七つの大罪
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長い夢を見ていた。とても長い夢。
一体どれだけ眠っていたんだろうか?
「ふあーッ……よく寝た、うーん!」
寝台の上で大きな伸びをひとつ。
身体は少々気怠いが、ぐっすり休めたせいか頭は冴えている。
窓の外を見ると、日は高く昇っていた。すっかり明るくなった部屋を見回してデイダラは大きく息を吐いた。任務と創作のため、日の出前に目覚めるのが日課のはずなのに、こんな時間まで眠ってしまうなんて。こんなことは、いつぶりだろうか。先日の奇襲任務で、すごく疲労を溜めていたんだろうか。
否、さっきまで見ていた甘い甘い夢のせいかもしれない。
なんて刺激的な夢だったんだろう。
あの子とずっと繋がっている夢。
思い出すだけで、まだ下半身が疼いて熱を帯びる。
幸い今日は非番だ。デイダラは、再び布団に潜り込んで、まだ熱の引かない其処へと手を伸ばす。
「はぁ……やっぱ、夢かぁ。そうだよな……」
けれどリアリティに溢れた夢だった。彼女の柔らかい肌の感触や、表情や声、纏う香りまでハッキリと思い出せる程だ。
夢の中で触れた女の胸は、マシュマロよりも弾力があって柔らかくて、うっとりした。
思い出しつつ自慰をして吐精する。虚無感に襲われるがまだ屹立は止まない。
どれだけ夢の中の、幻の女に感じているんだと、飢えている自分が虚しくなる。
夢の中の女は、現実に存在する女でもあった。
デイダラは、彼女と初めて会った日を思い出す。
「……素敵ね」
茉莉花の香りが女の周りに漂う。デイダラは、きょとんとした顔でオウム返しした。
「すてき…?」
自分の芸術作品を女に褒められたのは、生まれて初めてのことだった。彼女の笑みは「今まで生きてきた中で最も芸術性を感じる」と言っていいほどに、麗しく妖艶。長い睫毛が透き通った頬に影を落とす。蜂蜜を乗せたようなトロリとした唇の艶。見ていると吸い込まれそうになる大きな瞳。それから、下唇の際の黒子も。女の全てが頭に焼き付いて離れない。
「あなたのセンス、素敵だと思ったの」
名は青子。サソリが自分の部下だと言っていた。何処かの抜け忍で、腕の立つ者だと。
こんなに見目麗しく妖艶な女も、戦場に出向けば血飛沫に巻かれるのだろうかと、デイダラは不思議に思った。サラサラと絹糸のように流れる髪に、思わず触れたくなって、慌てて手を引っ込めた。だって、そんなのおかしいだろ?
「じゃあね、芸術家さん」
笑いながら青子は溶けるようにその場から消えた。不思議な出会いで、不思議な時間だった。このところ感じていた、自分の作品に対する行き詰まりを吹き飛ばすような。
最近の創作活動は、本当にうまくいっていなかった。虫、鳥、蛇……と、思いつく限りチャクラを込めて造形するが、何だかしっくり来ない。これがスランプというやつなのだろうか。
同じ芸術家として、先輩にあたるサソリに相談してみたが、いつものように一瞥され、共感すら得られなかった。毎日粘土ばっか捏ねてりゃ飽きる日もくるだろう、と。
だが、スランプだからといって造形しなければ、始まらない。
一瞬の美を作り出すにはどうしたらいい?
求めている答えは得られず、悶々とした日々を過ごしていた。そして青子との出会いは、そんな平凡でつまらない日常の中、デイダラにとって衝撃的な出来事だった。
出会ったその日から、よぎる面影を浮かべては、虚しいほどに昂ぶる自分を抑えつけるように自慰に浸ることが増えた。女が、もし俺の部下だったら……と思い描いて、卑猥な妄想が止まらない。
加えて、青子と会ってからというもの、光を失っていた心に明かりが灯るように、胸の中に昂ぶるものを感じるようになった。この昂りを衝動のままに芸術へぶつけ、手に入れた白土を手の口に食わせ、チャクラと混ぜたものを夜通し捏ね続ける。
(造形は? そうだな。鳥がいい)
(それも、見たこともない、現実には存在し得ない、ド派手な鳥!)
