Date:7月18日
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紗綾が学校で過ごす場所は大体の確率で保健室が多い。それは事件以降「人間」という集団の中にいることが耐えられず、当時は顔色を真っ青にしながら授業を飛び出していた彼女への配慮に他ならない。元は実家から通っていた紗綾。事件が起こったにも関わらず、引っ越したのは紗綾の家ではなく被害にあった堀田家であるのは、紗綾が引っ越すことを強く拒んだせいでもある。事件を早く忘れさせたい両親は普段なら聞き分けのいいはずの娘が、今回ばかりは断固として譲らなかったことに困惑したのだろう。紗綾の意思と現状を天秤にかけて、家を残したまま、紗綾を別の場所へ避難させるということで終止符は打たれた。
それが、寮。
二人部屋を一人で謳歌していた篠田洋子にとっては青天の霹靂ともいえる大惨事なのだろうが、紗綾は気にしていなかった。篠田洋子は紗綾に干渉しない。もちろん紗綾も最初は寮に入るのは絶対イヤだと思っていた。しかし篠田洋子の瞳が紗綾に対して嫌悪感を全力で表しているのをみたその日、紗綾はその寮生活をすんなりと受け入れていた。
「キミ、今日もここで一日過ごすつもり?」
ゴロゴロと白いカーテンで区切られた奥の一角で、紗綾は美形の声を聴いていた。
すっかり人間らしい服装に落ち着いているが、彼の参考にした人間の衣装は芸能人かモデルか、とにかく一般人ではない雰囲気を隠せてはいない。
「死神には関係ないでしょ」
つい先日、どこからか戻ってきた顔に紗綾は口をとがらせてごろりと寝返りをうった。
「キミ、ボクの前で警戒心がなさすぎるよ」
制服のスカートがわずかに乱れて、紗綾の白い足はダリルの前に投げ出されている。私立箔銘女学院の制服は女の子であれば誰でも一度は着たいと思わせる可愛いものだが、男でも一度はお付き合いしたいと思わせる可愛いものでもある事実を紗綾は知らない。透けそうで透けない白いワンピースに赤を基調とした模様。洗練された潔白の乙女を印象付けていながら、成長した身体から放たれる色気がゴクリと周囲を誘惑する。
「だって、暑いんだもん」
長い黒髪を白の中に散らせながら、紗綾は理性と戦う死神を軽くにらみつけた。
季節は七月も半ばに差し掛かり、じめじめとした空気が熱帯気圧を連れてくる頃。世間は夏休みの予定を嬉々として口にし、熱に歪んだアスファルトが都会に蜃気楼をみせようと準備を始めている。
「キミ、女子高生をもっと謳歌しなよ」
「たとえば?」
「そりゃ、デートとかじゃない?」
「誰とするのよ」
「そりゃ、十和くんとか、瀧世くんとか、ボクとか?」
「却下」
ごろりとうつぶせになった紗綾の上に、ギシリと影が覆いかぶさる。
「ダリル、暑いからどいて」
首を上げ、振り向いて見上げた先で青紫の瞳がじっと紗綾を見つめている。そう簡単に記憶は覗かせないと、紗綾は視線を流すように体をひねりながらベッドに座った。
「ダリル?」
袖から覗いた腕を紗綾の両脇に突き刺したままダリルはびくりとも動かない。死神は意外と爽やかな匂いがするのかと、紗綾は至近距離で見つめてくるダリルに対してぼんやりとそんなことを考えていた。
「ねぇ、紗綾」
「なっなに?」
またギシッとベッドが重力の移動を知らせてくる。気のせいでなければ、その端整な顔が徐々に近づいてきている気がしないでもない。唇が迫って、青紫に飲み込まれそうになる錯覚に紗綾が思わずギュッと目をつぶったところで、携帯が着信の合図を告げた。
「とっ十和、なに、どうしたの?」
「どうした?」
「え、なっなにが?」
「声、上ずってんぞ」
「やだな、暑いからだよ、何もないってば」
あはははと乾いた笑いで誤魔化されるほど相手は優しい存在ではない。ギシリと紗綾はベッドから何事もなかったように腰をあげたダリルの行動に、安堵の息を呑みこみながら、その背中を視線で追う。何をしようとしたのか、わからないほど子どもではないが、どうしてしようと思ったのか、その答えはみつかりそうにない。
「紗綾、聞いてんのか?」
「え、あ、うん」
はぁっと電話越しの溜息が想像できる気がした。
「放課後、迎えに行く」
「え?」
「飯、食うぞ」
要件だけ口にした十和の電話は夏の風鈴のように通話音だけを残して切れた。
「青春だね」
「は?」
「幼馴染とデート」
茶化したダリルの言葉に、紗綾は首をひねる。どうして十和の誘いがデートになるのか、そこはいまいちよくわからない。
「何言ってんの、ダリルも一緒でしょ」
当然のように一緒だと思っていたがダリルは行かないのだろうか。午後の予定も決まったことだしと、紗綾は再びベッドに寝転がって白い枕を抱き寄せる。ダリルはたぶん一緒についてくるだろう。十和もそれをわかって誘っている。いつからこの関係性が当然になったのかは面白い偶然の重なりでしかないが、紗綾はうとうとと微睡ながら「時間になったらおこして」とその瞳を静かに閉じた。
「キミって性格悪いって言われない?」
「言われる」
くすくすと笑いながら紗綾は答える。閉じた瞳の向こうにいたダリルの顔はわからなかった。