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ずっと頭の中が霧がかっていた。
何かを見てもぼんやりとしていて、それが何なのか、誰なのか思い出せない。


『あれ？ここの店、この前ゆずはと通ったっけ？』


柱合会議の帰りに無一郎はふと足を止める。

記憶にあった『ソレ』を手にして、頭の中にゆずはの笑顔が浮かんだ。
ボヤッとした霞の中の世界で、ゆずはの笑顔だけは鮮明に思い出される。　


自分に向けられるゆずはの笑顔を思い出すたびに、無一郎もまた目尻を下げて笑顔になる。


もう分からないなんて思わなかった。
認めよう。
この気持ちはしっかりと、ゆずはを好きだ。

だからこうて町を歩いていて、ゆずはの記憶を思い出し、早くゆずはに会いたくなる事は当たり前の事だ。



その後の帰路が足早になったのは、ゆずはの待つ場所に早く帰りたかったからだ。
そこが無一郎の唯一心落ち着ける場所だから。







★
【霞屋敷】の裏門の扉を開けると、中庭からフワッと柚子の香りがした。

『何だろう…料理の匂いじゃ無いし…』

無一郎はそのまま土間には入らないで、グルッと回って中庭の方に足を向けた。


「今日も綺麗だなぁ」

ゆずはは縁側に座りながら、鼻歌を歌ってビードロ玉を太陽に光にかざした。
ビードロ玉を通って、屈折する光に目を細める。

光が薄青に反射しているビードロ玉の中を見て、ゆずはは目を細めた。

『まるで無一郎さんの目の中を見ている様だ』

普段は無一郎の霞がかった目の色も、最近ゆずはと目が合うと綺麗な虹彩は青いぼかしでゆずはを見る。


『やだ…私ったら…』


こんな些細な光景でも無一郎を思い出す位、彼の事が好きな様だ。


1日1日を無一郎と過ごす度に彼を好きだと確信する。
もう、親方様に命じられたからこの場所に居るのでは無い。


自分が無一郎と一緒に居たいんだ。
ずっと側で………。