誕生日短編

親愛なるモラトリアムに笑って

 シャンデリアの光を照り返す床。真っ白なテーブルクロスを掛けて点在するテーブル。今日のために作られた食事は端の長机に、クロスだけを掛けた小さなテーブルは中央に間隔を空けて置かれている。わたしが来る前に既にグループがいくつか作られていて、制服ではなくドレスやコートを着た集団は小さなテーブルの方に集まっていた。
 ここからは天板に本を広げているのが見える。小さな話し声から察するに自分達が抱える研究について議論をしているらしい。全員が議論に熱中していて、擬似的なパーティー向けの食事は減らず給仕は立ち尽くしている。
 今居るのは大雑把に数えて四十人程度だ。当のわたしは二十分遅れて入ったから、始まった時に顔を出した数はもう少し多くて六十人程度だろうか。相変わらず二クラス分にも満たない。
 吹き抜けから見下ろす我が校のホールは今日も涼しく、夜会の模擬を評したパーティー兼授業はいつも通り閑散としていた。
 全校生徒を入れて入学式も卒業式も、研究成果の発表会も行うホールで床を見下ろせる程に空間を持て余す行事はこの時ぐらい。例年通りの光景だ。社交を差し置いて各々の議題で意見を交わしている。
 華美な服装と場所、無視される料理がある、ある意味で異質な場でも、変わらず研究熱心なのは良い事なのだけれど。
 開いた本に頭を寄せるとは本当の社交の場では見られない光景を、二階から眺めながら目を細める。

「これは、皇女殿下。ご機嫌麗しゅう」

 ふと、怜悧な声に呼ばれる。引かれた気のままに振り返れば、黒縁の伊達眼鏡を掛けた青年が佇んでいた。律儀に校章のピンをブレザーに留めている。
 わたしが来た時、ここには誰も居なかった。きっとわたしがフロアの人数を数えている間に上がってきたのだろう。
 アンバーの瞳に目をやれば、彼は熟れた所作で胸に手を当て、片脚を引く。恭しく頭を、深く下げた。いかにも貴族らしい仰々しいこの礼は、この学園——あるいはこの国にまで拡張しても良いだろう——では、まず見かけない。
 一つの例外を除いて。
 頭を下げたまま青年はつらつらと続ける。

「かような華やかな場でお見かけできるとは。リュンヌ侯爵家が三男ユスター、拝謁の栄を賜り光栄に存じます」
「随分と殊勝なご挨拶、痛み入ります、ユスター卿」

 こみ上げた感情を隠すために、扇があれば口元を隠したものだが、如何せん今日は急いで来たものだから持ち合わせがない。力技で口の端が動かないように堪えて、わざとらしく相手の名前を繰り返した。

「お直りになって。卿の事は存じ上げております……十二年程前から」

 社交辞令を言う様に、単純な事実を口にする。
 実に良く知っている幼馴染の顔を上げさせれば、彼は神妙な顔を保っている。
 慇懃な芝居を打たせれば一級品だ。今回もわざとらしいぐらい白々しい表情に笑ってしまいたいぐらい見事だった。
 わたしは小さく顎を引いた。ジョークの流儀に従って、同じぐらい真面目な顔をして。

「息災そうで何よりです。時に、リュンヌ侯爵とは随分とご無沙汰しておりますから、ご壮健であらせられる様にとお伝え下さる?」
「謹んで承ります。父もきっと感涙に咽ぶでしょう」
「まあ。泣かせるつもりはなかったのだけれど」

 口元に指を添えて微笑むと、一拍間を置いて、どちらからともなく肩を震わせた。
 いつものやり取りであり、ジョークであった。
 昨今、メディアや他国、特に魔術の国が絡む公の場でしか使われない恭しい挨拶と作法を気紛れに使う。学園の中だから会釈や簡潔な挨拶で済ませる所を、態々厳格な作法でやる。そういう幼馴染間だけのジョークだった。
 些か不謹慎であろうが、元々彼とは昔からこの様な実践的な練習をしていた事実がある。皇族として、彼の立場では皇帝と親交が深い侯爵家の一員として、公の場に出る可能性と関係の対外的な意味を理解した今だからこそ、昔の習慣を続けている。そんな言い訳も未成年の内は有効だろう。大人になったらお終い、とお互い一致している意見を理由に続けている。
 どちらも笑ってしまえばもう続けられない。慇懃で大仰な作法を外して口を開く。

