番外編
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『視界を染める青の香り』
どうしてこうなったのか。誰かに説明してもらえるなら、今すぐにでも明確な説明をしてもらいたい。
気を抜けば簡単に密着してしまう浴槽に裸で二人きり。
幸いにも入浴剤のおかげで透明の湯船につかっているわけではないが、しんと静まり返った浴室内は、目の前の麗人が水面で腕を動かすたびにピシャンと音をたてて雫を落としている。
「あっ、あの。私、もうあがりますから」
何度目になるかわからない言葉を繰り返す。けれど現在進行形で、その願いは聞き届けられていない。その証拠に、ケイと名のつく麗人は全身から力を抜くように「風呂はいいものだな」と呟いていた。
「聞いて、る?」
おずおずと尋ねてみる。
一人で入るにはそれなりにゆとりがあっても、二人で仲良く入るには狭すぎる。薄いオレンジ色の照明、至近距離で揺れる肌色は舞台衣装で何度も見ているはずなのに全然違って見えるから不思議だった。立ち上る熱気は湯気のせいだと思いたいのに、変な気分さえ湧いてくる。
金色の髪をその大きな手でかき上げる姿を間近で眺めていられる幸福に、先ほどから心臓は飛び出してしまいそうなほど早鐘を打っていた。
「どうした?」
かきあげられた前髪のせいで浅葱色の瞳が迫力を増して見つめてくる。思わずごくりと鳴った感情を誤魔化すように「なにも」と答える声が震える。直視できなくてそらした視線が浴槽の淵を見つめる。まばらに散らばった水滴が反応したかのように、するりと零れていった。
「せっかく共に入っているのだ」
「えっ」
「離れていては意味がないだろう?」
伸びてきた腕に引き寄せられて焦った水面が音を立てる。
それと同時に真後ろから耳元で囁いてきた低い声に背筋がぞわりと泡立った。
「あっあの」
後ろから抱きしめるようにケイの体温が水温に混ざる。まるでそうするのが当然のように、自然と首筋に押し当てられた唇に変な吐息が漏れていく。勢いよく立ち上がって、そのまま立ち去れたらどれほどよかったか。他の人相手になら簡単に出来ることでも、なぜか身体は石になったように動かない。
「ふぁあ!?」
突然、大きな手の平が肌の上を滑ったせいで身体がびくりと反応した。
「なっななな何をしてるんですか」
混乱した声が震えながら背後のケイに向かって奇行の説明を求めるが、聞こえているはずの当人は急に日本語がわからなくなったとでも言わんばかりに「シー」と耳元で無駄に良い発音を響かせてくるのだからたまらない。
「ちょっ」
絡みつくように吸い付く手の平が視界の端で四角い宝石をつかみ取る。
先日見つけた宝石石鹸。ケイの瞳と同じ色をした青い宝石のような石鹸とそれとお揃いの入浴剤を見つけて、それを買ったことを伝え、ついでにそれを使ってみようと思っていることを告げただけだった。
そう、それだけなのに一緒に入ることになった。なぜかはわからない。たぶん巧妙な話術にやられたのだろう。
「これ、浴槽の中で使う方じゃないッ…と、思…ぅ…って、ちょ…どこ、触っ…ぁ」
青色の中でうごめく手の行方を目で追うには限界がある。ぬるぬると滑るケイの手を追いかけるうちに力の入れ方を忘れた身体が湯船の中で溺れていく。
「早希」
「・・・・あッ」
名前を呼ばれて恐る恐る振り返った顔に唇は奪われる。
密着した肌。のぼせていく身体も思考回路も全部が奪われていく。名前を呼ぶ声、水温に混ざって響く甘い声、寄せては返す波のうねりに何度もしがみつきながら、青い世界に飲み込まれていく。
誰も知らない密室で二人きり。同じ感情を共有しながら。
(完)