(そう、モデルは極楽鳥だ)
(極楽鳥が昇華して、一瞬の美になる! うん!)
「かぁーつッッッ!!」
任務の最中デイダラが投下した鳥は、木っ端微塵に爆発した。巨大なキノコ雲の下で、ひとつの里が跡形もなく消え去る。
「やったぜ! これぞ、一瞬の美だ、うん!!」
「……随分と楽しそうじゃねぇか。スランプじゃなかったのか……?」
「へへ、まだ試作品だけどな。みたか、オイラの芸術をよ! スランプなんか糞くらえだ、うん!」
「フン……相変わらず、くっだらねぇな……」
サソリは興味がないといった風に目をそらす。
「そう言えばお前、あの女と会ったのか?」
「青子? 会ったよ。えっろい女」
「そうか」
素っ気ない返事を聞きながら、デイダラは気づいた。あの女と言われて、すぐに青子の名前が浮かんだ。そう、青子はほかの女とは違う。青子に会うまで気づかなかったが、青子はデイダラの中の欲望を引き出した。つまり、あの女は欲望を引き出すエロスの象徴だ。
青子と会うたびに膨らむ昂りの正体はきっと、女に対しての醜い欲望である。すなわち、色欲というやつだ。
デイダラはそう思い始めた。その欲望を衝動のままに、芸術への意欲に変え、そして高みに上り詰めていく。
(アートはつまり、エロスだ、うん!)
素晴らしい発見をした、気がした。
次から次へと、構図が面白いほどに湧いてくる。任務を終えたら休む間もなく粘土を捏ね続け、疲れを溜めてぶっ倒れるように床の上で眠りに就くと、夢に出てくるのは決まってあの女だった。
疲労が極限に達して指一本動かせなくなった身体に、青子が触れてくる。
髪、頬、胸と、女の指が身体を撫でる。……そして大の字で眠るデイダラの上に跨り、首筋に唇が寄せられる。
茉莉花の香りが鼻腔をくすぐった。
あの形の良い、蜂蜜を塗ったみたいな唇が、次々にデイダラの肌に痕を残していく。何度見ても、夢か現か境目がわからないほどリアルだった。目覚めた後、装束にはいつも仄かな茉莉花の香りが残っているような気さえした。
その後、一度だけアジトで青子を見た。
毎日夢に出てきているせいか、姿を見ただけで妙な緊張感を覚える。デイダラは声をかけるか迷ったが、青子の方から近付いてきた。
「……ひさしぶりね」
「ああ、そうだっけな? えーと、名前、なんだっけ」
などと、とぼけてみせる。名前など何度呟いたかわからないのに。でも一度会ったきりで知り合いぶるのも癪だった。
「…… 青子よ」
「ああ、そうだったな」
「創作、すすんでる?」
「作品のことか? アートに興味があるのかい?」
「アートはよくわからないけれど、デイダラの作品は好き。なにか見せて?」
他愛もない言葉を交わしただけなのに、胸がはちきれそうに熱くなる。
なにか、と言われてデイダラが手のひらから繰り出した蝶を、女は麗しい笑みを浮かべてそっと手の中に収めた。
「きれい……」
「そいつぁ起爆粘土だからな、爆発して芸術になるんだぜ?」
「そうなの? 見てみたいわ、爆発するところ……」
女の指がフワリと開かれ、蝶が飛び立つのを確認して、デイダラは印を結んだ。火花を上げて弾けた其れを眺める青子の眼差しは、透き通ったガラスのように美しく、澄んでいる。
「きれい……花火みたい」
