連作SS集
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08 09 10 11 12 完
#01
昔から幽霊というものを見られる体質である。
ふよふよと空中散歩するおじいちゃんとか、川原で啜り泣く入水自殺した女の人とか、戦場で戦死した忍とか、まぁ色々と見てきた。やはり見える人というのは、普通の人からすると不気味とか、頭がおかしいとか言われる部類であり、霊からしても珍しいからか自分の未練を果たそうとか、成仏させてくれとかつきまとわれる。ぶっちゃけはた迷惑な体質だと私は思う訳だ。取り憑かれたらたまったもんじゃないので、簡易的に成仏の真似事は出来るようになり、何とかお祓いして日々を過ごしていた。
『おい、また甘いもん食うのか太るぞ』
『この前太ったって喚いてただろ? うん』
今私はこの赤髪の男と金髪の男に憑かれている。お祓いしてさっさとおさらばしようと思ったのに、コイツらには未練があるらしく成仏しない。じゃあ未練を解消すればいいんだなと思い、話を聞けば二人して芸術を極めるとか言い出した。凡人の私が叶えられるものじゃないので、仕方なくこの小煩い霊共を従えている訳だ。物凄く不本意。
「うるさい、私が何食べようが関係ないでしょ」
『じゃあ太ったとか喚くなよ』
『腹が摘めるとか言って泣いてたのはどこのどいつだ? 言ってみろ』
うるせー!! ぴーちくぱーちくと耳元で騒ぐな幽霊共!
#02
幽霊共には時間の概念が存在しない。私が食べていようが、寝ていようが、仕事をしていようが自由気ままにしている。だがやれる事は何もないらしく、二人で暇だ暇だと嘆き呟いている。そんなに暇なら成仏する努力してくれればいいのにね。そしたら二人は暇じゃなくなるし、私は平穏な日々が戻ってくる。うぃんうぃんですよ!
『はぁ、芸術製作が出来ないなんて……辛すぎる、うん』
『……傀儡に触ってねぇと落ち着かねぇ』
「はいはい、諦めなさいな」
投げやりに返すと二人して、てめぇ他人事だからってテキトーに扱いやがって、と怖い顔で睨んでくる。当たり前だわ、他人事ですもの。
『お前も何か芸術に触れてみろよ、世界が変わるぜ?』
『……コイツにセンスは無さそうだ』
『あ、確かに旦那の言う通りかも』
「(この野郎…!! 言わせておけば好き勝手言いやがって!)」
良いだろう、私の芸術センスをあんた達にお見せしてやろうじゃないか!
#03
芸術を見せてやると息巻いて、渾身の出来を奴らに突きつける。そして、どうよ。我ながら上出来でしょ? 得意げに告げると二人揃って震える。どうしたと眉をしかめれば二人して盛大に噴き出した。
『ぷっ』
『ギャハハッ! 何だよコレ!!』
目の前で口を押さえてふるふると全身を震わせる赤髪と、四つん這いでゲラゲラ笑いながら空を叩く金髪。……ちくしょー! 笑いたければ好きなだけ笑えばいいよ!
「犬だって言ってるでしょ!」
『牛にしか見えねぇ』
『どう見たら犬になるんだよっ!!』
絵のセンス無さすぎ、観察眼を鍛えろ、お前は街を牛が闊歩しているように見えるのか等、好き放題な感想を言ってくる。自信作なだけあってこんなに馬鹿にされるとは悔しい。しかも、コイツら揃ってイケメンだから笑っている姿もカッコイイとかより悔しい。ぐぬぬと歯を食いしばって耐える私に対して、笑ったと出ない涙を拭う仕草を見せる二人。
『あー久々にこんなに笑った、うん!』
『お前飽きないな……ぷっ』
「ほっとけ!」
もう二度とコイツらの前で絵なんて書かない! 心の中でそう決意していれば改めて絵をまじまじと見る二人がいる。そして、呆れた表情を浮かべながら赤髪がポツリと呟いた。
『センスはねぇと思ってたが……ここまで酷いとはな』
『旦那って容赦なく傷を抉るタイプだよな。アイツの表情見ろよ、引きつってるぞ』
『オレは事実を述べたまでだ』
『……鬼かよ』
コイツら嫌いだ!! 早く成仏しちゃえ!
#04
コイツらに憑かれてはや一ヶ月。
未だに成仏する気配はない。……あれ? これずっと憑かれている系とか? え、止めてよ。未だ消えない二人に頭を抱えていると空中で寝転がっている金髪がなぁと声をかけてきた。
『そういやさ、お前何て言うんだ? 名前』
「教えなきゃダメなの?」
何かと思えば名前を教えろと言ってきた。正直に言おう、絶対に教えたくない。だってコイツら幽霊だし、いつかは消える存在だし、教えたらより深く取り憑かれそうだし。
何て答えようか考えていると金髪が不満そうな顔で再び口を開いた。
『仲良くなったんだからいいじゃねーか』
「……いやいやいや、ちょっと待って」
この金髪は何を言っているんだ? 仲良くなったですって? ……私は仲良くするつもりはなかった、そうこれは成り行きだ。コイツらが勝手に私に取り憑いたんだ。私は取り憑いてくれなんて頼んでなんかいない、うん。……あ、金髪の口癖移った。
傍観していた赤髪が仕方ねぇだろ、お前にしか見えねぇんだからと言う。いや、だから成仏すれば問題ないんだって! そう返せばじゃあ成仏させろと無茶を言う。成仏したければ自分で未練を果たしてくれよ! 関係ない私を巻き込まないで欲しい。
『オイラはデイダラ』
『サソリ』
『で、お前は?』
「……黙秘権を行使します」
そう言ったら、その晩金縛りにあった。ふざけんな。
#05
教えるつもりはなかったが、連日襲われる金縛りに耐えられなくなって仕方なく、本当に仕方なく名前を教えた。眠りたくても眠れない、耳元で教えろと延々に囁かれ、教えなきゃどうなるか分かっただろ? と脅された。不眠不休は辛かった。そしていとも簡単に心が折れ、こいつらに逆らうのは無駄だと悟った。
疲れを滲ませて名前を口にすれば、それまでのおどろおどろしい雰囲気は忽然と消え去り、金髪はにかっと笑いながら名前を連呼して、うんうんうんと大きく頷く。赤髪もそうかとか言いながら満更じゃなさそうだ。……反応が可愛いとか思ってないぞ、断じて!!
