頂き物
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地面を激しく打つような雨の音が聞こえる。外を見てみれば天より伸びた白い線が辺りを埋め尽くし、広がる世界全ての視界を遮るように流れ落ちて来ている。風がないのは幸いだけれど、その雨粒の量のせいで視界も悪く雨以外の音も聞こえてはこない。通りに人は疎らだった。こんな日には出歩かないのが正解だろう。
「…おい、いい加減窓を閉めろ」
外の景色を見ながら物思いに耽っていた私の耳に、男のやや低い声が聞こえた。振り返ってみると、不機嫌そうな顔をした上司が傀儡のメンテナンスをしていた手を止めてこちらを見ていた。
「…開けてた方が空気がいいんですけど…」
「雨が降り込んでくるだろうが」
「暑いしこもりませんか?」
「こもらねェ。…青子」
「……ハイ」
抵抗も虚しく、私は言われた通り開けていた窓を閉めた。少しだけ雨の音が遠ざかり、この部屋の空間が隔離されたような錯覚を覚える。途端に耳に入ってくるのは目の前の上司が傀儡を弄る音で、カチャカチャと僅かに聞こえてくる音は最小限のものであり、無駄がないのだろうと言うのが素人の私にも想像出来た。手元を見ていた私の視線はそのまま上に移動し、無表情のまま作業をしている上司の顔で止まる。
「ハァ…サソリさんカッコいい…」
思わず口を突いて出た言葉は気にせず、マジマジと上司ことサソリさんを見る。短く赤い髪に重たげな目、それを飾る睫毛は私よりも長い。黒に赤地の雲を纏う暁の外套を羽織り、胡座をかいて目の前の傀儡へ視線と意識を集中している。きっと私なんて眼中にないのだろう。それをいい事に、私はサソリさんをじっくりと眺めた。私はサソリさん直属の部下だが常に近くにいる訳ではなく、今回は頼まれていた任務の報告と手土産を渡しに合流していただけで、これが終われば再び別行動になり次にいつ会えるのか分からない。だからこそ、今日のこのサソリさんの姿を目に焼き付けておこうと、退出を促されるまで観察するつもりだったのだ。
「お前はガキが趣味なのか?」
「へっ?」
いつもの事なのでスルーされると思っていた私は、サソリさんが質問を投げかけてきた事に驚いて間の抜けた声を上げた。見ればサソリさんは作業の手を止めて、訝しげな表情を隠しもせず私を見ている。
「サソリさんはガキどころか私より年上じゃないですか」
サソリさんの身体は人傀儡。見た目こそ10代半ば程の少年だが、中身は私より一回りは年上だと聞いていた。これはサソリさんのツーマンセルの相棒、デイダラ君に聞いた事でサソリさんから直接聞いた訳じゃない。私が知っている事に驚いたのか、サソリさんの眉が片方ピクリと持ち上がる。
「それを分かって言ってんなら、お前も中々の変態だな」
「へ、変態って…それはないと思うんですけど」
「容姿も変わらねぇ人傀儡相手に、口説き文句言ってる奴が何言ってやがる」
「思った事言ってるだけです」
「開き直るんじゃねェ」
遂にサソリさんは傀儡を弄る作業を完全にやめた。コトリと音を立てて傀儡を弄っていた道具が床に置かれ、身体ごと私の方へ向き直る。「あ、これはヤバイかも」と思った時には遅かった。反射的にその場から跳ぼうとしたけれど、それより先にサソリさんの手から伸びてきたチャクラ糸に手足を拘束される。両手両足が動きを止め、ピンと伸びたチャクラ糸が私とサソリさんを繋いだ。
「…遂に部下を傀儡にしますか」
「思いあがるな。お前のような傀儡はいらねぇよ」
「それも逆に傷つきますね。私結構サソリさんの役に立ってる自信はあるんですけど」
「使える手足と自分の武器じゃあ違うだろうが」
「まぁ、そうかもしれませんけど」
「ただの手足にしちゃあ、お前は五月蝿すぎるがな」
「えぇ、だって…」
それは私がサソリさんを好きだからに決まっている。容姿も確かに綺麗だけど、それだけで人ならざる者に情念を抱く程私も酔狂じゃない。部下としてやり取りをしている内に見えた色々な部分に、いつの間にか惹かれていただけだ。
