捧げ物
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「これがデイダラだと何度言わせるつもりだ!」
「サソリさん、そういうオヤジギャグ止めて下さいよ。全く笑えませんから」
「ぶっ殺すぞ、青子」
イラつくサソリさんの前で盛大にため息をつく。サソリさんさ、おちゃめ路線目指そうとしているのかわかりませんが、目の前でぶらぶらさせている物体がデイダラなんてつまらない冗談は止めて欲しい。本当にうけないし、寒いって知らないのかな。
表情を歪めてソレを見つめていれば、てめぇまだ信じてねぇのかとドスの効いた声がする。低い沸点が頂点に達したらしく、こいつが正真正銘デイダラなんだよっ! と叫びながら顔に向かって投げつけられた。
「ニャーーー!!」
「サソリさん、動物虐待!!」
低い悲鳴を上げて飛んできた物体、『茶トラの猫』を落とさないようにキャッチして文句を言えば、信じない青子が悪いと返ってくる。ついでに世話もしろと言って去って行ってしまった。毛が取れねぇとか爪を立てやがったなんてぶつくさと恨み節が聞こえるが正直どうでもいい。問題は腕の中のこの猫だ。脇を掴んで視線がぶつかる位置まで持ち上げて隅々まで見回す。何処をどう見たってただの猫。本当に普通のどこにでもいそうな猫。だけど、あのサソリさんが食ってかかってきたってことは……実は本当にデイダラとか? いや、仮にデイダラだと信じてお世話し始めたら、ただの猫を本当にデイダラだと思っていたのか、おめでたい頭だなって悪魔のようにゲラゲラ笑うサソリさんとデイダラの姿が容易に浮かぶ。あの二人はそういうくだらないことをやりかねない。たまにどうでもいいことに全力を尽くすのをどうにかしてもらえないだろうか。専ら被害者は私だ。曰く、簡単に引っかかる。反応が面白い、飽きないだとか……。そうやって散々私は二人にからかわれまくってきたのだ。だから今度こそ騙されたくない。
「お前、本当にデイダラなの?」
「ニャー」
目の前で大人しく持ち上げられている猫に向かって話しかければ、気の抜ける鳴き声が返ってきた。
その日の夜、晩ご飯を食べている私の横で茶トラがじっと視線を寄越していた。あの後わざわざ街まで行ってキャットフードを買ってきたのに、それには一切目をくれず、私の箸にあるおでんのはんぺんをずっと追っている。はんぺんを右に振れば首が右に、左に振れば同じく左に向かう。それにやたらと口周りをぺろぺろ舐めている気がする。
「……はんぺんが食べたいとか?」
「ニャー」
もしかして食べたいんじゃないだろうかと疑問が浮かぶ。でも、動物に人間の食べるものをあげるのは身体のことを考えると良くないと聞く。それでもキラキラと輝いた目ではんぺんを見つめている姿を見てしまった以上、ダメだよなんて言えない。それにこの子キャットフード食べないから、ちょっとだけなら大丈夫だよね……。
「ちょっとだけだからね」
そう言ってちぎったはんぺんを手のひらに乗せればなぁと鳴いてから食べ始める。手の中のはんぺんがキレイに無くなってしまうと茶トラはじっとこちらに熱い視線を送る。おかわりが欲しいのだろうか。これで最後だよと言いながら、結局はんぺん一枚を茶トラに与えてしまった。やってしまったと頭を抱える私の横で、茶トラは満足そうに伸びをしていた。
ご飯を食べ終えてからお風呂に入ろうと脱衣所に向かえば、ちょこちょこと後を追ってくる茶トラ。お風呂に入るから着いてこなくていいんだよと言っても着いてくる。私が走れば茶トラも走って、私が止まれば横にピタリと並ぶ。そんなことを繰り返していれば、脱衣所に着いてしまう。中に入らないようにさっさと扉を閉めようと思っても、相手は身軽な猫。スルリと間を抜けて入ってきてしまった。なぁと鳴いてこちらを見てくる姿は可愛い。可愛いが私はお風呂に入らないといけないんだ。