『青子』
「何?」
『呼んだだけ』
ガキかっ! 用がないなら呼ぶなとキツく叱れば、何だよと舌打ちして不貞腐れた。口を尖らせて拗ねる金髪と静かに目を瞑っている赤髪。今まで関わるのは面倒だからと気にかけていなかったが、金髪も赤髪も見たところ若い。何で死んだんだコイツら?
「ねぇ、何で死んだの?」
『……』
『……何でって』
思った事を素直に聞けば二人とも目を丸くしている。まぁ驚くだろうな。普段コイツらが私にちょっかい出してきても、私はコイツらに進んで関わらない。だからなのか、この質問により困惑しているように見える。二人は顔を見合わせた後、口を閉ざしてしまった。
#06
沈黙が支配する部屋の中、困惑した表情で互いを見合わせる二人と答えを出すのを待つ私。数秒か、数分かどれくらいの時間が経ったか分からないが、両目を閉じた赤髪がオレ達は忍だったと静かに口にした。
重苦しく告げた赤髪の台詞に、なるほど戦死パターンか……それならば口籠るのも仕方ないと感想を心に浮かべる。彼らの最期を思い、嫌な事を思い出させて悪かったと素直に謝罪すれば、しおらしい私の台詞を聞いた赤髪が、表情を大きく歪めてお前誰だ? と問いかけてきた。
『素直に謝るなんざ気持ち悪ぃ』
「失礼だな! 謝罪を要求するっ」
『いつもは無関心なのにな』
「……だってさ、あんたら見たところ若いじゃない。私とあまり変わらなさそうだし」
そう語尾を弱めれば、金髪がぼそっとサソリの旦那は三十超えているぞって呟いた。バッと顔を上げて赤髪に目を向ければ、何見てんだと不機嫌そうな声を発する。今まで見てきた幽霊達は皆死んだ時の姿をしていた。だから赤髪も、もれなく死んだ時の姿の筈だ。……これが三十歳だと?
「断じて三十歳な訳がない」
『正確には三十五だけどな』
「はっ?!!」
サラリと訂正してきた赤髪に目玉が飛び出そうになる。三十五歳? は? どう見たって貴方十代にしか見えませんけど? 童顔だとしてもせいぜい二十代が限界だと思うんですが?
「絶対嘘だ!!」
#07
いつも通り幽霊達と過ごす毎日。段々と彼らにも慣れ始め、どうでもいい冗談も言えるようになったある日の事だった。
午後から何をしようかと頭を捻る私と、腕を組んでうたた寝する赤髪。空中でまったりとする姿はちょっと羨ましい。そんな気持ち良さそうな寝顔を浮かべる赤髪を見つめていると、金髪がいない事に気付く。いつも二人一緒に芸術はどうだのこうだの言い争っているというのに珍しい。だから静かだったのかと一人納得していると、壁からぬるりと金髪が顔を覗かせる。突然生えた金髪にびっくりして二の句も告げられずにいると、お前額当て持っていたんだなって部屋の奥に閉まっておいたモノを目ざとく見つけてきた。金髪の低い声が部屋に響くと、先程まで目を閉じていた赤髪がへぇ、意外だなと気だるげに答えた。
『何であんな所にしまってあるんだ?』
「別に何だっていいでしょ、私の勝手だってば」
金髪の質問に顔が大きく歪む。あまり私の事に深く突っ込んで欲しくない。ソレは私に取って思い出したくもない過去の遺産なんだから。口を結んで回答する気はないと、態度で示す私と首を傾げる金髪。微妙な空気が流れる間に入った赤髪は、ゆっくりと近づいて金髪へ質問を投げかけた。
『デイダラ、何処で見つけた?』
『うん? 押し入れの中の更に奥』
あっさりと答える金髪に頭を抱える。プライバシーのへったくれもない。何でそんな所をウロウロしていたんだ、こいつは…!!
そう思ったのは私だけじゃなかったらしい、赤髪も眠たそうな目を細めてじっと金髪を見つめている。そんな赤髪の視線が突き刺さり、長年一緒ゆえ、何が言いたいのか察すると金髪が慌てて弁明を始めた。
『オイラは寝床探してただけだ、うん!』
『……そういう事にしといてやる』
『嘘じゃねぇぞ! 旦那っ!!』
赤髪が軽蔑した目をしながら金髪から一歩引いた。私も引いたわ。
#08
青子は何でまたそんな所に額当てをしまっておいた? と赤髪が未だ違うんだっ! と喚く金髪を両手で抑えながら静かに問うた。忍ならば身に付けておくものだろうと。確かに彼の言う通りだ。一人前の忍の証である額当て。それを身体につけて任務に当たるのが忍という職業だ。だが、その昔忍になった私があえて額当てを外している理由……それは一つしかない。
唇を噛みしめて俯く私の様子を察した金髪が、騒ぐのを止めて赤髪と共に視線を寄越してくる。じっと見つめられる二つの眼に居た堪れなくなり、重苦しい唇をゆっくりと動かした。
「……忍を辞めたから」
『理由は?』
「…………」
『早く言え、オレは待つのは嫌いだ』
間髪を入れずに新たな質問を投げてきた赤髪に、心を土足で踏み荒らされていると感じ、眉と拳に力が入る。
「(何でコイツらに言わなきゃならないのよ)」
これ以上口に出したくなくて、チラリと目の前で腕組みしている赤髪に目を向けると顎で催促された。……話さなかったらまた金縛りに合いそうだな、それもヤダ。
こいつらが手段を選ばないのは、前回の事で十分に身に染みている。此処ではぐらかしたりしても絶対に納得するまで追及してくるだろう。何て面倒な幽霊に取り憑かれてしまったのだろうか、己の体質を恨めしく思いながらも渋々理由を口にした。
「目の前で友達が死んだから」
その時の光景が瞼の裏にくっきりと浮かぶ。甲高い悲鳴を上げながら正面から心臓を一突きされた友人。その後、担当上忍の手によって相手は地に沈んだけれど、苦悶を浮かべた表情、助けを求める震える腕、止まらない鮮血、痛いと空気を裂く声が離れない。あの日からずっとずっと耳に、記憶に、視界にこびりついて離れない。
それ以来、恐怖に捕らわれてしまった私は忍として戦うことが出来なくなってしまった。それまで技を磨くのも、チャクラの精度を上げるのも、知識を取り入れるのも進んで行っていたというのに。
悶々と当時を難しい顔で思い返していると赤髪がバッサリと切り捨てた。
『甘ぇ』
「……そこまで私には覚悟がないんだよ、だから辞めた」
忍として生きていくのなら私の考え方は一切通用しないのは、イヤというほどに分かっている。だから私は忍を捨てたんだ。
#09
何か知らないけど、第四次忍界大戦というものに招集されました。忍者を辞めてそれなりに経つのに、まさか呼ばれるなんて思わなかった。辞めてからまともに修業をしていない私が参戦したところで、足手まといにしかならないのにね。相当相手が強いとか、人数多いとか? あー、やだやだ行きたくないよ。どう考えても死ぬ未来しか見えない。
そして、あれだけうるさかった幽霊共が忽然と姿を消した。やっと成仏したようだ。うん、良かった良かった! ……なのに寂しいのは何でだろう?