(きっとサソリさんは分かってないだろうけど)
こんなにもアピールしているのにいつも適当にあしらわれてばかり。まともに扱ってくれた事など一度もない。今日のこの時間が終わればまた明日からは別行動で、思いを馳せながら任務につく日々に戻るのだ。今までがそうで、これからもそう。そこまで考えて胸がジクと痛んだ。初恋なんてとうの昔に終えているし、子供のような甘酸っぱい恋愛を夢想する年齢でもない。それでも、こうして無謀な恋を続けているのは、サソリさんがこれまで私が出会ったどんな人よりも魅力的に見えたからだった。それに冷徹そうに見えてもサソリさんは非情なだけの人間じゃない…と思うのだ。きっと告白なんてしたら良い結果にならないのは目に見えているから口にしないけど。それ以外はもう何の気兼ねもなく言う。鬱陶しがられている姿さえ最早ご褒美に思えた。
「ハァ…」
チャクラ糸で私を縫い止めたままでいたサソリさんが、目の前で小さく溜息をついた。ジッとその様子を眺めていた私を見返すように、顔を上げたサソリさんは心底意味がわからないと目で訴えている。
「何でオレは、てめーみてぇのを部下にしたんだ…」
「神様の思し召しですかね」
「どっかの宗教狂いみてぇな事言ってんじゃねぇ」
「誰ですかそれ。冗談ですよ」
言いながら私の身体がじわじわとサソリさんの方へ引っ張られている事に気付いて目を見張った。呆れた顔をしたサソリさんが徐々に近づいてくるそのシチュエーションははっきり言って美味しい。しかしそれに反比例して私のセンサーは警鐘を鳴らしていた。サソリさんは怒ると怖い。本気で怒らせるような事をしたつもりはないけど、いい加減鬱陶しくなってきたのかもしれない。
「…このまま外に放り出してやろうか?」
「こんな土砂降りの中に!?や、やめて下さい。風邪引いちゃいますよ!」
「馬鹿は風邪引かねぇって言うだろ」
「引きますって!」
「お前は頑丈が売りじゃなかったのか?」
「そうですけどでもサソリさんに放り出されたら凹んで風邪引いちゃいます!」
「どういう理屈だ…」
気づけば私はサソリさんの直ぐ側まで来ていた。近くで見るサソリさんの顔は、酷く綺麗で作り物めいていて、シミもないし肌荒れもない。この状況だというのに、それを羨ましく思ってしまう私はさぞかし呑気に見えるだろう。クリッとした大きな目は生気を宿し、強い意志を持って私を射抜いてくる。幼さを残した顔立ちは、サソリさん自身が醸し出す雰囲気と対照的でアンバランスだ。
「…賭けでもするか、青子」
「へ?」
突然投げかけられた言葉に、文字通り目が点になった。
「サソリさん?」
「その賭けにお前が勝ったら、褒美を一つやる」
「えっ」
一体どういう風の吹きまわしなのか。私は近距離でマジマジとサソリさんの顔を見た。何かを企んでいるのか?表情からは伺えない。
「いや、そもそも賭けで勝たないと貰えない褒美って何ですか。部下をもっと普通に労って下さいよ」
「それだとお前が調子に乗るだろ。それに普通にやるのはオレの癪に触る」
「おかしくないですか?!」
それでも「やるのかやらねぇのか」と問われれば、褒美につられない訳もない私は一も二もなく頷いてしまう。側から見れば滑稽な女だろう。それでもそれを見たサソリさんが満足げに頷いたのを見てどうでも良くなる。一瞬見惚れて止まった時間を再び動かし、「どんな賭けをするんですか?」と問えばサソリさんは顎で部屋の扉を指して言った。
「もうすぐデイダラが戻って来る。アイツが手ぶらで帰って来るかどうかだ」
「何ですかそれ…やっつけ過ぎる…」
「先に選ぶ権利はお前にやる」
「えっ、えぇと…」
個室の扉を見ながら私は考える。出て行ったのは本降りになる前だけど、こんな天気の日に出歩いてきたのだから何も無く帰って来る筈がない。賭けの内容が内容なだけに裏なんてものはないのだから、素直に直感を信じた方がいいだろう。
ヒタヒタと廊下を歩く人の気配を感じ、それがこの部屋の前で止まる。その人物が、扉に手をかけただろう瞬間だった。
「デイダラ君は手ぶらじゃない!」