火花が舞い落ちる中、二人の間に茉莉花の香りが漂う。デイダラは女の美しい横顔に胸を掴まれ、いつまでも眺めていたいと思った。夢の中で何度も会ったはずなのに、実物はここまで自身を奮い立たせるものなのか。
(い、けねぇ……)
挨拶も程々に、女と別れて足早に自室へ戻る。
屹立した自身を外套で隠すのに必死だった。椅子に腰掛け解放するが、一度ではとても収まりそうもない。
コレが色欲であり芸術への猛りの源なのか。
青子と直接会って、デイダラはこの昂りの正体をハッキリと自覚した。自分が芸術家として高みに登るためには、女の存在が必要だった。
だが、サソリの部下である彼女に迂闊に手出しはできない。何か良い方法はないものかと頭を悩ませていたところ、任務帰りに後輩のトビに娼館に誘われた。
「良いところがあるって言ってたのに、お前なあ」
「えー、イイトコじゃないっすか! 行きましょうよ! ボク、ひとりじゃ心細くってぇ」
「はッ……んだよ、餓鬼じゃあるめぇし」
物は試しと入ってみると、魅惑的な化粧をして芳しい香りを纏った女共が纏わりついてきた。こうなりゃヤケだ、と同い年ぐらいの女を選ぶと、寝床へと案内された。華奢な色白の女だった。
寝床へ入るなり、真っ赤な紅を引いた唇で食らいつかれて刺激されれば、勝手に身体は反応した。だが、何度イっても胸の中がモヤモヤとして晴れなかった。
帰りがけに出会ったトビは、さも満足そうに娼館から出て来て、随分と晴れやかな様子だ。出すもの出すと気分がイイッすね、だと。最初はそれを期待して付き合ってやったというのに、結局のところ何がいいのか理解できなかった。
(要は、青子じゃなくちゃ駄目ってことだ、うん。)
デイダラは、自覚した。とはいえ現実は厳しい。
女ならあの娼館に山程いたのに、なぜ青子だけが創作意欲を高ぶらせるのか。
答えを知るためには、青子に会うしかない。デイダラはすぐさま、気配を辿ってアジト付近の森に足を踏み入れる。
(......こんなとこに? なにしてやがんだ、うん)
こんな鬱蒼とした森の中に、青子はいったいなんの用事があるのだろう。デイダラは、見慣れない森の中を彷徨い歩く。そうして、行けども行けども同じ景色に飽きてしまった。
開けたところまで来て、少し一服しようかと、側にあった倒木に腰を下ろす。鞄の中から水筒を取り出してゴクゴクと喉を鳴らし、辺りを見回した。
随分と青子のチャクラに近付いたはずだが、まだ姿は見当たらない。ふと見ると、すぐ近くの茂みの奥に彩りも鮮やかな花が咲き、蝶が飛び交っている。なかなかに芸術的な場所だ、と蝶を目で追う中、不意に視界に入り込んできた人影に息を呑んだ。
―― 青子だ。
黒い艶髪が陽光を受けて煌めいている。色とりどりの蝶が青子を取り囲むようにヒラヒラと舞い、まるで白昼夢を見ているかのような光景だ。久し振りに目にする姿に、デイダラは暫し目を奪われてぼんやりと見惚れる。
視線を上げると、向こうも此方に気づいたようだ。目が合うと儚げにフワリと微笑んで近付いてくる。
心臓が、耳の真横にあるんじゃないかというほどに、うるさく早鐘を打つ。
「デイダラ……また会えたね」
「よ、よぉ、偶然だな」
「うん……」