「戦争なんて…」
風影様が演説しているのを参加者として聞きながら思う。戦争を拒否している自分が此処にいるのは間違いでしかないと。みんな国の為に、人の為に戦おうとしているのに私は逃げ出したくていっぱいだ。
どうして私が戦わないといけないのだろう。争いをしようとしている人間が悪いのに、何も望んでいない人間が駆り出されるのは間違っている。戦わなければ、今の生活が失われてしまうのは理解出来る。でも、あの日を思い出すと怖くていられないんだ。
演説が終わった後、能力に合わせてそれぞれの部隊に分けられる。私の能力は水遁と風遁、しかも広範囲で針状に見立てて雨のように降らせる技だ。
「青子だったか、お前は奇襲部隊だ」
「……奇襲部隊」
よりによって前線部隊とか聞いてない、本当にイヤだ。ますます死亡率高まったじゃない。盛大に顔を歪めて嫌だと拒否したら、話を聞いていた同じ部隊のオモイさんって方に諦めろって言われた。
「こういう広範囲技持ちは後方でグサッと狙うもんじゃないんですか?」
「普通は前線でばしばし戦うもんじゃん」
と、隊長に抜擢されたカンクロウさんに即答された。もーイヤだ、帰りたい。
#10
緊張した面持ちで上空を進む奇襲部隊の後方で、足取りを乱して意識を散漫させている女は私だ。一応周りに警戒はしているが、戦争なんか出たくなかったし、前線とか今にも逃げ出したい気持ちしかない。これで空気も読まずに敵とか出てきたら何もしないで逃げよう、イヤだ帰りたい。
前線部隊に任命されたのにも関わらず逃げるとか、舐めてる? って言われそうだけど、知りません。私の意志で参加したんじゃないんだもん。責任なんか取らないっ!
そんな事を考えている私の前を飛ぶ隊長とオモイさんが、何か話しているように見える。風を切る音が耳の中で渦巻いているから、何を話しているのかは分からない。ただ、此処から見える二人の表情はとても難しそうで、何かを決意を感じさせるものだと思う。
「私、本当に今戦争に参加してるんだよね……」
本当になんで私此処にいるんだろう。場違い過ぎるでしょうよ。だって、戦争だよ?! 今から私はただ敵だからという理由で人を殺しに行くんだよ!! そして、私自身も殺されるかもしれないんだよ?! ……そんなの怖いに決まっているじゃない。
あの日見た友人の顔が脳内に鮮明に浮かぶ。表情だけじゃない、私に助けを求める声、痛いと焼きついた悲鳴、止まらない赤、徐々に動きを弱くする脈。昨日のように思い出せる友人の最期。それに恐怖を抱いても仕方ないじゃないか、さっきまで元気に過ごしていた友人が、死にたくないと泣いて必死に生きようともがいても、友人の意志とは裏腹に動きを止めてしまった心臓。過ぎ行く時間を戸惑いながらただ立って見ているしか出来なかった無力な自分。そんな心弱い私が行ったところで何になる?
悶々とした気持ちを抱えたまま、隊長の下へ降りるの言葉に私達はゆっくりと森の中へ姿を潜ませた。草の上に足をつき、全員が地面へ降りるとそれぞれへの指示を飛ばしていく。上空で偵察、塹壕作り、通信係に感知に見張り。隊長は作戦の検討。そして、私は強襲に備えて迎撃。……えっ?! 迎撃?!! 嘘でしょ!!
「隊長っ!!」
「どうした、青子?」
「皆は慎重に事を進めるのに、何で私だけ戦闘要員なんですか!!」
「今のメンバーでお前が一番遠距離攻撃に秀でてるからだ」
「隊長も遠距離いけますよね! ねっ!」
「オレは隊を指揮する立場だ。攻撃に専念は出来ない。お前しか出来ない事だ」
強い目で見ながら頼んだと肩を叩いてくる隊長。この隊大嫌いだっ!! 久々の戦闘だって散々言ったのに、いきなり特攻して来いとか死ぬしかないじゃん!!
「隊長の鬼!!」
「我が侭言うな」
我が侭じゃない、これは事実だよ!!
#11
あの後ダメ元でもう一度抗議したけど、めんどくさそうに無視されました。あぁぁ、無慈悲……。しかも、嘆く私の横で隊長が穢土転生とか、いくら攻撃しても死なないとか、術者を殺しても術は解けないとか不吉な事を仰っているような? ……嘘でしょ、誰か嘘だと言って?!
塹壕の中で待つ事数分。何かを感知したザジさんが声を上げた。その瞬間、部隊に強い緊張が走る。薄暗い森の奥へ目を凝らしながら見つめていると、そこから姿を現したのは……味方の油女一族の方でした。味方だとほっと胸を撫で下ろすと同時に、隊長が待てと吠える。隊長も心配性だなぁ、味方なんだからそこまで警戒しなくてもいいじゃない。
そう思う私は、戦争が如何に自分の想像を超えた凄惨なモノかきちんと理解していなかった。甘い考えでいる私と表情を焦らせる味方、そして辺り一面が真っ白な眩しい光と爆音に包まれた。
ドキドキと今にもどこかに飛んでいってしまいそうな心臓を上から押さえつけながら、土煙の上がる空を見上げる。あの数秒で、敵の罠だと察知した隊長がイッタンさんに土遁の指示を下した。おかげで私はまだ生きていられる。だけどもし隊長の判断が遅かったら、私は今ここで息をしていなかった。
「敵……」
「次来るぞ、気を抜くな!」
隊長の鋭い声に、ゆるゆるに弛んでいた私の緊張も最高潮に達する。――死にたくない、脳内を占めるのは捨てたくない生への渇望だった。オモイさんが剣を振るうのを、後ろから見つめるも私の体は金縛りにあった時と同じで全く動かない。恐怖に負けた私は、全身を震わせながら敵意を向ける味方に怯えるしかなかった。改めて戦争の恐ろしさに対面する私と、交戦準備の整った隊長たちの目の前に大きな白い鳥が舞い降りる。
「こいつらはまだ生かしてある……さて、どうする? うん?」
「『うん?』え、めちゃくちゃ聞き覚えがある……?」
「うん? 何か最近までよく聞いてた声がする?」
そう、私はつい最近まで語尾にうんうんつける金髪を従えていた……不本意だけど。さっき聞こえた声が、何だかその金髪の声に似ている気がするんだ。しかも語尾も一緒とか……偶然にしては出来過ぎてない?