落ちたのは沈黙だった。扉が開いた瞬間張り上げられた声に、雨に濡れてじっとりとした風貌のデイダラ君が驚いている。私はそれも気にせずデイダラ君を食い入るように観察した。手には、何もない。
「…デイダラ君、何か持ってる?」
「あ?あぁ、必要なもん買い足してきたからな。濡れねぇように懐に…団子もついでに買ってきたぜ、うん」
ニカッと満足そうに笑みを見せたデイダラ君に、私も続いて笑った。そしてそのまま身体が向き合ったままのサソリさんへと視線を向ける。
「サソリさん、一日デートして下さい!」
視界の隅で噴き出したデイダラ君の姿が見えた。私はジッとサソリさんの様子を伺う。相変わらずその表情には変化がなく、褒美の内容にも驚いていないようだった。別段嫌そうにしている訳でもないのがせめてもの救いと信じたい。
その間何秒だっただろうか。沈黙したサソリさんにもう一度復唱してみせようと思った時だ。突然両手が定位置から落ち、重力を感じて目を向ければ、私の両手足からチャクラ糸が離されたところだった。自由になった身体はストンと床に落ちて、座っているサソリさんとほぼ同じ目線の高さになる。その分出来た僅かな距離感を気にする暇もなく、サソリさんの手が私の方へと伸びて来た。頬に触れた手は温度を感じない。サラリと退かされた私の横髪に疑問符が浮かぶ。「あ」と聞こえたのはデイダラ君の声だった。
「ん―――、」
それはリップ音と言うには余りに無機質なものだった。触れた部分に温度はなく湿り気もない。驚いて目を開いたままでいる私の視界が、赤色から徐々に慕う男の顔になるまでいくらかの時間を要した。押し当てられた唇の感覚が妙に印象深い。目の前の少年のような姿をした男は、どこか意地悪そうに楽しげに口元を吊り上げていく。何をされたのか、ジワジワと実感が込み上げてきた私の顔は自分でも分るほど熱を帯びた。
「デ、デートじゃない…!」
「いや、言う事はもっと他にあんだろ!?うん!!」
デイダラ君が盛大につっこみ、何事かを叫んでいるけど私の耳には最早何も入っては来なかった。
「お前と悠長に出歩いてる時間はねぇからな、青子。これで文句ねぇだろ。一年分だ」
この上司は、私の扱い方を心得ている。
(でも、何で、キス…?!)
「…おい、いい加減窓を閉めろ」
外の景色を見ながら物思いに耽っていた私の耳に、男のやや低い声が聞こえた。振り返ってみると、不機嫌そうな顔をした上司が傀儡のメンテナンスをしていた手を止めてこちらを見ていた。
「…開けてた方が空気がいいんですけど…」
「雨が降り込んでくるだろうが」
「暑いしこもりませんか?」
「こもらねェ。…青子」
「……ハイ」
抵抗も虚しく、私は言われた通り開けていた窓を閉めた。少しだけ雨の音が遠ざかり、この部屋の空間が隔離されたような錯覚を覚える。途端に耳に入ってくるのは目の前の上司が傀儡を弄る音で、カチャカチャと僅かに聞こえてくる音は最小限のものであり、無駄がないのだろうと言うのが素人の私にも想像出来た。手元を見ていた私の視線はそのまま上に移動し、無表情のまま作業をしている上司の顔で止まる。
「ハァ…サソリさんカッコいい…」
思わず口を突いて出た言葉は気にせず、マジマジと上司ことサソリさんを見る。短く赤い髪に重たげな目、それを飾る睫毛は私よりも長い。黒に赤地の雲を纏う暁の外套を羽織り、胡座をかいて目の前の傀儡へ視線と意識を集中している。きっと私なんて眼中にないのだろう。それをいい事に、私はサソリさんをじっくりと眺めた。私はサソリさん直属の部下だが常に近くにいる訳ではなく、今回は頼まれていた任務の報告と手土産を渡しに合流していただけで、これが終われば再び別行動になり次にいつ会えるのか分からない。だからこそ、今日のこのサソリさんの姿を目に焼き付けておこうと、退出を促されるまで観察するつもりだったのだ。
「お前はガキが趣味なのか?」
「へっ?」
いつもの事なのでスルーされると思っていた私は、サソリさんが質問を投げかけてきた事に驚いて間の抜けた声を上げた。見ればサソリさんは作業の手を止めて、訝しげな表情を隠しもせず私を見ている。
