番外編
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マイカ誕生祭SS『猫型に愛を込めて』
すっかり日暮れが早くなった。
街路樹は赤や黄色に色づき、軽快な枯れ葉が足元を舞う。
「寒っ」
思わず身体を抱きしめて秋の空を見上げた。星さえ見えない群青のグラデーション。行き交う人々は陽が落ちた影を追いかけるように帰路を急ぎ、誰もが無口に通り過ぎていく。
「マイカさん、遅いな」
擦り合わせた手に息を吹きかけながら、昼間の暑さからは想像もつかないほど気温の下がった現象を恨む。どれだけ晴れていても、秋は一瞬で冬の気配を連れてくるから気が抜けない。夕暮れの街中も例外ではないのだろう。
「スターレスが開店する前の待ち合わせのはず」
どうしても今日、マイカに渡したいものがあった。
非番だが店に来ると聞いて「それならぜひ、店に入る前に少しだけ時間をください」と勇気を出して今に至る。マイカの返事は了承の意味のはずだったと、携帯に踊る文字を再度見つめ返して不安を払しょくさせる。
約束の時間は過ぎようとしていた。
「マイカさんが時間に遅れるなんて」
頭によぎるのは心配ばかり。事故、事件の不穏な考えはもちろん、何か不測の事態に巻き込まれたんじゃないかとすら脳裏によぎる。連絡がないなど、マイカに限ってありえない。
「でも、電話も繋がらな・・・え?」
かすれるほど小さな声が聞こえた気がして周囲を見渡してみる。
特に変わった様子はどこにもない。
スターレスは今日もいつも通り変わらずそこにあり、裏口に続く道は夜の気配を匂わせているのか暗い影が満ちている。
「ねぇ、ちょっと」
「え、まさか。マイカさん?」
「シー、声が大きい」
まるで影に隠れるように唇に手を当てて手招きをしている姿が見える。
目深の帽子にサングラス、そしてマスク。一言で言えば怪しい。強いて言うなら、スターレスのキャストを狙った熱烈なファンのように思えた。その正体がマイカだとは思いもしなかったが、駆寄ってみるとマイカで間違いはなかった。
「さっきから呼んでるんだから、さっさと来なよ」
「ごっごめんなさい」
近寄って初めてマイカの声に温もりを感じる。小さくしゃがむマイカに習って、しゃがんでみたが、路地裏の影に隠れて小声で話すのはなんだか猫にでもなったようで不思議な感覚がした。
「なに笑ってるの?」
「マイカさんが、ちゃんと目の前にいるなって思って」
「はぁ?」
心底ありえない、というような顔でサングラスを外したマイカに見つめられた。赤と紫が混ざる秋色の瞳。暗い世界の中で煌く瞳に見つめられると、なぜか胸が熱くなる。
「僕が約束、すっぽかすとでも思った?」
「でも、何も連絡がないとさすがに不安になります。携帯も繋がらなかったし」
「そんなわけ・・・あ、ごめん。ひっきりなしに連絡が入るから電源落ちたみたい」
「この間の公演でますます人気があがりましたもんね。でも、どうして変装なんかしてるんですか?」
「見つかると面倒だろ。それに、誰にも邪魔されたくない」
最後の方は尻すぼみでよく聞き取れなかったが、それはマイカがマスクの位置を整えるように手を当てていたからかもしれない。でも、それも束の間。すぐにマイカの不敵な視線が虚空を描く。
「二人きりで隠れて小さな声で喋ってるって、なんだかイケないことしている気分にならない?」
「なっなりません」
「そ?」
世界に二人だけ。そう言われても頷ける距離が静かで温かい。ずっとこのまま、影に溶けるようにマイカと消えてしまうのもいいかもしれない。
「で、なに?」
「え?」
「え、じゃないでしょ。僕に用事があったんじゃないの?」
マイカの言葉で思い出した。
マイカを待っていた理由。
「あの、これ」
「なに?」
小さな包みを半ば押し付けるようにマイカの手に触れる。
「迷惑じゃなければ、その」
「僕に?」
カサッと木の葉のように乾いた音が耳に響いて、次いでマイカが少し息を飲むような音が続いてくる。
数秒の無音。
それがどういう答えを導き出すのか、怖いようで、知りたいようで、そわそわとマイカの表情を確認してみた。
「まさか、これ・・・」
「猫のクッキーです」
「・・・焼いたの?」
いぶかし気な視線に、思わず無言で首を縦にふる仕草にぎこちなさがこもる。
迷惑だっただろうか。
気落ち仕掛けたそのとき、「ふぅん。可愛いじゃん」と聞こえて耳を疑う。だけど空耳じゃなかった。どこか照れたその顔が、すべての答えを伝えてくれる気がして胸が躍る。
喜んでくれたのだと安易に伝わるマイカに、心が軽くほぐれていく。
「お誕生日おめでとう、マイカさん」
「うん、ありがと」
優しいマイカの声に心からのお祝いを。
「大事に食べるから」
秋の風にさらわれるように小さく響いたその声をかき消すほどの悦びがあふれ出る。
「はい」と答えた笑顔をマイカはどう受け取っただろうか。
形は不揃いだけど大好きな気持ちを込めた、クッキーのように甘く切ない気持ちを。
(完)