偶然なわけがないが、探して来たなんて素直に言える訳がない。デイダラが黙っていると、すぐ隣に青子が並んで座った。甘い香りが横から漂ってくる。サラサラと流れる艶髪に手を伸ばしたい衝動に駆られるが、グッと堪えた。
「こんなところで……何をしていたの?」
「いや……それがよぉ。任務中にちょっとした事故で、旦那から借りてた薬を使い切っちまってさ。旦那に弁償しろってキレられてよ。その薬の材料になる草花を探してるってわけだ、うん」
即興でついた嘘にしては上手い、と内心自画自賛する。
「それは大変……見分けるのが難しそうね……」
「そうなんだよ、何れも此れも一緒に見えて訳がわかんねぇんだ、うん!」
がっくりと肩を落とす、演技をした。すると、青子が手を差し伸べるような仕草をした。一羽の蝶がふわりと舞い降りてその細長い指先に止まる。
「ん? コイツはなんだ? うん」
「わたしの口寄せ。……蝶は草花を見分けるのが得意だから、良かったらこの子を使って…」
「そ、そりゃあ助かるぜ! じゃあ、借りとく……あ、でも旦那には内緒な? バレるとまたブチキレられるからよ、うん!」
「ふふ……そうね、二人だけの秘密」
花が綻ぶような微笑みに、胸の高鳴りが止まらない。それこそ、手にした花と一緒に散ってしまいそうに儚い。
手に入れたいと思う。でもここまで来て、なぜか踏ん切りが付かない。さっきまで女と遊んでた癖に、なぜだ。
「青子はさ……こんなところで、何してたんだ、うん?」
「部屋に飾る花を摘んでいたの……」
「花、好きなのか」
「うん。花が唯一の癒しなの」
思わず抱き締めたくなった。けれどこんな場所では、いつ誰に見られても不思議はない。ましてやアジトの敷地内だから厄介だ。しかも、サソリの旦那に探しにでも来られたら、それこそ地獄だ。後からどうなるか考えるだけで……ヤバイな、うん。
堪えるように膝の上でギュ、と手を握り締める。そこに、なんと青子の方から手のひらを重ねてきた。驚くと同時にデイダラの心臓が飛び跳ねる。
青子はそのままデイダラの手を掴んで、自分の手に重ねた。
「……っ!?」
「ねぇ、デイダラのこの手は……禁術……?」
「……え!? あ、ああ……これな。これは、オイラのアートを極めるための禁術だ。まァそれで里を追われることになったんだがよ、うん」
焦りを誤魔化すように、デイダラは早口で捲し立てた。
「……ねぇ、禁術を使ったことを後悔したことはある? 大切なものを失ったりは……?」
「うーん、全くもってねぇんだな、これが。見ての通り、変な所に口がついちまったけど、粘土を捏ねながらチャクラを混ぜることができて便利だしな、うん。オイラはアーティストだから、芸術の高みを目指すことが全てだ! 里を追われようが関係ねぇって話だ、うん」
「そう……忍であるなら……最後までそれを貫かなくてはね。芸術を貫いているあなたは素敵ね……」
「お、おう!」
また素敵と言ってもらえた。そのことに嬉しくて舞い上がりそうになったが、おかしい。エロスとは関係ないだろ、この話は。
いつのまにか芸術の話になり、時を忘れペラペラと話しすぎてしまった。なんだか気恥ずかしくて頬を染め、青子を見る。微笑んだ彼女と目が合い、照れ隠しにニイっと笑ってみせた。
なぜ、青子はほかの女と違うのか?