「それで、ユスター。どうしてここに?」
「いや、何。珍しく途中から参加して、一直線に上がっていったから何の視察をするのか気になって」
「そんな仰々しいものじゃないわ。単純に先生との面談が終わってから、一生徒として真面目に授業に出ているだけ。公務との日程が噛み合わなくって別日に振り返る事もできないから」
「なら、皇女様はここに上がって社交の様子を見て学ぼうとしていた訳か。城で見るのとは全く様子が違うから」
「ふふ、そうね。ここで壁の花になるのは今回が初めてだから、せっかくの機会は活かすに限るでしょう?」

 軽口に相応の返事を返す。ユスターは欄干に凭れて、わたしと同じ様にホールを眺め始めた。電灯を反射して襟のピンがきらりと輝いた。
 学園生活において模範的な制服の黒はここでは目立つ。
 一階の参加者の服装は青や緑、白など校舎では見ない色のドレスやコートが独占している。黒い制服姿があれば非常に目立つ。階段に向かって一階を通るときに、食事が並んでいるテーブルの辺りでサンドウィッチを齧っているのに気が付く程度には。

「でも貴方も、今日は珍しい恰好で来たのね」

 後日聞けたら聞こうかと考えていた疑問を、向こうから来たのを丁度良いからと口にする。ある程度時間を潰す必要もあった。
 ユスターは平然と手すりに肘をつく。

「学校指定の制服なんて学生の正装としてありふれている筈だけど」
「でもこの授業に限っては特例があるでしょう。貴族籍を有する者は貴族としての正装が望ましいって、シラバスに」

 理屈を置きながら、記憶にある事実を添える。

「それにこの前は、見つけるのに苦労する様な無難な恰好をしていた気がするのだけれど」

 ユスターは肩を竦めた。幾度となく見た降参のポーズと共に今度は冗談抜きで答える。

「必修分は済んだから気楽に参加しようかと。肩は凝らなくて動きやすいし」
「まあ。今日も実験室の予約が取れなかったのね」

 つらつらと弁明をしているが、必修が済んだのならば実験に費やすだろう。確信を持って、最近顔を合わせる度に嘆いていた事を言うと、ユスターはため息をつかずとも、笑みが僅かに苦いものになる。

「卒業がかかってる生徒を学校も抱えていられないから、そっちが優先されるのは仕方ないとはいえ、まあ敵わないな。色々と」

 ユスターは少しだけ手すりから身を乗り出す。

「今回も偏ってるな。殆ど先輩だ」

 黙って見ていると、彼は議論の場の中心に広がった本を指差す。あれこれとテーブルを星座の様に空で繋いでいく。指す先々の教科書は一つ上の学年、つまり今年卒業する先達のものしかない。

「そうね。毎年卒業が迫ってから駆け込む事が通例らしいから。社交の場が議論の場になるのもその影響かしら」
「授業の本懐が果たせてないのはどうなんだ」

 再び一階を見つめる。

「でも、我が国の民らしいでしょう。ひたむきで、なりふり構わない所」

 学殖の国は端的に言えば研究と技術で道を拓き、永らえてきた。その礎には学問の門戸を叩き、それに命を賭した者達がいる。一学生としてここで研究の入り口に立って、それがどれ程困難か、足掛かりがないものか肌で感じる。途轍もなく途方もない世界に投企する資質。ひたむきで、なりふり構わない彼ら彼女らの轍と発見を、我が国は使用して成り立っている。
 国民は国家にとっていなくてはならない存在であると同時に、国家が愛する存在である。本に頭を寄せる彼らの行く先を見たいとわたしは願っている。