「茶トラ、私はお風呂に入りたいんだ」
「なぁ」
「君はお風呂に入らないでしょ? 先に寝室で待っててよ」
顎を撫でればゴロゴロと機嫌よく鳴きだす茶トラ。しかし、脚は一向に動く気配を見せない。持ち上げようと腕を伸ばせば、察知して逃げてしまう。この行動を見る限り説得してもきっと此処から動く事ことはなさそうだ。頑なな態度にはぁと大きな息を吐く。どうにもならないなら仕方ない、早々に諦めて洋服へと腕を伸ばした。
全てを脱ぎ捨てて浴室へ足を踏み入れれば、動かなかった茶トラが後を追う。
「君もお風呂に入りたかったんだ」
随分変わった猫だと思いながら洗面器に湯を溜めてあげれば、待っていましたとばかりにその身を沈めてしまった。至福を浮かべて湯に浸かる猫。茶トラはキレイ好きなんだろうなぁと思いながら同じく湯船に浸かり、疲れを癒すことにした。
お風呂から上がってびしょ濡れの茶トラにドライヤーをかけ、その後自分の髪の毛もしっかりと乾かす。寝る準備を終えてベッドに向かえば、先に布団の上で丸くなる茶トラが目に入った。
「おやすみ」
サラサラの背を撫でてから布団に入り、そっと目を閉じた。良い夢が見られますように。
あれから一週間。茶トラとの生活は順調である。茶トラは猫らしくない猫だ。まずご飯はキャットフードを口にしない。私が絶対に食べさせようと色々工夫をしても食べない。私も私で頑なにそれ以外やらんと心を鬼にしていれば、文句があるようでやたらニャーニャー鳴く。それさえも無視してご飯を食べ続けていたら横からおかずのハムをさらわれてしまった。それ以来、茶トラにキャットフードを食べさせるのを諦めた。
茶トラは何故か毎日お風呂に入りたがる。私が黙ってお風呂に入ろうと部屋を出ればいつの間にか後ろでちょこんと座っているのだ。そして、早く入るぞと浴室の扉を開けるよう催促する。汚いよりはずっといいけど、猫って毎日お風呂に入れてもいいのだろうか。
最後、絶対に一人で寝ない。私が寝ないとわかれば寝るまで近くにずっと一緒にいる。先に寝るように促しても動かない。あまりにもしつこいと膝の上に乗って寝てしまう。寂しがりの性格なのかもしれない。
そんなわけで意外にも私は茶トラとの生活が楽しみになり始めている。今までペットは飼ったことがないし、自分がきちんとお世話を出来るか不安だったが、茶トラは良い子だし、手もかからない。すごく飼いやすい猫で良かった。
「おい」
「あ、サソリさん」
一週間ぶりにサソリさんを見かけた。あれからどうしたと問いかけてきた彼に何がですかと質問を返せば、デイダラのことだと返事がくる。そういえばデイダラどこに行ったんだろう。近頃全く見かけない。任務ならサソリさんと行くはずなのに、一人で行動しているのだろうか。
「デイダラ、最近見かけないですよね」
「まだふざけたこと言ってんのか、あの猫はどうしている?」
「茶トラなら元気にしてますよ、一緒にお風呂に入ったり寝たりしてます」
「……ほぉ」
私の台詞を聞くや否やニヤリと怪しい笑みを口元に浮かべるサソリさん。こういう表情を浮かべる時はイヤなことが起こる前触れだ。何ですか、その表情はと口にすれば楽しいことになっているじゃねぇかとくつくつ笑っている。肩を震わせる彼を目にして不安が押し寄せる。え、まさか本当にあの猫がデイダラなの……。
「ねぇ、サソリさん。あの猫……」
「言っただろう? あの猫こそデイダラだと」
「……冗談ですよね? いつもの悪ふざけですよね?」
「こんな下らねぇ冗談、誰が言うか」