それはわからないけれども、自分の芸術を完成させてくれるのは彼女だという確信が生まれた。
「ま、またな」
「ふふ……」
別れ際の微笑が忘れられない。それに、胸の中がポカポカとして温かい。娼館でのモヤモヤだって一瞬にして吹き飛んだ。
その夜も勿論、夢の中で青子を貪った。
それから、デイダラは任務に出向いては、青子が喜びそうな花を探すようになっていた。花が好きだと言っていたから、と何かに取り憑かれたように、草花を探し回る。
任務中、偶然道端に咲く花を見つけ、無意識のうちにそこにしゃがみ込む。青子がか細い腕の中に抱いていた花々を思い浮かべ――
「おい」
突然サソリに声をかけられ、ようやく我に返った。
「何してやがる」
「あ、え……えと。花を探してんだ、うん」
「花だと? 粘土遊びの次は花摘みか……餓鬼が」
「ち、ちげぇよ。ちょっと、……その、人から頼まれて」
「まさか、青子に渡そうってんじゃねぇだろうな」
言い当てられて、ギクリとデイダラは冷や汗を垂らした。なぜこうも鋭いのだ。
デイダラの様子には気にも留めず、サソリは淡々と続ける。
「彼奴には無闇に近づかねぇほうが身のためだ。ああ見えて夢魔の系譜だからな」
「は? 夢魔ァ?」
「下手すると精気を根こそぎ吸われちまうぞ、ククッ……」
「じゃあ、なんでそんなやばい奴、側に置いてんだよ、うん」
「俺にとっちゃあ、精気なんてものは関係ねぇからな。使える駒は多い方がいいってだけだ」
確かに、サソリは生身ではない。だからそういう意味では問題ない、というのはデイダラにもわかる。
「忠実に仕事さえこなすんなら別に問題はねぇだろ。てめぇはどうだか知らねぇが」
「べ、別に、そんなんじゃないっすよ。うん」
夢魔の系譜。
その言葉が胸の奥底に突き刺さった。青子だけが、自分の欲の深い部分を刺激したのは、彼女が夢魔であったからなのだろうか。そうだとしたら、彼女に手を出せば、更なる芸術の高みを知ることができるに違いない。
青子に会って、今度こそすべてを確かめたい。
サソリの忠告は最早デイダラの耳には届かない。その夜、デイダラは再び森を訪れた。青子のチャクラを探ると、先日再会した場所に近付く。今日もここで花摘みをしているに違いない。
やがて青子の姿を見つける。今回は、声をかけてきたのは青子からだった。
今日は花を手にしていない。
「デイダラ……」
あの儚い笑顔でふわりと微笑む。夢にまで見た女が目の前に現れて、心臓がバクバクと高鳴るのを感じる。今日の今日こそ、彼女を。そう決めてきたデイダラは、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「青子……この前借りた、蝶を返しに来たぜ、うん」
彼女の元へ、一歩、また一歩。歩みを進める。
柔らかな風がそよぎ、彼女のものか、茉莉花の甘い香りが吹き抜けた瞬間。
抑えの効かない欲望が爆発した。
夢魔がなんだよ、知るもんか!
華奢な肩をそっと両腕で包み込んで抱き寄せる。冷たくて細くて折れてしまいそうだ。だけど胸元に当たるところはマシュマロみたいに柔らかい。夢と同じだ、とデイダラは感触を確かめた。
「青子……!」
肩を掴んで向き合うと、心臓がぎゅうと締め付けられた。青子は怯えたような目を向け、デイダラを見上げるだけで、何も答えない。デイダラは、遠慮がちにそっと唇を寄せてみた。
嫌がられたら辞めるつもりだったのに、今度は青子の方から唇を重ねてくる。
口付けたら、もう止まらない。ずっと求めていたのは、目の前にいるこの女。
ここはアジトの敷地内。いつ誰が来るかもわからない。
だが、そんなことすら吹っ飛んで、頭の中は真っ白だった。
地面に華奢な身体を押し倒し、着物の前を割り、手を滑らせる。あのマシュマロのような胸の柔らかい感触を確かめながら、ツンと尖った其処を弾くと鼻に抜ける吐息。
「ああ、デイダラ……もっとして………」
「青子……ずっと、こうしたかった……!」
胸の突起を少し強めに摘むと更に甘い声で鳴く。なんて綺麗な音色なんだろう、とデイダラはうっとり酔いしれる。
晒された大腿は透き通るような白さだ。柔らかいのになぜか氷のように冷たい。――――暴走した欲望が止まらない。片手をその奥へと滑らせると愛液が尻まで垂れ、物欲しげな其処に触れると指に吸い付いてくる。彼女は甘く鳴きながら耳元で囁く。舌を捻じ込まれて完全に理性が吹き飛んだ。
「待てないの……デイダラ。早く…、一つになりたい……」
「オイラもだ、青子とひとつになりてぇ!!」
「好きよ、デイダラ…」
「好きだ、オイラも…!」
力を込めて抱き締めて、そのまま屹立した自身を沈めて繋がる。きゅううと包み込んでくる粘膜の熱さに、この上ない幸福を感じて酔いしれる。舞い狂う花弁に抱かれて、あまりに切なく幸福な快楽に直ぐに達しそうになる。
デイダラは夢中で腰を振り続けた。てっぺんが近付いて、目の前が、意識が、薄らいでいく。
(あれ……オイラ…もしかして、このまま… 青子と……)
行為の合間にキスを交わして、熱い息が混ざり合い、もうこのまま一つに溶けてしまいそうな錯覚を覚える。真っ白だった頭の中がなんだかもう、色すらない。ただただ気持ちよくて、このまま永遠に溶けちまってもいいと思った。
「――餓鬼から離れろ」
(……?)
