痺れるような感動をフレスタの花に変えて
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《第1話:その店、スターレス》
夏の気配も風に拐われる9月10日。
朝晩は冷え込むようになったけれど、まだ日中を歩くには汗ばむ。そんな曖昧な季節の変わり目に早希はその店と出会った。
郵便受けに黒いカードと、ひとつの店のチラシ。店の名は「スターレス」そして、ケイと名乗る一人の男。関わるつもりは毛頭なかったのに、何故か誘拐されそうになり、かくまってもらった縁をきっかけに、いつしか早希はスターレスに通い続けるようになっていた。
「いらっしゃい、早希さん」
「すっかり常連だな」
夜に華やぐショーレストランで、十八の星が煌めく舞台が幕をあける。
* * * * * *
今夜もフロアは沢山の人で溢れかえっている。ざっと見渡す限り女性客が大半を占めているが、それは仕方のないことだろう。
「こんなところにいたんですか」
「リンドウさん」
穏やかな仕草で現れた男性を早希はその瞳に映す。緑色の髪に右目の下のなきぼくろ。落ち着いた声はさすがひとつのチームを率いるだけのことはあると見つめているうちに、リンドウは距離を詰めて近づいていた。
「出迎えるつもりでいたんですが、タイミングが合わなくて残念です」
本当に残念そうに微笑む顔に勘違いしてしまいそうになる。
「もうドリンクはオーダーされましたか?」
「あっ、は、はい」
そう言って、少しかがんで覗き込まれた顔が熱い。ただでさえ近い距離に心臓がドキドキと早鐘を打っているというのに、リンドウは「すみません」と小さく断りを入れたうえでそっとその手を頬にはわせてきた。
思わず、ビクリと肩が揺れて両目をきつく閉じる。
細くて優しい指先が目の下に触れて、吐息さえ感じるほどの緊張感が早希を包んでいた。
「このままキスしたいな」
「ふぇっ!?」
ぼそりと聞こえた言葉に驚いて開いた両目に、リンドウの少し驚いた顔が映った。わざとなのか、無意識なのか、彼はさも自然に「まつげ、とれました」と笑うのだから、どちらとも言い難い。呆然とリンドウの触れた指の後をたどって、自分の指を添えた早希はかすれる声で「ありがとうございます」と口にした。
たぶん、顔は真っ赤に染まっているだろう。
ほの暗い地下のショーレストランでも、それ相応の照明は灯っている。早希はリンドウにばれないように視線をはずすと、汗ばむ鼻筋を悟られないように飲み物を探した。
「はい、姫。おまたせ」
リンドウと逆サイドから現れた銀髪の青年。複数の女性の視線を集めてしまうほどの満面の笑みで、彼はオーダーしていたものとは違う飲み物を早希の前に置いた。
少し乱暴な気もしたが、それはつまり気のせいだろう。
「えっ、あの、銀星さん?」
「これは俺のおごりってことで」
「え、え?」
状況が飲み込めずに狼狽える早希を横目に、ニコリと笑顔を作っていた銀星が鋭利な視線をリンドウに向ける。
「フロアでそういうことやめてくれない?」
「何のことですか?」
「まあ、いいけどね。サキさんも隙ありすぎ」
「え?」
せっかく熱の引いた余韻が再熱しそうになる。リンドウと銀星に見つめられて平常心でいられるほど神経は太くできていないのだから無理もない。
「あ、ほっほら、二人ともお客さん呼んでるよ」
早希は、手の平で追い払うように二人を散らす。まだ何か言いたそうだったが、仕事中だということを思い出したのだろう。二人はそろって別々の場所に消えていった。
「あー、びっくりした」
行き場のなくした手を今度は自分を仰ぐために使う。
数日前では縁のなかった人たち。今ではもう当然のように毎日顔を合わせる仲になっている。偶然か必然か、まだその意味はよくわからないが悪い気はしない。
「みんな、かっこいいな」
指定席になりつつある場所から見える景色は、舞台を中心にほぼ全員の姿が見渡せるように配置されている。リンドウも銀星も客席で談笑しているのが見えたが、時々視線が何かを伝えるように早希に向いていた。
他にもフロアに出ている人たちから視線や声が時々飛んでくる。
それぞれに手を振り返したり、口パクや身振りで何かを伝えたりしているうちに会場がふっと暗くなった。
「今日は、チームWだっけ」
視線が舞台にくぎ付けになる。
何度も何度も魅せられて、際限なく墜ちていく。この店を知ってしまったあの日から、逃れられない運命に巻き込まれたのだろう。自分ではもうどうすることも出来ない荒波。それでもこの場所に足を運ぶことが、自分に課せられた使命だというのなら、今はまだ知らないふりをして彼らに甘えてみようと思った。
煌く星々が集う魔性の園、その店の名は「スターレス」
───To be continued...