Date:6月12日
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
* * * *
すっかり日も暮れて、芙美香を無事に店まで送り届けた二人は仲良く道を歩きながら晩御飯を食べに行こうという話をしていた。紗綾は芙美香が出勤するまでのつもりで寮をでてきたのだが、瀧世がせっかくならというので、変に強く断るわけにもいかず、ついそういう流れになっていた。
「紗綾、何食べたい?」
端整な顔をしているがどこか猛獣のような野性の雰囲気を感じる男の隣を長い黒髪の美少女が歩く。ホストと客、キャッチにかかった少女。どちらも当てはまりそうだが、瀧世のもつ雰囲気はそんなに甘いものではない。
「瀧世さん、お疲れ様です」
「よ、元気か?」
「はい、また店に顔出してください」
「おー」
四六時中、声をかけられてはそれに応える瀧世。いつも遠巻きに囁かれている紗綾とは違う。声をかけにくそうな雰囲気にも関わらず、周囲に人が寄ってくる。他人を拒絶しながら生きてきた紗綾にとって、瀧世の見ている風景は斬新なものだった。
「瀧世って人気者なんですね」
陳腐な感想しか口に出来ないのも仕方がない。
「あー、なんか色々首ツッコんでるうちにちょっとな」
そう言いながら通り沿いにすれ違った向かいの女性に瀧世は手を振っている。にこやかな笑顔というわけではない、それこそ「おー」と無気力な調子で片手をあげるだけで、世界は瀧世を中心に回っているように見えた。
「この町の有名人みたい」
「有名っちゃ、有名かもしれねぇなあ」
「そうなんですか?」
「紗綾が何を期待してんのか知らねぇけど、そんないいもんでもねぇよ」
「そうなんですか?」
「やっぱ今日も星、見えねえな」
そう言いながら歩く瀧世の横顔が空を見上げる。ビルが立ち並ぶ人工の町に浮ぶ空は、ネオンの明かりにかき消されて星はどこにも見当たらなかった。
「星が好きなんですか?」
「意外か?」
「意外です」
クスクスと紗綾は先ほど生クリームたっぷりの飲み物を完食した姿を思い出して、またクスクスと笑う。
「瀧世は可愛いですね」
「紗綾、モテるだろ」
「え?」
パァンとどこかで急ブレーキを踏んだ車の音が響く。電車が線路の上を走る音、誰かの携帯電話が鳴る音、タクシーにクラクションを鳴らす車、若い男女のはしゃぐ声、色んな雑音が溢れかえる都会のど真ん中でその言葉だけが紗綾の耳を直撃する。
「可愛い女だなっつったんだよ」
その言葉だけを放って、先を歩き始める瀧世の背中が妙な熱を連れてくる。ドキドキと本気か嘘かもわからない言葉に翻弄されたくはないのに、余韻のように胸に響いたその言葉に紗綾は顔が赤くなっているのを感じていた。卑怯だと、何かを言いたくて喉のところで引っ掛かる違和感がもどかしい。可愛いと先に口にしたのは紗綾のはずなのに、いとも簡単に塗り替えられてしまった言葉は、もうなかったことには出来ない。
「紗綾、はぐれるぞ」
そういって、無造作に差し出された手を紗綾は戸惑いながら掴んでいた。
「紗綾、手、小さいのな」
「瀧世の手は大きいね」
心臓の音が瀧世に伝わらないことを祈りながら、紗綾はドキドキと煩い足音を前に踏み出す。今まで何度も歩いてきた町。人目を忍ぶように、闇に隠れるように、夜が更けていく町に身を投じてきたはずなのに、隣を歩く人物が違うだけで、こんなにも簡単に景色は変わる。
「紗綾、携帯鳴ってんぞ」
「あ、ほんとだ」
またしても聞き逃しそうになった携帯の音が、紗綾のポケットから「堀田十和」の着信を知らせてくる。
「彼氏か?」
何食わぬ顔で尋ねてくるが、紗綾はなぜか気持ちが沈んでいく自分の感情に戸惑いながらその質問には答えずに、十和の声に耳を貸した。
「十和、どうかしたの?」
「紗綾、お前いまどこ?」
「いま、三丁目あたりだけど。なんで?」
「シュガープラムの情報がネットで浮上した」
「え?」
「五丁目の方らしい」
「わかった」
「いや待て、紗綾。ダリルがいないなら行かなくていい」
「大丈夫、瀧世がいるから」
「は?」
「十和、ありがとう」
「ちょ、紗綾」
そこで電話を切ったはずだった。それなのに十和はまたすぐに電話をかけてくる。
「なに、十和」
「紗綾、瀧世って誰?」
「えーっと、翼心会の会長の息子さん?」
「なんでそんな奴と一緒にいるんだよ」
「話せば長くなるんだけど、芙美香さんとお茶しようってなって行ったら待ち合わせしていた店に瀧世がいたの」
「全然長くない」
「え、あ。ほんとだ」
「じゃあ、その芙美香って人も今は一緒にいるのか?」
「ううん、芙美香さんはお仕事に行ったよ」
「お前、もう帰れ」
「いやよ、五丁目に行く」
「先に情報を渡した俺がバカだった。気にしなくていいから寮にいろ」
「また犠牲者が出るかもしれないのに、じっとしていられない。十和、悪いけど電話切るね」
そこから折り返しかかってきても、紗綾は十和の電話には答えなかった。聞かないように少し距離をとってガードレールにもたれていた瀧世が、電話を切るなり雰囲気の変わった紗綾の様子に気づいて近づいてくる。
「なんだ、喧嘩か?」
そうではないことがわかっていて聞いてきているのだということは、紗綾にもわかった。
「瀧世、ごめんなさい。私、急用ができた」
だから一緒に食事は出来ないと紗綾は瀧世に頭を下げる。それをじっと見ていた瀧世は、顔をあげた紗綾に「奇遇だな」とくったくのない笑顔を見せた。
「ちょうど俺も今、急用できたっぽいわ」