「元気が良くて愛らしいでしょう」

 少しだけ高い位置にあるユスターの顔を見上げる。

「揶揄してるみたいにも聞こえるな」
「あら、意地の悪い事を言うのね」

 微かに眉を下げたユスターにくすりと微笑んだ。
 同時に、議論が逆巻く話し声に紛れて靴音が鳴った。かなり近くから聞こえて、ユスターの肩越しにそっと目をやると、階段から誰かが上がって来る。
 一瞬だけ視線がぶつかる。始めから宛をつけていた様にこちらを向いていた赤い瞳は、特段何も語らず、今時珍しい片眼鏡と共に直ぐにユスターの方に向けられた。

「ユスター先輩。探したんですけど」
「ああ、悪い。あんたならタイミングを見て来るかと思って」
「何ですかそれ。先輩がタダ飯食べれるからって言うから着いて来たのに、放置って良い身分ですね」

 ユスターはくるりとそちらを振り返って「悪かったって」と軽く答える。どうやら勝手知ったる仲らしい。研究室の後輩だろうか。
 ユスターの後輩、つまりはわたしから見ても同様に後輩である彼は、つんつんと跳ねた黄色い髪を一束に纏めて肩に垂らした男子生徒であった。そして、ユスターと同じ様に黒い制服を着ている。
 しかし、と内心で首を捻る。一階で見かけなかったからではない。わたしが来たときに席を外していた可能性もあるし、吹き抜けから見下ろしても死角はある。
 不可思議だったのは、初めて会った筈なのに顔立ちに既視感があるからだった。紙面で見た顔。見出しは——。
 思考に耽ろうとすると、赤い瞳がほんの僅かに動く。ユスターの方を向いたままの様で、そうではない。

「一平民にとっちゃ服装からして完全アウェーな環境に後輩一人置いて行くなんて、薄情な人だ」

 鋭利な視線が丁寧に刺し留めに来る。片眼鏡越しにわたしを見ている。
 ふむ、と目を細める。思い出したのは国際面を飾る顔で、通常どう考えても我が国の学園に居るはずがないのだから他人の空似なのだろう。ここで結論を打ち留めておく。

「あら、ユスター? 可愛い後輩はちゃんとエスコートしなくては」
「マリィにまで言われるか」

 ユスターは苦笑いをしながらくる、と体を半回転させた。そして男子生徒の方に片手を差し出す。

「こちらはフロウ君。シャロン嬢の所の後輩」

 シャロンと聞いて、目を見開く。わたしの親友の名前。
 シャロンの研究室に後輩が入ったとは全く聞いた事がなかったから。それに、今年の新入生も早い人は研究分野も決め打ちする頃だったか。
 純粋に驚いて口元に手を添える。

「初めまして。古典文献の解釈をやりたくて、輪読や辞典の使い方を勉強しています。……あとは研究室のあらゆる雑務も」

 フロウさんは、今度は誰が見ても明確に、わたしの方を見て害意の無い笑みを浮かべた。
 ユスターの手が今度はこちらに向け、紹介を続ける。

「で、こちらが学殖の国の第一皇女、マリィ。大体殿下って呼ばれてる」
「初めまして、フロウさん。ここでは単なる一学生なので気にしなくて構いませんよ。今時不敬罪も早々ありませんから」
「因みにこれは裏も無く本心で言ってる」
「あら。学び舎ではいつも本心で話しているのよ」

 さらりと茶々を入れながら、フォローを入れたユスターにくすりと笑いかける。皇族という名目は無視はできないし、先程のわたしの妙な詮索に関しても、物理的に間に挟まっていたから肌で感じ取っていてもおかしくない。
 フロウさんが口を開いた。ユスターの紹介を挟んだからか、視線の鋭さは幾分か和らいでいる。

「……ああ。お噂はかねがね。特に、シャロン先輩から良く聞いています」
「まあ、シャロンが?」
「見出し語とか文法について質問したついでに教えてくれます。大体は殿下……いや先輩の自慢話を」
「ふふ。何だか照れ臭いですね」

