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その時に、本当に足跡も聞こえずにスッと2人の話している襖を、無一郎が開けた。
ゆずはは開かれた襖を見て、無一郎が自分達を見下ろしているのを見上げた。


淡い水色の瞳がしのぶとゆずはを見下ろしている。


【記憶障害】
それはどれほどに無一郎の心を蝕むモノなのだろう。


ゆずはを見ても誰だか分からない。
しのぶをジッと見て、まるで記憶を遡る様に考えている。
ゆずはは無一郎の顔をジッと見て。


その目が何かゆずはに伝えたそうだったから、初めて彼から言葉が出るまで待ってみた。


「…ゆずは…朝餉(あさげ)を食べたい…」


初めて無一郎から名前を呼ばれて、ゆずはは目を見開いた。
いくら見ても、そこにはいつも通り無表情で何を考えているか分からない無一郎が居た。


それなのに、それだけで胸がぎゅっと締め付けられた。


「はい…はい…『無一郎』様」


初めて無一郎を『霞柱』では無く、時透無一郎として呼んだ。


込み上げてくる何かに目を萎ませながら、ゆずはは立ち上がった。
無一郎の脇を通り、通りすがりに無一郎を見た。
そこにはいつもと変わらない無一郎が、ただしのぶを見下ろしている。


ただチラッと無一郎がゆずはを見た時に、合った目が。
ゆずはの『何か』を動かした。


パタパタと走って行く、ゆずはを見送って、しのぶはゆっくりと声を出した。

「……こちらに来て、上着を脱いで下さい」

しのぶがお面の様な笑顔で言うと、無一郎はしのぶの前に座り、上着を脱いだ。


しばらくしのぶの診察が続き、2人の間に沈黙が流れた。


一通り無一郎の診療を終えると、しのぶは診療器具をカタンと置いて、小さいため息を吐いた。