おそるおそる白い鳥の足下から上へ上へと視線をあげていくと、そこにはなんと目つきの悪い金髪がいました。
「やっぱり金髪だ!! なんでこんな所にいるの?!」
「デイダラだって言っただろうが! ちゃんと覚えろ青子っ!」
#12
何故か、私の目の前には腕組みをして鼻を鳴らす金髪。呆然とする敵と味方。そして、驚きすぎて動けない私。まさか戦争真っ只中で取り憑かれていた幽霊に出会うとは……。
「金髪、成仏したんじゃないの?」
「デイダラ」
「だから、成仏……」
「デイダラ!」
「……デイダラは成仏したんじゃないの?」
金髪って言ったら『デイダラ』って言い返された。この自己主張の強さ、間違いなく金髪だ。そんな事はすごくどうでもいい。問題はなんで金髪が此処に居るのかだ。
「穢土転生で復活したんだ、うん!」
「……そのままあの世に逝けば良かったのに」
「お前も道連れにしてやろうか?」
「ごめん、止めて。無理。死にたくない!」
小声で本音を言ったら聞こえていました。しかも、手には何か白いのを持って不敵な笑みで脅してくる。記憶が正しければ、あれは前に金髪が話していた起爆粘土とやらに間違いない。この人物騒、やだ怖い。……ん? 金髪が復活したって事はもしかして赤髪も?
「ねぇ」
「青子」
「隊長?」
「お前、なんでデイダラと知り合いなんだ?」
赤髪の事を聞こうとしたら、隊長に遮られました。しかも、もしかして抜け忍か……? なんてとんでもない言葉がぼそりと聞こえた。待って、待って! 私が抜け忍とか有り得ないから! そして、周りもなんで私から距離置いているのー! 違う、私は元一般人。平和主義の一般人だよ!
「えっと……信じられないかと思うんですけど、私霊感体質なんです」
「霊感体質?」
「はい。つい最近まで此処に居るデイダラと、赤髪に取り憑かれてました」
「赤髪?」
『赤髪』の言葉に首を傾げる隊長を見ながら、赤髪の名前を必死に思い出そうとする。何だっけ……確か、『サ』がついたのは覚えているんだ! サ、サ、サ……。
「サソリ」
「そうだ、サソリだ! ……って、いたたたっ、痛いっ?!!」
突如聞こえた『サソリ』の言葉に、金髪が助言をくれたのかと感動していれば、金髪は呆れた表情でオイラは知らねぇぞって言っている。え、じゃあ誰が助言くれたの? そして、体からミシミシって聞いた事もない音が聞こえるのは何で……?
「よぉ、久しぶりだな青子」
「ひぃっ?!」
ニタリと笑う赤髪が私に向かってなんか飛ばしてきていて、それがギシギシと嫌な音を立てていました。
#完
「青子。さっき何て言った?」
「え、えっと……デイダラとサソリに取り憑かれていました~って」
「そうか。オレには『赤髪』と聞こえたんだが……気のせいか?」
「う、うん! 気のせいじゃないかな!」
「……てめぇ、オレの目を見ながらもう一回今の台詞言ってみろ」
「すみませんでした!」
悪すぎる目つきとドスの利いた声にビビった私は素直に謝罪をしました。怖いっ、めっちゃくちゃ怖い!! 無理無理無理っあんなの迎撃出来ないよ! 正直言うと今までは幽霊だから、どうせ出来て金縛りだけだと高を括っていました。だけど、今は違う! どんどんキツく絞られる体が悲鳴を上げまくっている。きっと緊縛趣味のお姉さまもこんな中身が飛び出しそうなくらいにキツく縛られた経験はないんじゃないかな? って違う! こんな下らない事を考えている場合じゃない、早くコレをどうにかしないと!
「ねぇ、コレ外してよ!」
「断る」
「何で?!」
必死に外して欲しいとお願いしたら、即行で拒否されました。そうだった、赤髪は元からこんな人でした。外してもらえないなら抜け出すのみ……と、もがきましたが形を変えただけで一向に外れる気配はありません。
一生懸命格闘を続ける私をよそに、赤髪が隊長に向き直りました。
「……カンクロウ、取引だ」
「取引だと?」
「お前達をこのまま先に進ませてやる」
「は?」
「ただし、代わりにコイツをもらっていく」
「えぇ?! 何言ってるの?!」
格闘している間にとんでもない自体になっているよ! 私はこんな怖い赤髪と金髪の元に居たくないよ! じっと隊長を見つめていると、頬をかいていた隊長が私からふっと目を反らしました。他の面々にも視線を投げるけど、誰一人として目が合わない。え、まさか、これって……。
「交渉成立だな」
「……悪い、青子」
「隊長! 酷い、私を売るなんて!」
伸びていた糸に引っ張られながら隊長へ思いつく限りの罵倒を発する。仲間に裏切られて泣きっ面の私の耳元で、悪魔の囁きが聞こえました。
「お前には教えてやりたい事がある……色々と、な」
「い、色々?」
「あぁ、色々だ。楽しみだろう?」
愉快に嗤う赤髪に絶望していると、いつの間にか金髪まで此方に近づいてきていた。そして私と赤髪を先程の大きな白い鳥に乗せて、翼を羽ばたかせて上空へ舞い上がった。
「これからまた一緒に居られるな、青子!」
「やだ、それなんて冗談……?」
「何だ。嬉しすぎて信じられねぇなんて、少しは可愛げがあるじゃねぇか」
「違うよ! お願いだから成仏してぇぇええっ!!!」
幽霊どころか、今度はゾンビに取り憑かれる羽目になりました。私の平穏な日常を今すぐ返してっ!!