 どうやらシャロンとは上手くやっているらしい。彼女は勉強も研究も一人でやろうとする傾向があるから、フロウさんの話を聞いて胸が温かくなる。

「今度時間があったら、研究室でのシャロンの事、教えて下さい」

 親友の名前が出るとついそちらに気が行ってしまって、シャロンの事を聞いていた。
 フロウさんは呆気にとられたように瞬きを繰り返し、それから小さく尋ねる。

「……とても仲が良いのかと思っていたんですけど、あの人、研究の話をしないんですか」
「以前はよく話していました。でも、今は大きな発見もあったでしょう」
「魔法と魔術の差分の話ですよね」
「ええ。そちらに奔走しているみたいで、最近は中々。門外漢には話しにくい事でもありますし、仕方がないのですが」
「ご謙遜を。それだけはあり得ないでしょうに」

 彼は顎に手を当て、逡巡する素振りを見せる。それから曖昧に目を細めた。

「まあ、今度話しましょうか。お茶でもしばきながら」
「良かった。あ、紅茶お出ししても構いませんか?」
「ええ、コーヒーより紅茶派なので。……ユスター先輩も来ますか?」
「俺はコーヒー片手に計算解かなきゃいけないから遠慮しとく」
「あら残念」

 突然、パンッと乾いた、何かを叩き付けたような音が響く。一階の様子を伺えば、あるグループの一人がテーブルに突っ伏していた。同じグループと思しきメンバーが背中を擦っている。
 一瞬だけ議論の喧騒も静まり、それから暴力沙汰ではないと判断したら、また賑やかに絡まっていく。

「計算ミスでも見つけたのかしら」
「大方そうだろうな」
「日常茶飯事なんですか。俺、初めて来たので勝手を知らないんですけど」

 淡々としたフロウさんの言葉に、ユスターは腕を組んで力強く頷く。

「紛糾しないだけ良い方だ」

 はあ、とフロウさんは溜め息か相槌か曖昧な声を出す。首の後ろを掻いて、それからふっと口角を持ち上げた。赤い双眸で可笑しそうにホールを眺め下ろしている。

「なんというか、ここの人ってかなり忌憚のない振舞いをしますよね。貴族でも、そうでなくても。相手の貴族籍の有無も気にしないし」
「実力主義というか、研究成果主義だからな。身分より、論文を引用された数とか第一著者になった数が多い方が偉い。泥沼だ、本当に」

 ユスターの皮肉った調子にフロウさんはただ頷いて続けた。

「で、これ、一応貴族向けの社交の実習ですよね。平民にも開かれているけれど。パーティーと聞いた割に人少ないですけど良いんですか」
「ああ! 問題ある。貴族籍があるなら必修だから」
「そうですね。皆さん、研究熱心だから社交は余り興味がないらしく」
「……ここに居る先輩方も、出席だけ出して研究室に戻っていないだけ真面目な方ではある。比較的」
「我が国では余り社交が盛んでないから、学校で教えるべきだという事でやってはいるのですが。まあ、破綻はしていますね」

 眉を下げると、フロウさんはくく、と喉を鳴らした。

「じゃあ社交じゃなくて議論をしているのも当然問題なんですね」
「そう。研究に力を入れるのは結構だが、皆が皆、研究者になれる訳じゃないからな」
「でも、皆さん良く分かっていますから。研究者以外の道を選んだ時に問題はあっても解決は大体可能なので、放任しているのが実情です。自由を重んじる国でもありますし」
「大義名分は揃っている、という事ですか」

 シニカルな言葉にただ微笑む。頷く訳にはいかないけれど、きっと意図は伝わるだろう。彼はこんなやり取りに少しばかり慣れている様だから。
 無言のやり取りの切れ目に、ユスターが呟く。

「それに飯がやたら余って勿体無い」
「ああ……だからタダ飯」

 合点がいった様に頷く彼に、ユスターは苦笑いを零した。
 そのまま食事があるテーブルに視線を留める二人を横目に、ホールの出入口とその上の時計を見た。開会から五十分後程度経っていた。
 そろそろ移動しようかと思って、なんて事の無い様に声を掛ける。

