リンドウをその場に置いてメノウを追いかけることに執念を燃やしていたミズキは、突然現れた気配に驚きながらもメノウを追いかける足を止めはしなかった。
黒曜もミズキにならってメノウを追いかける。
そうしてしばらく走って、視界が開けたその場所で、二人は同時に足を止めて銃を構えた。
「あと残ってんのは俺とお前だけだ」
黒曜の声はミズキを援護する。
「メノウのやつスイッチ入ってるからな」
「上等じゃん」
「やれるか?」
「誰に聞いてんだよ。楽勝だってーの」
黒曜とミズキが並んでそのときを待ち受ける。
風は穏やかで、空はいつのまにか少し陽が落ち始めている。青に赤が滲む曖昧な時間。
「来た」
冷たさを増した風と共に、メノウは二人の前に姿を現した。
「二人とも、追いかけっこはもうおしまい?」
銃を下げた状態で、ゆっくりと顔をあげる瞳に光はない。
まるで、この世の終わりが近づいて来るようにメノウの声も静かにゆっくりと響いていく。
「僕の銃が血を欲しがってる。一人残らず狩るまで終わらない」
頬にこすりつけ、愛しいものでも見るような目で銃に口付けたメノウは美しい。
洗練されたその動きに、時間さえも見惚れたように動いてはくれなかった。
「うっせー」
「ミズキ、ダメだ」
黒曜の制止の声もむなしく、駆けだしたミズキの胸はメノウの弾丸で撃ち抜かれる。
真正面から突破して勝てる相手ではないとわかっていたはずなのに、そうせずにはいられないほどの何かがきっとミズキにはあったのだろう。
「ミズキ!?」
「黒曜・・ごめん。オレ、わかってたのに・・くそっ」
「もういい、喋るな。後は、俺がやる」
胸を押さえて苦しそうな息を吐くミズキを置いて、黒曜は立ち上がる。
静かな瞳に燃えるのは何色の感情か。
「誰が誰をやるって、黒曜。僕の射程範囲にいる以上、勝ちは僕のものだ」
「はっ、そんな構えでこの俺様が撃てると、本気で思ってるのか?」
「ふふ、黒曜。この僕を誰だと思っているの?」
「言いやがる。勝負だ、メノウ」
「いいよ、黒曜。やってあげる」
互いに蹴った足元の落ち葉。それは細かく舞い、二人の気迫を物語っていた。
* * * * * *
「楽しかったね」
「あーあ、結局メノウのひとり勝ちか」
「ミズキもなかなかいい動きしてたよ」
「なぁ、またやろうぜ」
「そのくらい練習にも燃えてくれたらいいんですが」
「うっせ、リンドウ。負けたやつがオレに指図すんじゃねぇよ」
ミズキを挟んでメノウとリンドウが歩いていたが、困ったように息を吐いたリンドウの肩にクーの笑みが優しくのしかかる。
「まあまあ、リンドウ。元気出して、ほらこうしてみんなで帰ってることだし、ね」
「クー。そうですね。メノウのおかげです」
「僕?」
「帰ってリハがやりたいっててめぇが言ったんだろ?」
「だって、なんだか楽しくなっちゃって、あれ。そういえば銀星はどうしたの?」
「ああ、なんかケイに怒られるとかってすっ飛んでったな。ざまぁ」
へへっと笑うミズキの影が後方からの夕日を浴びて長く伸びている。横に並んだ四人の影はまるで見えない道の先でひとつに交わるように、どこか重なりを見つけているようにも見えた。
「黒曜?」
一人、後方を歩く黒曜をクーが振り返る。
先ほどまでほぼ同じ早さで足並みをそろえていたはずなのに、少し複雑な顔で黒曜は目をそらしながら歩いている。
「ん、ああ。なんか忘れてるような気がしてんだよ」
煮え切らない黒曜の言葉に、全員が足を止めて首をかしげる。
空は赤と紺のグラデーション。あれだけ色とりどりの風景を見せていた世界も夜の匂いに包まれていく。
「どうでもいいじゃん、それより腹減った」
「おごらねぇぞ」
じっと見上げてくるミズキの視線に黒曜の考えもどこかへいってしまったらしい。すっかり気温の下がった夜の気配を感じながら、黒曜は赤い夕陽の中でミズキの頭をポンポンと軽くたたいていた。
「ワタシたちが怒られないとは限らないかもしれないよ」
「クー、何言ってやが・・・る」
「思い出した?」
「やべぇ、シフト。ミズキお前もだろ。さっさと行くぞ」
「あ、ちょ。黒曜、待てって」
「もう手遅れだと思うんだけどねぇ」
走り出した黒曜にならって、ミズキもそのあとを追いかける。スターレスまでの道は走れば近く、歩けば遠い。勢いのまま走り出した二人を追って、クーのハイヒールの音が響いていくが取り残されたようにぽつんと二人。メノウとリンドウは赤色の影を縫い付けたまま立ち尽くしていた。
「で、リンドウ?」
「なんですか、メノウ」
影が影に顔を向ける。
「どうしてあのとき、自分から撃たれに行ったの?」
あのとき、とは安易にサバイバルゲームでの芝居のことを言っているのだろう。狂人めいたメノウの演技に合わせられる演出はリンドウだからこそ出来る芸当なのかもしれない。
「今後の参考までに聞かせてよ」と悪びれることなく直球で聞いてくるメノウの質問に、リンドウは「どうしてでしょうね」と曖昧な表情で影を揺らした。
「ただ、遊びだとわかっていても体が勝手に反応していたんですよ」
「ふぅん。僕には出来ない芸当だなぁ」
「あれが実弾でしたらまた結果は違ったでしょうね」
「そっか、うん。そうだね」
何かに納得したのか、メノウも影を揺り動かす。
メノウとリンドウ。ふたつの影は先に消えた影を追いかけるように並んで歩き始めていた。
「良くも悪くも演技の中でしか生きられない。僕たちはそういう生物なんだ」
茜色が背後に溶けて消えていくせいで、影に溶けたメノウの声は限りなく小さい。
「メノウ?」
同じスピードで歩いているとばかり思っていたリンドウも、振り返って初めてメノウの姿が影に溶けていることに気づいた。
黒い影は表情まではわからない。
泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか、喜んでいるのか。わからないからこそ、想像で補う表情は見る者の感情をうつす。
「メノウ、どうかしましたか?」
先ほどとは違う声色で名前を呼んだリンドウに反応したのか、メノウの姿が気づいたように帰ってくる。
「なんでもない、リンドウ。僕たちも行こう」
その声はいつも通りで、普段のメノウと何も変わらなかった。
昨日も今日も変わらない。
それでも未来はきっと変わっていくのだろう。
「そうですね。彼らばかりがケイに怒られるのは可哀想ですから」
今を生きていれば、足元に道が出来る。
いつか振り返ったその道が険しいものでも、曲がっていても、目指す果てなき場所を求める限り、永遠に立ち止まることはないだろう。だから今はただ、今日というかけがえのない一日を繰り返すために彼らは集う。
スターレスという名のその場所で
(完)