番外編
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#ブラスタ夢小説大会 参加作品。
第1回目お題【ケイ×休日お部屋デート、部屋着】
『秋空に散る鼓動』
よく晴れた秋空が広がっている。
雲一つない絶好の紅葉日和。吹く風は肌寒く、日差しは温かな影を落とし、空の青さはどこまでも澄んだ水色に染まっている。すべてを包み込んでくれる安心感と、曖昧な季節に落とされた孤独。
今まさに、その空を見上げるように視界をあげて足が止まる。
「ここで、いいんだよね?」
青い空に向かって悠然と建つ高級ホテル。
名前はもちろん聞いたことがある。
待ち合わせはホテルのエントランスロビー。指定時刻よりも少し早めに到着してしまったが、場違いな気がして不安が胸をつく。
「来たか」
「ケイさん」
いつの間にそこにいたのか。まるで秋風が運ぶようにケイの匂いがしたと思った瞬間、目の前に本人が現れたのだから驚きは隠せない。けれど同時に、ほっとする自分もいた。
先ほど見た空と同じ青の瞳が、嬉しそうに微笑んで出迎えてくれる。
「早めに来ていて正解だった」
「本当にホテルで暮らしているんですね」
「意外か?」
「いえ、想像通りといえば想像通りというか」
「共に暮らせるなら君の気に入る家を建てよう」
「え?」
あまりに自然に吐き出された発言に耳を疑う。出来ることならもう一度、その言葉に隠された真意を問いただしてみたかったのに、ケイはさらうように握りしめた手に唇を落として、すでに歩き始めていた。
立ち止まったままでいることが許されない引力に、足が勝手に前にならう。
誘われた勢いで高級ホテルに招かれてみたものの、我が家のように颯爽と歩くケイの背中が大きく見える。本当にあのスターレスで舞台に立っている人と同一人物なのだろうか。無言のまま静かに昇っていくエレベーターの中で、そんな疑問さえ浮かんでしまうほど、こうして外で会うケイの存在が大きくて怖くなる。
「ようこそ、と言うべきかな」
慣れた手つきでカードキーを差し込み、部屋の扉を開けて中へと誘導するケイの声に言葉を失う。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。
「すごい」
音を吸収する絨毯、簡素ながら選び抜かれた家具、そして街を一望できる大きな窓。無意識に正面に広がる窓の傍まで近寄って、小さく見える車や電車に視線が奪われていく。
「天気のいい日に呼び出してすまない」
突然、背中に感じたケイの体温が首筋に顔を埋めながら低音を耳に響かせてくる。
「誰にも邪魔されたくなくてな」
「い、いえ」
真後ろから密着するように囁かれた声に背筋がゾクリと反応し、返した言葉がうまく声になっていたかさえわからなかった。
不安の気持ちと入れ替わるように訪れた緊張感に体が強張っていく。それを知ってか知らずか、いや、わかっていてケイは密着したまま離れようとしない。
広い室内。
体温が上昇して窓ガラスが少し曇る。
「あのっ」
たまらず振り返ろうとした声が塞がれる。
熱い吐息の合間にケイの感情が仕込まれているような、ただひたすらに甘いキス。溺れてしまえば、言い様のない心地よさに沈んでいけるのかもしれない。
そうして形のいい唇がやわらかく触れてくる中、目を閉じるまでの間に身体がくるりと反転していた。
「んっ」
先ほどまでケイの熱を感じていた背中が、窓ガラス越しに秋の冷気を伝えてくる。
とさり。手に持っていたはずのカバンが足元に落ちて、そのまま求めてくるケイの首筋に腕をはわせた。
「ケイさ…っ…ん」
求め合ったキスが離れて、お互いの熱が揺らめくように見つめ合う。秋の空と同じ、どこまでも青い瞳。紅葉のように赤く染まった頬が映って、孤独と熱が入り混じっている。
「すまない」
ふっと笑って抱き締められた熱に胸が高鳴る。
「もう少しだけ、どうかこのまま」
また、耳元で響いたケイの声になぜか涙がこぼれそうになる。
なぜ、泣きたくなるのかはわからない。
温かなぬくもり。確かに目の前にケイはいるのに、儚い季節のように消えてしまいそうな気がして、ただ無言でケイを抱き締め返していた。
(完)