「少し外の空気を吸って来ますね。バルコニーの方で」

 眉を下げて、声を少し潜めて言うと、ユスターが穴が開く程わたしの顔を見る。沈黙が流れて、それから彼はフロウさんの方をちらりと見た。

「じゃあ俺も行かせて貰おうかな。フロウ君の案内も兼ねて」

 そして、今日一番楽し気なユスターの顔を見た。

「結局ここで壁の花をやってた理由が分からないし」
「まあ、そんな事を気にするの?」
「何か企んでいたらと思うと、今日の寝付きが悪くなりそうで」
「……目敏い人」

 肩を竦めて笑う。流石、付き合いが長いだけあって、わたしの事を良く分かっている。
 階下の喧騒を背にそっと付け足す。

「案内するまでもなく、すぐ側なのですけれど」

 ***

 窓を開いて、バルコニーに一番に出る。満月が大きく白々と輝いて、欄干の影を作っていた。
 僭越ではあるが予定通り中央を陣取ると、この日の為にだけ履いたヒールの先にこつ、とぶつかる感覚がした。

「結構、景色が綺麗で気に入っているんです。二階だけれど、開けているから校舎と寮もよく見えるし」

 着いてきた二人に向かって話しながら、ドレスの裾の中でヒールを脱ぐ。

「……如何にも良い所の学校って感じですね。バルコニー自体、普通ないですよ」
「ふふ。でもここ、人気が少ないんです。とても」
「想像に難くないですね」

 フロウさんと話しながら、スニーカーに履き替える。
 ヒールでつついたのは、昨日予め置いたスニーカーだった。放課後が終わるまではこのホールも基本的に鍵が開いていて自由に出入りできる。そして行事がなければ基本的に人は居ないから、かなり大胆にやりやすいのだ。
 ドレスの裾を膝まで持ち上げてしゃがむ。左手で脱いだヒールを持ち上げた。
 立ち上がって裾は離さずに左手に持ち替えた。欄干に指を掛け、一息いきんでそこに跨る。落ちない様に、バルコニーの外側に出た足を縁に引っ掛けた。
 窓の方に顔を向ける。フロウさんの瞳が縮んでいて、隣でユスターがくすくすと笑っていた。

「やっぱり何かやると思ったら脱走とは。随分懐かしいな。フィジカルに物言わすのも含めて」
「……いや、何でこんな事しているんですか」

 片眼鏡の位置を直しながらフロウさんが尋ねた。
 もう隠すまでもないから、にこりと破顔する。

「ダブルブッキングをしてしまって! 必修と私的な用事で」

 涼しい風が髪を撫でる。

「公務との日程が中々噛み合わなくて今日出席しておきたいのは事実です。でもわたくし、用事の事も切り捨てられなくって」

 頭に浮かんでいるのは他でもないシャロンの事だ。

「わたくし、今日が誕生日なんです」

 子供じみた我儘だと良く理解している。固執しているとも思う。明日、登校して会ったときに話せば、彼女はしっかりと今日の事を拾い上げてくれるだろう。
 でも、それでも、とはやる気持ちが押さえられなかった。
 きっと来年、成人してしまうからだった。こんな我儘も、ずっと続けてきたジョークも、この一年が最後だった。

「だから、シャロンに会いたくて。放課後が終わると寮には寮生以外入れないでしょう?」
「……成る程。かなり、思った以上に仲良いんですね」
「親友ですから。許されるなら、何でもしてあげたいと思う位に」

 断言すれば、片眼鏡の奥で赤い瞳が細められる。

「とはいえ、必修はどうするんだ。公務との兼ね合いがあるだろ」

 よいしょ、と内側の足を引き抜いて縁に引っ掛ける。とても身軽な気持ちだった。
 それからユスターの問いに答える。

「今日の事、露呈して出席が取り消されても、ちゃんと別日に出られる様にしているわ。それに気が咎めるのも確かだから、出席率の問題に一枚噛もうかと」
「そうか。じゃじゃ馬なんだか律儀なんだか」
「本当は、全部未成年だからで許されたいけれど」

 中々そうもいかないので、メリットを差し出す必要がある。我儘の代償としては安いものだろう。
 眉を下げれば、ユスターはそれ以上何も言わずに頷いた。

「それじゃあ、また。フロウさんも、今度はゆっくりお茶しましょうね」

 欄干から手を離し、飛び降りた。
 刈り揃えられた芝生の上に着地して、くるりと振り返って小さく手を降る。それから校舎と寮がある中庭へと駆け出した。
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