きっぱりと言いきった彼に私の表情筋から力が抜ける。私は知らないとはいえデイダラに素っ裸を見せてしまったし、ずっと一緒に寝ていた……。顔に一気に熱があがる。火が吹くとは正しくこういう時に使うのだろう。茶トラにどうやって会えばいいんだと頭を悩ませる私に呆れかえった目を向けるサソリさん。そして、ゆっくりと口を開いた。
「オレの話を信じなかったてめぇが悪い」
サソリさんの言葉を聞いてからふらふらとした足取りで帰ってきた。本当にどうしよう。付き合ってもいない男の人に素っ裸を見せるなんて、もうお嫁に行けない。絶望の淵に立たされながら自室の扉を静かに開ければ、耳が痛くなるくらいに静まり返っている。――もしかしてデイダラはどこかに出かけているのかもしれない。なら帰ってくる前に入れないようにしてしまえばこっちのものだ。素早く扉を閉めて部屋に引きこもることにした。
「サソリさんもなんでもっと強く言ってくれないんだよ」
もっと真剣に言ってくれればちゃんとデイダラだって信じたのに。ベッドに腰かけながら、かの人に文句を垂れる。本人を前にして口にすることは出来ない。もし口にしたら何倍になって返ってくるのやら……。いたぶる癖のある彼を想像して背がブルリと震える。サソリさんを怒らせてはいけない。もし怒らせたら毒を盛られるに違いない。まだ死にたくないとあれこれ考えていれば足首辺りが急に温かくなる。何だろうと足元へ視線を向ければ、そこには茶色の毛玉が……。
「デ、デイダラ……」
「何だバレちまったのか、うん」
低い聞き馴染みのある声が聞こえたと思ったら膝にずっしりと重みを感じる。空色の目を光らせて私を見るのはこの一週間ペットだと思って可愛がっていた茶トラことデイダラだ。やっぱり本当にデイダラだったんだと目を丸くする私を尻目にデイダラが話し始めた。
「早々に気付かれるかと思ったが……ちょろいな」
「いや、人間が猫になれるなんて思うわけないじゃない」
「サソリの旦那がモノは試しに作ってみたっていうから、飲んでみたんだよ」
「なんであの人はそんなくだらない薬を作り出すのっ?!」
余計なことしかしないじゃないか、あのおっさんは! と悲鳴を上げる私の頬をざらついた何かが掠める。びっくりして固まっていれば舌なめずりする猫のデイダラ。ニヒルな笑みを浮かべてなぁと声を発した彼に背筋が伸びた。
「もう茶トラって呼んでくれないのかい? それにオイラ達一緒に風呂にも入った仲だろ? うん?」
「デ、デイダラ……そのお風呂のことを忘れてもらえませんかね?」
「断る」
すぐ返ってきた言葉に頭を抱えた。私はこれからもずっとデイダラにお風呂ネタを引きずられるというのか。あぁ、イヤだ。もうどうすればいい。そんなことを考えていれば首筋にまたもやざらつきを感じる。
「デイダラ、や、止めて」
「止めねぇ。……青子、なんでオイラが猫になったかわかるか?」
「え……?」
少し考えて悪ふざけと小さく答えれば違うと即答される。素直にわからないと言えばそっぽを向いてしまった。さっきまでの自信満々な姿は消え去り、俯いてしまっている。急に背を丸めて小さくなってしまった彼の名前を呼べば、もぞもぞとひげが動き出した。
「……猫になったら、青子とずっと一緒にいれると思ったからだよっ」
「……えっと、つまり?」
「この鈍感女! オイラは青子がずっと好きなんだ! うん!」
耳も毛もしっぽも逆立てたデイダラ。予想だにもしない発言に頭が混乱する。え、だって今までデイダラはサソリさんと一緒に私をからかっていじり倒してきたじゃないか。なのに、好きってどういうことだ、意味がわからない。
「青子が可愛くて、ついいじめたくなっちまうんだよ」
「……」
「で、今更好きだって言ったところでお前信じないだろ? また悪ふざけだって」
「うん」
「だから、だよ……うん」