誰かの声がした。けど、誰の声なのか、最早デイダラにはわからない。朦朧とした意識の中で、青子の声が耳に届く。
「……だめ……二人で、死なせて」
「そいつぁ無理だな。お前が残りたいか?」
「……っ」
頭の中に霞がかかったようで、何が起こっているのかわからない。腕の中には青子がいる、はずなのに。力を込めようと思ったけれども、抱き締めるだけの力がなかった。そこでデイダラは初めて、自分が精を吸われていたのだと気づいた。
「ぐ……ぁ……」
ったく、とサソリの舌打ちが聞こえた。
「忠告しただろうが、其奴は夢魔の系譜だと。このままだとお前が死ぬ。吸われた精気を元に戻さん限りはな」
「そ……」
声が出なかった。それでも、青子が死ななければ自分は助からないことだけはわかった。
「デイダラ……一緒に……」
「ダメだ、と言っただろう。両方死なれちゃ不便だからな。死ぬのは一人だ」
サソリは断言した。どちらかが死ぬしかない。そして二人で死ぬことは許さないと。
そのとき、腕の中の青子が震えながら言った。
「……幹部を騙して消すつもりだったのに、邪魔しないで」
「ほう……そうか。組織に仇なすお前は、処断しねぇとな」
サソリの大きな尻尾が青子に向かう。
(イヤだ、やめてくれ!)
叫びたかったけれど、その力も残されていなかった。――そして気づいたときには、腕の中に物言わぬ骸があった。力が、青子からデイダラに戻ってきたのだ。彼女の命が失われたことによって。
「……青子 、……」
「お前が悪い。其奴を生かしたかったなら、近付かなければよかった」
言い捨てて、サソリは去って行く。
夢の中だけで、青子と会っていれば――。
それが正しかったのかもしれない。でもこの想いは抑えられなかった。吐精するだけなら一人で良かったが、蜜よりも甘い時間は青子がいなければ味わえなかった。青子がいたときだけは、身体も心も満たされた。何でも造れる気がした。その気持ちは芸術という形になって、いくらでもあふれ出てきた。
綺麗な死に顔を見下ろしながら、やっとデイダラは気づいた。青子でなければならなかったのは、恋をしていたからだ。
恋をして、世界が華やいで、一瞬のように終わってしまった。
芸術よりも儚い恋。それを永遠に失った。
「……蝶、造るから……さ…………」
せめても、オイラの芸術を素敵だと言ってくれた青子のために。
墓前に舞う蝶と愛した花々を、たくさん。
頬を伝う涙が、冷たくなった女の肌に落ちていった。
一体どれだけ眠っていたんだろうか?