08 09 10 11 12 完
#01
昔から幽霊というものを見られる体質である。
ふよふよと空中散歩するおじいちゃんとか、川原で啜り泣く入水自殺した女の人とか、戦場で戦死した忍とか、まぁ色々と見てきた。やはり見える人というのは、普通の人からすると不気味とか、頭がおかしいとか言われる部類であり、霊からしても珍しいからか自分の未練を果たそうとか、成仏させてくれとかつきまとわれる。ぶっちゃけはた迷惑な体質だと私は思う訳だ。取り憑かれたらたまったもんじゃないので、簡易的に成仏の真似事は出来るようになり、何とかお祓いして日々を過ごしていた。
『おい、また甘いもん食うのか太るぞ』
『この前太ったって喚いてただろ? うん』
今私はこの赤髪の男と金髪の男に憑かれている。お祓いしてさっさとおさらばしようと思ったのに、コイツらには未練があるらしく成仏しない。じゃあ未練を解消すればいいんだなと思い、話を聞けば二人して芸術を極めるとか言い出した。凡人の私が叶えられるものじゃないので、仕方なくこの小煩い霊共を従えている訳だ。物凄く不本意。
「うるさい、私が何食べようが関係ないでしょ」
『じゃあ太ったとか喚くなよ』
『腹が摘めるとか言って泣いてたのはどこのどいつだ? 言ってみろ』
うるせー!! ぴーちくぱーちくと耳元で騒ぐな幽霊共!
#02
幽霊共には時間の概念が存在しない。私が食べていようが、寝ていようが、仕事をしていようが自由気ままにしている。だがやれる事は何もないらしく、二人で暇だ暇だと嘆き呟いている。そんなに暇なら成仏する努力してくれればいいのにね。そしたら二人は暇じゃなくなるし、私は平穏な日々が戻ってくる。うぃんうぃんですよ!
『はぁ、芸術製作が出来ないなんて……辛すぎる、うん』
『……傀儡に触ってねぇと落ち着かねぇ』
「はいはい、諦めなさいな」
投げやりに返すと二人して、てめぇ他人事だからってテキトーに扱いやがって、と怖い顔で睨んでくる。当たり前だわ、他人事ですもの。
『お前も何か芸術に触れてみろよ、世界が変わるぜ?』
『……コイツにセンスは無さそうだ』
『あ、確かに旦那の言う通りかも』
「(この野郎…!! 言わせておけば好き勝手言いやがって!)」
良いだろう、私の芸術センスをあんた達にお見せしてやろうじゃないか!
#03
芸術を見せてやると息巻いて、渾身の出来を奴らに突きつける。そして、どうよ。我ながら上出来でしょ? 得意げに告げると二人揃って震える。どうしたと眉をしかめれば二人して盛大に噴き出した。
『ぷっ』
『ギャハハッ! 何だよコレ!!』
目の前で口を押さえてふるふると全身を震わせる赤髪と、四つん這いでゲラゲラ笑いながら空を叩く金髪。……ちくしょー! 笑いたければ好きなだけ笑えばいいよ!
「犬だって言ってるでしょ!」
『牛にしか見えねぇ』
『どう見たら犬になるんだよっ!!』
絵のセンス無さすぎ、観察眼を鍛えろ、お前は街を牛が闊歩しているように見えるのか等、好き放題な感想を言ってくる。自信作なだけあってこんなに馬鹿にされるとは悔しい。しかも、コイツら揃ってイケメンだから笑っている姿もカッコイイとかより悔しい。ぐぬぬと歯を食いしばって耐える私に対して、笑ったと出ない涙を拭う仕草を見せる二人。
『あー久々にこんなに笑った、うん!』
『お前飽きないな……ぷっ』
「ほっとけ!」
もう二度とコイツらの前で絵なんて書かない! 心の中でそう決意していれば改めて絵をまじまじと見る二人がいる。そして、呆れた表情を浮かべながら赤髪がポツリと呟いた。
『センスはねぇと思ってたが……ここまで酷いとはな』
『旦那って容赦なく傷を抉るタイプだよな。アイツの表情見ろよ、引きつってるぞ』
『オレは事実を述べたまでだ』
『……鬼かよ』
コイツら嫌いだ!! 早く成仏しちゃえ!
#04
コイツらに憑かれてはや一ヶ月。
未だに成仏する気配はない。……あれ? これずっと憑かれている系とか? え、止めてよ。未だ消えない二人に頭を抱えていると空中で寝転がっている金髪がなぁと声をかけてきた。
『そういやさ、お前何て言うんだ? 名前』
「教えなきゃダメなの?」
何かと思えば名前を教えろと言ってきた。正直に言おう、絶対に教えたくない。だってコイツら幽霊だし、いつかは消える存在だし、教えたらより深く取り憑かれそうだし。
何て答えようか考えていると金髪が不満そうな顔で再び口を開いた。
『仲良くなったんだからいいじゃねーか』
「……いやいやいや、ちょっと待って」
この金髪は何を言っているんだ? 仲良くなったですって? ……私は仲良くするつもりはなかった、そうこれは成り行きだ。コイツらが勝手に私に取り憑いたんだ。私は取り憑いてくれなんて頼んでなんかいない、うん。……あ、金髪の口癖移った。
傍観していた赤髪が仕方ねぇだろ、お前にしか見えねぇんだからと言う。いや、だから成仏すれば問題ないんだって! そう返せばじゃあ成仏させろと無茶を言う。成仏したければ自分で未練を果たしてくれよ! 関係ない私を巻き込まないで欲しい。
『オイラはデイダラ』
『サソリ』
『で、お前は?』
「……黙秘権を行使します」
そう言ったら、その晩金縛りにあった。ふざけんな。
#05
教えるつもりはなかったが、連日襲われる金縛りに耐えられなくなって仕方なく、本当に仕方なく名前を教えた。眠りたくても眠れない、耳元で教えろと延々に囁かれ、教えなきゃどうなるか分かっただろ? と脅された。不眠不休は辛かった。そしていとも簡単に心が折れ、こいつらに逆らうのは無駄だと悟った。
疲れを滲ませて名前を口にすれば、それまでのおどろおどろしい雰囲気は忽然と消え去り、金髪はにかっと笑いながら名前を連呼して、うんうんうんと大きく頷く。赤髪もそうかとか言いながら満更じゃなさそうだ。……反応が可愛いとか思ってないぞ、断じて!!