ひげを震わせて言いきったデイダラに言葉が出てこない。デイダラが私のことを好き……? 嘘でしょ。冗談だと思われるからってこんな回りくどいことをしたのも信じられない。
ポカンとダラしなく開ける口に当たる毛むくじゃら。すると、茶トラがいつものデイダラの姿に変わる。キスで姿が変わるなんてサソリさんものすごく可愛い演出をしますね、なんて逃避をしていればがっしりと肩を掴まれた。
「で、返事は?」
「え? ちょ……えぇ?!」
「イヤじゃねぇなら、オイラは好きだと受け取るぞ」
「……イヤじゃないです」
「そうか」
目をぱちくりさせた後、頬を桜色に染めてニカっと口元に嬉しさをにじませたデイダラの笑顔に心臓がドキリと音をあげた。不意の笑顔に硬直していれば青子と呼ばれて、再び唇をさらわれる。舌先が唇を舐めてゆっくりと触れ合う。ちゅっちゅとリップ音を響かせて何度も何度もついばまれる。さっきまでむじゃきな少年のような笑顔だったというのに、今は色気をたっぷりと含んだ男の人だ。突然の変わりようにドギマギしていれば、にゅるりと唇を割って舌が入ってくる。それに必死に応えれば、逃がさないと絡んでくる舌。それだけじゃ飽き足らず、ちゅーと舌を吸われれば初めての感覚に目の前がくらくらした。キスって気持ちがいいものなんだと、与えられる刺激に酔いしれていれば腰から下に力が入らなくなる。このままだとベッドに倒れちゃうかもなんて呑気にしていればゆっくりと肩を押され、そのままベッドへ身を預けた。優しいのに、気持ち良くなるキスにうっとりとしていればデイダラの唇が離れていく。まだまだ酔っていたかったと名残惜しんでいれば、目の前のデイダラが見惚れるくらいカッコいい表情を見せた。
「そんなモノ欲しそうな目でオレを見るなよ……止まらなくなるだろうが」
「デイ、ダラ……」
そう言って噛みつくようにキスをしてきたデイダラの背に腕を回す。もう猫になったこととかお風呂のことなんかどうでもいい。今日はずっとデイダラに溺れていたい。熱い体温に包まれながらひたすらにデイダラを求め続けた。
「サソリさん、そういうオヤジギャグ止めて下さいよ。全く笑えませんから」
「ぶっ殺すぞ、青子」
イラつくサソリさんの前で盛大にため息をつく。サソリさんさ、おちゃめ路線目指そうとしているのかわかりませんが、目の前でぶらぶらさせている物体がデイダラなんてつまらない冗談は止めて欲しい。本当にうけないし、寒いって知らないのかな。
表情を歪めてソレを見つめていれば、てめぇまだ信じてねぇのかとドスの効いた声がする。低い沸点が頂点に達したらしく、こいつが正真正銘デイダラなんだよっ! と叫びながら顔に向かって投げつけられた。
「ニャーーー!!」
「サソリさん、動物虐待!!」
低い悲鳴を上げて飛んできた物体、『茶トラの猫』を落とさないようにキャッチして文句を言えば、信じない青子が悪いと返ってくる。ついでに世話もしろと言って去って行ってしまった。毛が取れねぇとか爪を立てやがったなんてぶつくさと恨み節が聞こえるが正直どうでもいい。問題は腕の中のこの猫だ。脇を掴んで視線がぶつかる位置まで持ち上げて隅々まで見回す。何処をどう見たってただの猫。本当に普通のどこにでもいそうな猫。だけど、あのサソリさんが食ってかかってきたってことは……実は本当にデイダラとか? いや、仮にデイダラだと信じてお世話し始めたら、ただの猫を本当にデイダラだと思っていたのか、おめでたい頭だなって悪魔のようにゲラゲラ笑うサソリさんとデイダラの姿が容易に浮かぶ。あの二人はそういうくだらないことをやりかねない。たまにどうでもいいことに全力を尽くすのをどうにかしてもらえないだろうか。専ら被害者は私だ。曰く、簡単に引っかかる。反応が面白い、飽きないだとか……。そうやって散々私は二人にからかわれまくってきたのだ。だから今度こそ騙されたくない。