「サソリさんはガキどころか私より年上じゃないですか」
サソリさんの身体は人傀儡。見た目こそ10代半ば程の少年だが、中身は私より一回りは年上だと聞いていた。これはサソリさんのツーマンセルの相棒、デイダラ君に聞いた事でサソリさんから直接聞いた訳じゃない。私が知っている事に驚いたのか、サソリさんの眉が片方ピクリと持ち上がる。
「それを分かって言ってんなら、お前も中々の変態だな」
「へ、変態って…それはないと思うんですけど」
「容姿も変わらねぇ人傀儡相手に、口説き文句言ってる奴が何言ってやがる」
「思った事言ってるだけです」
「開き直るんじゃねェ」
遂にサソリさんは傀儡を弄る作業を完全にやめた。コトリと音を立てて傀儡を弄っていた道具が床に置かれ、身体ごと私の方へ向き直る。「あ、これはヤバイかも」と思った時には遅かった。反射的にその場から跳ぼうとしたけれど、それより先にサソリさんの手から伸びてきたチャクラ糸に手足を拘束される。両手両足が動きを止め、ピンと伸びたチャクラ糸が私とサソリさんを繋いだ。
「…遂に部下を傀儡にしますか」
「思いあがるな。お前のような傀儡はいらねぇよ」
「それも逆に傷つきますね。私結構サソリさんの役に立ってる自信はあるんですけど」
「使える手足と自分の武器じゃあ違うだろうが」
「まぁ、そうかもしれませんけど」
「ただの手足にしちゃあ、お前は五月蝿すぎるがな」
「えぇ、だって…」
それは私がサソリさんを好きだからに決まっている。容姿も確かに綺麗だけど、それだけで人ならざる者に情念を抱く程私も酔狂じゃない。部下としてやり取りをしている内に見えた色々な部分に、いつの間にか惹かれていただけだ。
(きっとサソリさんは分かってないだろうけど)
こんなにもアピールしているのにいつも適当にあしらわれてばかり。まともに扱ってくれた事など一度もない。今日のこの時間が終わればまた明日からは別行動で、思いを馳せながら任務につく日々に戻るのだ。今までがそうで、これからもそう。そこまで考えて胸がジクと痛んだ。初恋なんてとうの昔に終えているし、子供のような甘酸っぱい恋愛を夢想する年齢でもない。それでも、こうして無謀な恋を続けているのは、サソリさんがこれまで私が出会ったどんな人よりも魅力的に見えたからだった。それに冷徹そうに見えてもサソリさんは非情なだけの人間じゃない…と思うのだ。きっと告白なんてしたら良い結果にならないのは目に見えているから口にしないけど。それ以外はもう何の気兼ねもなく言う。鬱陶しがられている姿さえ最早ご褒美に思えた。
「ハァ…」
チャクラ糸で私を縫い止めたままでいたサソリさんが、目の前で小さく溜息をついた。ジッとその様子を眺めていた私を見返すように、顔を上げたサソリさんは心底意味がわからないと目で訴えている。
「何でオレは、てめーみてぇのを部下にしたんだ…」
「神様の思し召しですかね」
「どっかの宗教狂いみてぇな事言ってんじゃねぇ」
「誰ですかそれ。冗談ですよ」
言いながら私の身体がじわじわとサソリさんの方へ引っ張られている事に気付いて目を見張った。呆れた顔をしたサソリさんが徐々に近づいてくるそのシチュエーションははっきり言って美味しい。しかしそれに反比例して私のセンサーは警鐘を鳴らしていた。サソリさんは怒ると怖い。本気で怒らせるような事をしたつもりはないけど、いい加減鬱陶しくなってきたのかもしれない。
「…このまま外に放り出してやろうか?」
「こんな土砂降りの中に!?や、やめて下さい。風邪引いちゃいますよ!」
「馬鹿は風邪引かねぇって言うだろ」
「引きますって!」
「お前は頑丈が売りじゃなかったのか?」
「そうですけどでもサソリさんに放り出されたら凹んで風邪引いちゃいます!」
「どういう理屈だ…」