『青子』
「何?」
『呼んだだけ』
ガキかっ! 用がないなら呼ぶなとキツく叱れば、何だよと舌打ちして不貞腐れた。口を尖らせて拗ねる金髪と静かに目を瞑っている赤髪。今まで関わるのは面倒だからと気にかけていなかったが、金髪も赤髪も見たところ若い。何で死んだんだコイツら?
「ねぇ、何で死んだの?」
『……』
『……何でって』
思った事を素直に聞けば二人とも目を丸くしている。まぁ驚くだろうな。普段コイツらが私にちょっかい出してきても、私はコイツらに進んで関わらない。だからなのか、この質問により困惑しているように見える。二人は顔を見合わせた後、口を閉ざしてしまった。
#06
沈黙が支配する部屋の中、困惑した表情で互いを見合わせる二人と答えを出すのを待つ私。数秒か、数分かどれくらいの時間が経ったか分からないが、両目を閉じた赤髪がオレ達は忍だったと静かに口にした。
重苦しく告げた赤髪の台詞に、なるほど戦死パターンか……それならば口籠るのも仕方ないと感想を心に浮かべる。彼らの最期を思い、嫌な事を思い出させて悪かったと素直に謝罪すれば、しおらしい私の台詞を聞いた赤髪が、表情を大きく歪めてお前誰だ? と問いかけてきた。
『素直に謝るなんざ気持ち悪ぃ』
「失礼だな! 謝罪を要求するっ」
『いつもは無関心なのにな』
「……だってさ、あんたら見たところ若いじゃない。私とあまり変わらなさそうだし」
そう語尾を弱めれば、金髪がぼそっとサソリの旦那は三十超えているぞって呟いた。バッと顔を上げて赤髪に目を向ければ、何見てんだと不機嫌そうな声を発する。今まで見てきた幽霊達は皆死んだ時の姿をしていた。だから赤髪も、もれなく死んだ時の姿の筈だ。……これが三十歳だと?
「断じて三十歳な訳がない」
『正確には三十五だけどな』
「はっ?!!」
サラリと訂正してきた赤髪に目玉が飛び出そうになる。三十五歳? は? どう見たって貴方十代にしか見えませんけど? 童顔だとしてもせいぜい二十代が限界だと思うんですが?
「絶対嘘だ!!」
#07
いつも通り幽霊達と過ごす毎日。段々と彼らにも慣れ始め、どうでもいい冗談も言えるようになったある日の事だった。
午後から何をしようかと頭を捻る私と、腕を組んでうたた寝する赤髪。空中でまったりとする姿はちょっと羨ましい。そんな気持ち良さそうな寝顔を浮かべる赤髪を見つめていると、金髪がいない事に気付く。いつも二人一緒に芸術はどうだのこうだの言い争っているというのに珍しい。だから静かだったのかと一人納得していると、壁からぬるりと金髪が顔を覗かせる。突然生えた金髪にびっくりして二の句も告げられずにいると、お前額当て持っていたんだなって部屋の奥に閉まっておいたモノを目ざとく見つけてきた。金髪の低い声が部屋に響くと、先程まで目を閉じていた赤髪がへぇ、意外だなと気だるげに答えた。
『何であんな所にしまってあるんだ?』
「別に何だっていいでしょ、私の勝手だってば」
金髪の質問に顔が大きく歪む。あまり私の事に深く突っ込んで欲しくない。ソレは私に取って思い出したくもない過去の遺産なんだから。口を結んで回答する気はないと、態度で示す私と首を傾げる金髪。微妙な空気が流れる間に入った赤髪は、ゆっくりと近づいて金髪へ質問を投げかけた。
『デイダラ、何処で見つけた?』
『うん? 押し入れの中の更に奥』
あっさりと答える金髪に頭を抱える。プライバシーのへったくれもない。何でそんな所をウロウロしていたんだ、こいつは…!!
そう思ったのは私だけじゃなかったらしい、赤髪も眠たそうな目を細めてじっと金髪を見つめている。そんな赤髪の視線が突き刺さり、長年一緒ゆえ、何が言いたいのか察すると金髪が慌てて弁明を始めた。
『オイラは寝床探してただけだ、うん!』
『……そういう事にしといてやる』
『嘘じゃねぇぞ! 旦那っ!!』
赤髪が軽蔑した目をしながら金髪から一歩引いた。私も引いたわ。
#08
青子は何でまたそんな所に額当てをしまっておいた? と赤髪が未だ違うんだっ! と喚く金髪を両手で抑えながら静かに問うた。忍ならば身に付けておくものだろうと。確かに彼の言う通りだ。一人前の忍の証である額当て。それを身体につけて任務に当たるのが忍という職業だ。だが、その昔忍になった私があえて額当てを外している理由……それは一つしかない。
唇を噛みしめて俯く私の様子を察した金髪が、騒ぐのを止めて赤髪と共に視線を寄越してくる。じっと見つめられる二つの眼に居た堪れなくなり、重苦しい唇をゆっくりと動かした。
「……忍を辞めたから」
『理由は?』
「…………」
『早く言え、オレは待つのは嫌いだ』
間髪を入れずに新たな質問を投げてきた赤髪に、心を土足で踏み荒らされていると感じ、眉と拳に力が入る。
「(何でコイツらに言わなきゃならないのよ)」
これ以上口に出したくなくて、チラリと目の前で腕組みしている赤髪に目を向けると顎で催促された。……話さなかったらまた金縛りに合いそうだな、それもヤダ。
こいつらが手段を選ばないのは、前回の事で十分に身に染みている。此処ではぐらかしたりしても絶対に納得するまで追及してくるだろう。何て面倒な幽霊に取り憑かれてしまったのだろうか、己の体質を恨めしく思いながらも渋々理由を口にした。
「目の前で友達が死んだから」
その時の光景が瞼の裏にくっきりと浮かぶ。甲高い悲鳴を上げながら正面から心臓を一突きされた友人。その後、担当上忍の手によって相手は地に沈んだけれど、苦悶を浮かべた表情、助けを求める震える腕、止まらない鮮血、痛いと空気を裂く声が離れない。あの日からずっとずっと耳に、記憶に、視界にこびりついて離れない。
それ以来、恐怖に捕らわれてしまった私は忍として戦うことが出来なくなってしまった。それまで技を磨くのも、チャクラの精度を上げるのも、知識を取り入れるのも進んで行っていたというのに。
悶々と当時を難しい顔で思い返していると赤髪がバッサリと切り捨てた。
『甘ぇ』
「……そこまで私には覚悟がないんだよ、だから辞めた」
忍として生きていくのなら私の考え方は一切通用しないのは、イヤというほどに分かっている。だから私は忍を捨てたんだ。
#09
何か知らないけど、第四次忍界大戦というものに招集されました。忍者を辞めてそれなりに経つのに、まさか呼ばれるなんて思わなかった。辞めてからまともに修業をしていない私が参戦したところで、足手まといにしかならないのにね。相当相手が強いとか、人数多いとか? あー、やだやだ行きたくないよ。どう考えても死ぬ未来しか見えない。
そして、あれだけうるさかった幽霊共が忽然と姿を消した。やっと成仏したようだ。うん、良かった良かった! ……なのに寂しいのは何でだろう?