「お前、本当にデイダラなの?」
「ニャー」
目の前で大人しく持ち上げられている猫に向かって話しかければ、気の抜ける鳴き声が返ってきた。
その日の夜、晩ご飯を食べている私の横で茶トラがじっと視線を寄越していた。あの後わざわざ街まで行ってキャットフードを買ってきたのに、それには一切目をくれず、私の箸にあるおでんのはんぺんをずっと追っている。はんぺんを右に振れば首が右に、左に振れば同じく左に向かう。それにやたらと口周りをぺろぺろ舐めている気がする。
「……はんぺんが食べたいとか?」
「ニャー」
もしかして食べたいんじゃないだろうかと疑問が浮かぶ。でも、動物に人間の食べるものをあげるのは身体のことを考えると良くないと聞く。それでもキラキラと輝いた目ではんぺんを見つめている姿を見てしまった以上、ダメだよなんて言えない。それにこの子キャットフード食べないから、ちょっとだけなら大丈夫だよね……。
「ちょっとだけだからね」
そう言ってちぎったはんぺんを手のひらに乗せればなぁと鳴いてから食べ始める。手の中のはんぺんがキレイに無くなってしまうと茶トラはじっとこちらに熱い視線を送る。おかわりが欲しいのだろうか。これで最後だよと言いながら、結局はんぺん一枚を茶トラに与えてしまった。やってしまったと頭を抱える私の横で、茶トラは満足そうに伸びをしていた。
ご飯を食べ終えてからお風呂に入ろうと脱衣所に向かえば、ちょこちょこと後を追ってくる茶トラ。お風呂に入るから着いてこなくていいんだよと言っても着いてくる。私が走れば茶トラも走って、私が止まれば横にピタリと並ぶ。そんなことを繰り返していれば、脱衣所に着いてしまう。中に入らないようにさっさと扉を閉めようと思っても、相手は身軽な猫。スルリと間を抜けて入ってきてしまった。なぁと鳴いてこちらを見てくる姿は可愛い。可愛いが私はお風呂に入らないといけないんだ。
「茶トラ、私はお風呂に入りたいんだ」
「なぁ」
「君はお風呂に入らないでしょ? 先に寝室で待っててよ」
顎を撫でればゴロゴロと機嫌よく鳴きだす茶トラ。しかし、脚は一向に動く気配を見せない。持ち上げようと腕を伸ばせば、察知して逃げてしまう。この行動を見る限り説得してもきっと此処から動く事ことはなさそうだ。頑なな態度にはぁと大きな息を吐く。どうにもならないなら仕方ない、早々に諦めて洋服へと腕を伸ばした。
全てを脱ぎ捨てて浴室へ足を踏み入れれば、動かなかった茶トラが後を追う。
「君もお風呂に入りたかったんだ」
随分変わった猫だと思いながら洗面器に湯を溜めてあげれば、待っていましたとばかりにその身を沈めてしまった。至福を浮かべて湯に浸かる猫。茶トラはキレイ好きなんだろうなぁと思いながら同じく湯船に浸かり、疲れを癒すことにした。
お風呂から上がってびしょ濡れの茶トラにドライヤーをかけ、その後自分の髪の毛もしっかりと乾かす。寝る準備を終えてベッドに向かえば、先に布団の上で丸くなる茶トラが目に入った。
「おやすみ」
サラサラの背を撫でてから布団に入り、そっと目を閉じた。良い夢が見られますように。
あれから一週間。茶トラとの生活は順調である。茶トラは猫らしくない猫だ。まずご飯はキャットフードを口にしない。私が絶対に食べさせようと色々工夫をしても食べない。私も私で頑なにそれ以外やらんと心を鬼にしていれば、文句があるようでやたらニャーニャー鳴く。それさえも無視してご飯を食べ続けていたら横からおかずのハムをさらわれてしまった。それ以来、茶トラにキャットフードを食べさせるのを諦めた。
茶トラは何故か毎日お風呂に入りたがる。私が黙ってお風呂に入ろうと部屋を出ればいつの間にか後ろでちょこんと座っているのだ。そして、早く入るぞと浴室の扉を開けるよう催促する。汚いよりはずっといいけど、猫って毎日お風呂に入れてもいいのだろうか。