気づけば私はサソリさんの直ぐ側まで来ていた。近くで見るサソリさんの顔は、酷く綺麗で作り物めいていて、シミもないし肌荒れもない。この状況だというのに、それを羨ましく思ってしまう私はさぞかし呑気に見えるだろう。クリッとした大きな目は生気を宿し、強い意志を持って私を射抜いてくる。幼さを残した顔立ちは、サソリさん自身が醸し出す雰囲気と対照的でアンバランスだ。
「…賭けでもするか、青子」
「へ?」
突然投げかけられた言葉に、文字通り目が点になった。
「サソリさん?」
「その賭けにお前が勝ったら、褒美を一つやる」
「えっ」
一体どういう風の吹きまわしなのか。私は近距離でマジマジとサソリさんの顔を見た。何かを企んでいるのか?表情からは伺えない。
「いや、そもそも賭けで勝たないと貰えない褒美って何ですか。部下をもっと普通に労って下さいよ」
「それだとお前が調子に乗るだろ。それに普通にやるのはオレの癪に触る」
「おかしくないですか?!」
それでも「やるのかやらねぇのか」と問われれば、褒美につられない訳もない私は一も二もなく頷いてしまう。側から見れば滑稽な女だろう。それでもそれを見たサソリさんが満足げに頷いたのを見てどうでも良くなる。一瞬見惚れて止まった時間を再び動かし、「どんな賭けをするんですか?」と問えばサソリさんは顎で部屋の扉を指して言った。
「もうすぐデイダラが戻って来る。アイツが手ぶらで帰って来るかどうかだ」
「何ですかそれ…やっつけ過ぎる…」
「先に選ぶ権利はお前にやる」
「えっ、えぇと…」
個室の扉を見ながら私は考える。出て行ったのは本降りになる前だけど、こんな天気の日に出歩いてきたのだから何も無く帰って来る筈がない。賭けの内容が内容なだけに裏なんてものはないのだから、素直に直感を信じた方がいいだろう。
ヒタヒタと廊下を歩く人の気配を感じ、それがこの部屋の前で止まる。その人物が、扉に手をかけただろう瞬間だった。
「デイダラ君は手ぶらじゃない!」
落ちたのは沈黙だった。扉が開いた瞬間張り上げられた声に、雨に濡れてじっとりとした風貌のデイダラ君が驚いている。私はそれも気にせずデイダラ君を食い入るように観察した。手には、何もない。
「…デイダラ君、何か持ってる?」
「あ?あぁ、必要なもん買い足してきたからな。濡れねぇように懐に…団子もついでに買ってきたぜ、うん」
ニカッと満足そうに笑みを見せたデイダラ君に、私も続いて笑った。そしてそのまま身体が向き合ったままのサソリさんへと視線を向ける。
「サソリさん、一日デートして下さい!」
視界の隅で噴き出したデイダラ君の姿が見えた。私はジッとサソリさんの様子を伺う。相変わらずその表情には変化がなく、褒美の内容にも驚いていないようだった。別段嫌そうにしている訳でもないのがせめてもの救いと信じたい。
その間何秒だっただろうか。沈黙したサソリさんにもう一度復唱してみせようと思った時だ。突然両手が定位置から落ち、重力を感じて目を向ければ、私の両手足からチャクラ糸が離されたところだった。自由になった身体はストンと床に落ちて、座っているサソリさんとほぼ同じ目線の高さになる。その分出来た僅かな距離感を気にする暇もなく、サソリさんの手が私の方へと伸びて来た。頬に触れた手は温度を感じない。サラリと退かされた私の横髪に疑問符が浮かぶ。「あ」と聞こえたのはデイダラ君の声だった。
「ん―――、」
それはリップ音と言うには余りに無機質なものだった。触れた部分に温度はなく湿り気もない。驚いて目を開いたままでいる私の視界が、赤色から徐々に慕う男の顔になるまでいくらかの時間を要した。押し当てられた唇の感覚が妙に印象深い。目の前の少年のような姿をした男は、どこか意地悪そうに楽しげに口元を吊り上げていく。何をされたのか、ジワジワと実感が込み上げてきた私の顔は自分でも分るほど熱を帯びた。
「デ、デートじゃない…!」
「いや、言う事はもっと他にあんだろ!?うん!!」
デイダラ君が盛大につっこみ、何事かを叫んでいるけど私の耳には最早何も入っては来なかった。
「お前と悠長に出歩いてる時間はねぇからな、青子。これで文句ねぇだろ。一年分だ」
この上司は、私の扱い方を心得ている。
(でも、何で、キス…?!)