「戦争なんて…」
風影様が演説しているのを参加者として聞きながら思う。戦争を拒否している自分が此処にいるのは間違いでしかないと。みんな国の為に、人の為に戦おうとしているのに私は逃げ出したくていっぱいだ。
どうして私が戦わないといけないのだろう。争いをしようとしている人間が悪いのに、何も望んでいない人間が駆り出されるのは間違っている。戦わなければ、今の生活が失われてしまうのは理解出来る。でも、あの日を思い出すと怖くていられないんだ。
演説が終わった後、能力に合わせてそれぞれの部隊に分けられる。私の能力は水遁と風遁、しかも広範囲で針状に見立てて雨のように降らせる技だ。
「青子だったか、お前は奇襲部隊だ」
「……奇襲部隊」
よりによって前線部隊とか聞いてない、本当にイヤだ。ますます死亡率高まったじゃない。盛大に顔を歪めて嫌だと拒否したら、話を聞いていた同じ部隊のオモイさんって方に諦めろって言われた。
「こういう広範囲技持ちは後方でグサッと狙うもんじゃないんですか?」
「普通は前線でばしばし戦うもんじゃん」
と、隊長に抜擢されたカンクロウさんに即答された。もーイヤだ、帰りたい。
#10
緊張した面持ちで上空を進む奇襲部隊の後方で、足取りを乱して意識を散漫させている女は私だ。一応周りに警戒はしているが、戦争なんか出たくなかったし、前線とか今にも逃げ出したい気持ちしかない。これで空気も読まずに敵とか出てきたら何もしないで逃げよう、イヤだ帰りたい。
前線部隊に任命されたのにも関わらず逃げるとか、舐めてる? って言われそうだけど、知りません。私の意志で参加したんじゃないんだもん。責任なんか取らないっ!
そんな事を考えている私の前を飛ぶ隊長とオモイさんが、何か話しているように見える。風を切る音が耳の中で渦巻いているから、何を話しているのかは分からない。ただ、此処から見える二人の表情はとても難しそうで、何かを決意を感じさせるものだと思う。
「私、本当に今戦争に参加してるんだよね……」
本当になんで私此処にいるんだろう。場違い過ぎるでしょうよ。だって、戦争だよ?! 今から私はただ敵だからという理由で人を殺しに行くんだよ!! そして、私自身も殺されるかもしれないんだよ?! ……そんなの怖いに決まっているじゃない。
あの日見た友人の顔が脳内に鮮明に浮かぶ。表情だけじゃない、私に助けを求める声、痛いと焼きついた悲鳴、止まらない赤、徐々に動きを弱くする脈。昨日のように思い出せる友人の最期。それに恐怖を抱いても仕方ないじゃないか、さっきまで元気に過ごしていた友人が、死にたくないと泣いて必死に生きようともがいても、友人の意志とは裏腹に動きを止めてしまった心臓。過ぎ行く時間を戸惑いながらただ立って見ているしか出来なかった無力な自分。そんな心弱い私が行ったところで何になる?
悶々とした気持ちを抱えたまま、隊長の下へ降りるの言葉に私達はゆっくりと森の中へ姿を潜ませた。草の上に足をつき、全員が地面へ降りるとそれぞれへの指示を飛ばしていく。上空で偵察、塹壕作り、通信係に感知に見張り。隊長は作戦の検討。そして、私は強襲に備えて迎撃。……えっ?! 迎撃?!! 嘘でしょ!!
「隊長っ!!」
「どうした、青子?」
「皆は慎重に事を進めるのに、何で私だけ戦闘要員なんですか!!」
「今のメンバーでお前が一番遠距離攻撃に秀でてるからだ」
「隊長も遠距離いけますよね! ねっ!」
「オレは隊を指揮する立場だ。攻撃に専念は出来ない。お前しか出来ない事だ」
強い目で見ながら頼んだと肩を叩いてくる隊長。この隊大嫌いだっ!! 久々の戦闘だって散々言ったのに、いきなり特攻して来いとか死ぬしかないじゃん!!
「隊長の鬼!!」
「我が侭言うな」
我が侭じゃない、これは事実だよ!!
#11
あの後ダメ元でもう一度抗議したけど、めんどくさそうに無視されました。あぁぁ、無慈悲……。しかも、嘆く私の横で隊長が穢土転生とか、いくら攻撃しても死なないとか、術者を殺しても術は解けないとか不吉な事を仰っているような? ……嘘でしょ、誰か嘘だと言って?!
塹壕の中で待つ事数分。何かを感知したザジさんが声を上げた。その瞬間、部隊に強い緊張が走る。薄暗い森の奥へ目を凝らしながら見つめていると、そこから姿を現したのは……味方の油女一族の方でした。味方だとほっと胸を撫で下ろすと同時に、隊長が待てと吠える。隊長も心配性だなぁ、味方なんだからそこまで警戒しなくてもいいじゃない。
そう思う私は、戦争が如何に自分の想像を超えた凄惨なモノかきちんと理解していなかった。甘い考えでいる私と表情を焦らせる味方、そして辺り一面が真っ白な眩しい光と爆音に包まれた。
ドキドキと今にもどこかに飛んでいってしまいそうな心臓を上から押さえつけながら、土煙の上がる空を見上げる。あの数秒で、敵の罠だと察知した隊長がイッタンさんに土遁の指示を下した。おかげで私はまだ生きていられる。だけどもし隊長の判断が遅かったら、私は今ここで息をしていなかった。
「敵……」
「次来るぞ、気を抜くな!」
隊長の鋭い声に、ゆるゆるに弛んでいた私の緊張も最高潮に達する。――死にたくない、脳内を占めるのは捨てたくない生への渇望だった。オモイさんが剣を振るうのを、後ろから見つめるも私の体は金縛りにあった時と同じで全く動かない。恐怖に負けた私は、全身を震わせながら敵意を向ける味方に怯えるしかなかった。改めて戦争の恐ろしさに対面する私と、交戦準備の整った隊長たちの目の前に大きな白い鳥が舞い降りる。
「こいつらはまだ生かしてある……さて、どうする? うん?」
「『うん?』え、めちゃくちゃ聞き覚えがある……?」
「うん? 何か最近までよく聞いてた声がする?」
そう、私はつい最近まで語尾にうんうんつける金髪を従えていた……不本意だけど。さっき聞こえた声が、何だかその金髪の声に似ている気がするんだ。しかも語尾も一緒とか……偶然にしては出来過ぎてない?