最後、絶対に一人で寝ない。私が寝ないとわかれば寝るまで近くにずっと一緒にいる。先に寝るように促しても動かない。あまりにもしつこいと膝の上に乗って寝てしまう。寂しがりの性格なのかもしれない。
そんなわけで意外にも私は茶トラとの生活が楽しみになり始めている。今までペットは飼ったことがないし、自分がきちんとお世話を出来るか不安だったが、茶トラは良い子だし、手もかからない。すごく飼いやすい猫で良かった。
「おい」
「あ、サソリさん」
一週間ぶりにサソリさんを見かけた。あれからどうしたと問いかけてきた彼に何がですかと質問を返せば、デイダラのことだと返事がくる。そういえばデイダラどこに行ったんだろう。近頃全く見かけない。任務ならサソリさんと行くはずなのに、一人で行動しているのだろうか。
「デイダラ、最近見かけないですよね」
「まだふざけたこと言ってんのか、あの猫はどうしている?」
「茶トラなら元気にしてますよ、一緒にお風呂に入ったり寝たりしてます」
「……ほぉ」
私の台詞を聞くや否やニヤリと怪しい笑みを口元に浮かべるサソリさん。こういう表情を浮かべる時はイヤなことが起こる前触れだ。何ですか、その表情はと口にすれば楽しいことになっているじゃねぇかとくつくつ笑っている。肩を震わせる彼を目にして不安が押し寄せる。え、まさか本当にあの猫がデイダラなの……。
「ねぇ、サソリさん。あの猫……」
「言っただろう? あの猫こそデイダラだと」
「……冗談ですよね? いつもの悪ふざけですよね?」
「こんな下らねぇ冗談、誰が言うか」
きっぱりと言いきった彼に私の表情筋から力が抜ける。私は知らないとはいえデイダラに素っ裸を見せてしまったし、ずっと一緒に寝ていた……。顔に一気に熱があがる。火が吹くとは正しくこういう時に使うのだろう。茶トラにどうやって会えばいいんだと頭を悩ませる私に呆れかえった目を向けるサソリさん。そして、ゆっくりと口を開いた。
「オレの話を信じなかったてめぇが悪い」
サソリさんの言葉を聞いてからふらふらとした足取りで帰ってきた。本当にどうしよう。付き合ってもいない男の人に素っ裸を見せるなんて、もうお嫁に行けない。絶望の淵に立たされながら自室の扉を静かに開ければ、耳が痛くなるくらいに静まり返っている。――もしかしてデイダラはどこかに出かけているのかもしれない。なら帰ってくる前に入れないようにしてしまえばこっちのものだ。素早く扉を閉めて部屋に引きこもることにした。
「サソリさんもなんでもっと強く言ってくれないんだよ」
もっと真剣に言ってくれればちゃんとデイダラだって信じたのに。ベッドに腰かけながら、かの人に文句を垂れる。本人を前にして口にすることは出来ない。もし口にしたら何倍になって返ってくるのやら……。いたぶる癖のある彼を想像して背がブルリと震える。サソリさんを怒らせてはいけない。もし怒らせたら毒を盛られるに違いない。まだ死にたくないとあれこれ考えていれば足首辺りが急に温かくなる。何だろうと足元へ視線を向ければ、そこには茶色の毛玉が……。
「デ、デイダラ……」
「何だバレちまったのか、うん」
低い聞き馴染みのある声が聞こえたと思ったら膝にずっしりと重みを感じる。空色の目を光らせて私を見るのはこの一週間ペットだと思って可愛がっていた茶トラことデイダラだ。やっぱり本当にデイダラだったんだと目を丸くする私を尻目にデイダラが話し始めた。
「早々に気付かれるかと思ったが……ちょろいな」
「いや、人間が猫になれるなんて思うわけないじゃない」
「サソリの旦那がモノは試しに作ってみたっていうから、飲んでみたんだよ」
「なんであの人はそんなくだらない薬を作り出すのっ?!」