おそるおそる白い鳥の足下から上へ上へと視線をあげていくと、そこにはなんと目つきの悪い金髪がいました。
「やっぱり金髪だ!! なんでこんな所にいるの?!」
「デイダラだって言っただろうが! ちゃんと覚えろ青子っ!」
#12
何故か、私の目の前には腕組みをして鼻を鳴らす金髪。呆然とする敵と味方。そして、驚きすぎて動けない私。まさか戦争真っ只中で取り憑かれていた幽霊に出会うとは……。
「金髪、成仏したんじゃないの?」
「デイダラ」
「だから、成仏……」
「デイダラ!」
「……デイダラは成仏したんじゃないの?」
金髪って言ったら『デイダラ』って言い返された。この自己主張の強さ、間違いなく金髪だ。そんな事はすごくどうでもいい。問題はなんで金髪が此処に居るのかだ。
「穢土転生で復活したんだ、うん!」
「……そのままあの世に逝けば良かったのに」
「お前も道連れにしてやろうか?」
「ごめん、止めて。無理。死にたくない!」
小声で本音を言ったら聞こえていました。しかも、手には何か白いのを持って不敵な笑みで脅してくる。記憶が正しければ、あれは前に金髪が話していた起爆粘土とやらに間違いない。この人物騒、やだ怖い。……ん? 金髪が復活したって事はもしかして赤髪も?
「ねぇ」
「青子」
「隊長?」
「お前、なんでデイダラと知り合いなんだ?」
赤髪の事を聞こうとしたら、隊長に遮られました。しかも、もしかして抜け忍か……? なんてとんでもない言葉がぼそりと聞こえた。待って、待って! 私が抜け忍とか有り得ないから! そして、周りもなんで私から距離置いているのー! 違う、私は元一般人。平和主義の一般人だよ!
「えっと……信じられないかと思うんですけど、私霊感体質なんです」
「霊感体質?」
「はい。つい最近まで此処に居るデイダラと、赤髪に取り憑かれてました」
「赤髪?」
『赤髪』の言葉に首を傾げる隊長を見ながら、赤髪の名前を必死に思い出そうとする。何だっけ……確か、『サ』がついたのは覚えているんだ! サ、サ、サ……。
「サソリ」
「そうだ、サソリだ! ……って、いたたたっ、痛いっ?!!」
突如聞こえた『サソリ』の言葉に、金髪が助言をくれたのかと感動していれば、金髪は呆れた表情でオイラは知らねぇぞって言っている。え、じゃあ誰が助言くれたの? そして、体からミシミシって聞いた事もない音が聞こえるのは何で……?
「よぉ、久しぶりだな青子」
「ひぃっ?!」
ニタリと笑う赤髪が私に向かってなんか飛ばしてきていて、それがギシギシと嫌な音を立てていました。
#完
「青子。さっき何て言った?」
「え、えっと……デイダラとサソリに取り憑かれていました~って」
「そうか。オレには『赤髪』と聞こえたんだが……気のせいか?」
「う、うん! 気のせいじゃないかな!」
「……てめぇ、オレの目を見ながらもう一回今の台詞言ってみろ」
「すみませんでした!」
悪すぎる目つきとドスの利いた声にビビった私は素直に謝罪をしました。怖いっ、めっちゃくちゃ怖い!! 無理無理無理っあんなの迎撃出来ないよ! 正直言うと今までは幽霊だから、どうせ出来て金縛りだけだと高を括っていました。だけど、今は違う! どんどんキツく絞られる体が悲鳴を上げまくっている。きっと緊縛趣味のお姉さまもこんな中身が飛び出しそうなくらいにキツく縛られた経験はないんじゃないかな? って違う! こんな下らない事を考えている場合じゃない、早くコレをどうにかしないと!
「ねぇ、コレ外してよ!」
「断る」
「何で?!」
必死に外して欲しいとお願いしたら、即行で拒否されました。そうだった、赤髪は元からこんな人でした。外してもらえないなら抜け出すのみ……と、もがきましたが形を変えただけで一向に外れる気配はありません。
一生懸命格闘を続ける私をよそに、赤髪が隊長に向き直りました。
「……カンクロウ、取引だ」
「取引だと?」
「お前達をこのまま先に進ませてやる」
「は?」
「ただし、代わりにコイツをもらっていく」
「えぇ?! 何言ってるの?!」
格闘している間にとんでもない自体になっているよ! 私はこんな怖い赤髪と金髪の元に居たくないよ! じっと隊長を見つめていると、頬をかいていた隊長が私からふっと目を反らしました。他の面々にも視線を投げるけど、誰一人として目が合わない。え、まさか、これって……。
「交渉成立だな」
「……悪い、青子」
「隊長! 酷い、私を売るなんて!」
伸びていた糸に引っ張られながら隊長へ思いつく限りの罵倒を発する。仲間に裏切られて泣きっ面の私の耳元で、悪魔の囁きが聞こえました。
「お前には教えてやりたい事がある……色々と、な」
「い、色々?」
「あぁ、色々だ。楽しみだろう?」
愉快に嗤う赤髪に絶望していると、いつの間にか金髪まで此方に近づいてきていた。そして私と赤髪を先程の大きな白い鳥に乗せて、翼を羽ばたかせて上空へ舞い上がった。
「これからまた一緒に居られるな、青子!」
「やだ、それなんて冗談……?」
「何だ。嬉しすぎて信じられねぇなんて、少しは可愛げがあるじゃねぇか」
「違うよ! お願いだから成仏してぇぇええっ!!!」
幽霊どころか、今度はゾンビに取り憑かれる羽目になりました。私の平穏な日常を今すぐ返してっ!!
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