余計なことしかしないじゃないか、あのおっさんは! と悲鳴を上げる私の頬をざらついた何かが掠める。びっくりして固まっていれば舌なめずりする猫のデイダラ。ニヒルな笑みを浮かべてなぁと声を発した彼に背筋が伸びた。
「もう茶トラって呼んでくれないのかい? それにオイラ達一緒に風呂にも入った仲だろ? うん?」
「デ、デイダラ……そのお風呂のことを忘れてもらえませんかね?」
「断る」
すぐ返ってきた言葉に頭を抱えた。私はこれからもずっとデイダラにお風呂ネタを引きずられるというのか。あぁ、イヤだ。もうどうすればいい。そんなことを考えていれば首筋にまたもやざらつきを感じる。
「デイダラ、や、止めて」
「止めねぇ。……青子、なんでオイラが猫になったかわかるか?」
「え……?」
少し考えて悪ふざけと小さく答えれば違うと即答される。素直にわからないと言えばそっぽを向いてしまった。さっきまでの自信満々な姿は消え去り、俯いてしまっている。急に背を丸めて小さくなってしまった彼の名前を呼べば、もぞもぞとひげが動き出した。
「……猫になったら、青子とずっと一緒にいれると思ったからだよっ」
「……えっと、つまり?」
「この鈍感女! オイラは青子がずっと好きなんだ! うん!」
耳も毛もしっぽも逆立てたデイダラ。予想だにもしない発言に頭が混乱する。え、だって今までデイダラはサソリさんと一緒に私をからかっていじり倒してきたじゃないか。なのに、好きってどういうことだ、意味がわからない。
「青子が可愛くて、ついいじめたくなっちまうんだよ」
「……」
「で、今更好きだって言ったところでお前信じないだろ? また悪ふざけだって」
「うん」
「だから、だよ……うん」
ひげを震わせて言いきったデイダラに言葉が出てこない。デイダラが私のことを好き……? 嘘でしょ。冗談だと思われるからってこんな回りくどいことをしたのも信じられない。
ポカンとダラしなく開ける口に当たる毛むくじゃら。すると、茶トラがいつものデイダラの姿に変わる。キスで姿が変わるなんてサソリさんものすごく可愛い演出をしますね、なんて逃避をしていればがっしりと肩を掴まれた。
「で、返事は?」
「え? ちょ……えぇ?!」
「イヤじゃねぇなら、オイラは好きだと受け取るぞ」
「……イヤじゃないです」
「そうか」
目をぱちくりさせた後、頬を桜色に染めてニカっと口元に嬉しさをにじませたデイダラの笑顔に心臓がドキリと音をあげた。不意の笑顔に硬直していれば青子と呼ばれて、再び唇をさらわれる。舌先が唇を舐めてゆっくりと触れ合う。ちゅっちゅとリップ音を響かせて何度も何度もついばまれる。さっきまでむじゃきな少年のような笑顔だったというのに、今は色気をたっぷりと含んだ男の人だ。突然の変わりようにドギマギしていれば、にゅるりと唇を割って舌が入ってくる。それに必死に応えれば、逃がさないと絡んでくる舌。それだけじゃ飽き足らず、ちゅーと舌を吸われれば初めての感覚に目の前がくらくらした。キスって気持ちがいいものなんだと、与えられる刺激に酔いしれていれば腰から下に力が入らなくなる。このままだとベッドに倒れちゃうかもなんて呑気にしていればゆっくりと肩を押され、そのままベッドへ身を預けた。優しいのに、気持ち良くなるキスにうっとりとしていればデイダラの唇が離れていく。まだまだ酔っていたかったと名残惜しんでいれば、目の前のデイダラが見惚れるくらいカッコいい表情を見せた。
「そんなモノ欲しそうな目でオレを見るなよ……止まらなくなるだろうが」
「デイ、ダラ……」
そう言って噛みつくようにキスをしてきたデイダラの背に腕を回す。もう猫になったこととかお風呂のことなんかどうでもいい。今日はずっとデイダラに溺れていたい。熱い体温に包まれながらひたすらにデイダラを求め続けた。