「ふあーッ……よく寝た、うーん!」
寝台の上で大きな伸びをひとつ。
身体は少々気怠いが、ぐっすり休めたせいか頭は冴えている。
窓の外を見ると、日は高く昇っていた。すっかり明るくなった部屋を見回してデイダラは大きく息を吐いた。任務と創作のため、日の出前に目覚めるのが日課のはずなのに、こんな時間まで眠ってしまうなんて。こんなことは、いつぶりだろうか。先日の奇襲任務で、すごく疲労を溜めていたんだろうか。
否、さっきまで見ていた甘い甘い夢のせいかもしれない。
なんて刺激的な夢だったんだろう。
あの子とずっと繋がっている夢。
思い出すだけで、まだ下半身が疼いて熱を帯びる。
幸い今日は非番だ。デイダラは、再び布団に潜り込んで、まだ熱の引かない其処へと手を伸ばす。
「はぁ……やっぱ、夢かぁ。そうだよな……」
けれどリアリティに溢れた夢だった。彼女の柔らかい肌の感触や、表情や声、纏う香りまでハッキリと思い出せる程だ。
夢の中で触れた女の胸は、マシュマロよりも弾力があって柔らかくて、うっとりした。
思い出しつつ自慰をして吐精する。虚無感に襲われるがまだ屹立は止まない。
どれだけ夢の中の、幻の女に感じているんだと、飢えている自分が虚しくなる。
夢の中の女は、現実に存在する女でもあった。
デイダラは、彼女と初めて会った日を思い出す。
「……素敵ね」
茉莉花の香りが女の周りに漂う。デイダラは、きょとんとした顔でオウム返しした。
「すてき…?」
自分の芸術作品を女に褒められたのは、生まれて初めてのことだった。彼女の笑みは「今まで生きてきた中で最も芸術性を感じる」と言っていいほどに、麗しく妖艶。長い睫毛が透き通った頬に影を落とす。蜂蜜を乗せたようなトロリとした唇の艶。見ていると吸い込まれそうになる大きな瞳。それから、下唇の際の黒子も。女の全てが頭に焼き付いて離れない。
「あなたのセンス、素敵だと思ったの」
名は青子。サソリが自分の部下だと言っていた。何処かの抜け忍で、腕の立つ者だと。
こんなに見目麗しく妖艶な女も、戦場に出向けば血飛沫に巻かれるのだろうかと、デイダラは不思議に思った。サラサラと絹糸のように流れる髪に、思わず触れたくなって、慌てて手を引っ込めた。だって、そんなのおかしいだろ?
「じゃあね、芸術家さん」
笑いながら青子は溶けるようにその場から消えた。不思議な出会いで、不思議な時間だった。このところ感じていた、自分の作品に対する行き詰まりを吹き飛ばすような。
最近の創作活動は、本当にうまくいっていなかった。虫、鳥、蛇……と、思いつく限りチャクラを込めて造形するが、何だかしっくり来ない。これがスランプというやつなのだろうか。
同じ芸術家として、先輩にあたるサソリに相談してみたが、いつものように一瞥され、共感すら得られなかった。毎日粘土ばっか捏ねてりゃ飽きる日もくるだろう、と。
だが、スランプだからといって造形しなければ、始まらない。
一瞬の美を作り出すにはどうしたらいい?
求めている答えは得られず、悶々とした日々を過ごしていた。そして青子との出会いは、そんな平凡でつまらない日常の中、デイダラにとって衝撃的な出来事だった。
出会ったその日から、よぎる面影を浮かべては、虚しいほどに昂ぶる自分を抑えつけるように自慰に浸ることが増えた。女が、もし俺の部下だったら……と思い描いて、卑猥な妄想が止まらない。
加えて、青子と会ってからというもの、光を失っていた心に明かりが灯るように、胸の中に昂ぶるものを感じるようになった。この昂りを衝動のままに芸術へぶつけ、手に入れた白土を手の口に食わせ、チャクラと混ぜたものを夜通し捏ね続ける。
(造形は? そうだな。鳥がいい)
(それも、見たこともない、現実には存在し得ない、ド派手な鳥!)
(そう、モデルは極楽鳥だ)
(極楽鳥が昇華して、一瞬の美になる! うん!)
「かぁーつッッッ!!」
任務の最中デイダラが投下した鳥は、木っ端微塵に爆発した。巨大なキノコ雲の下で、ひとつの里が跡形もなく消え去る。
「やったぜ! これぞ、一瞬の美だ、うん!!」
「……随分と楽しそうじゃねぇか。スランプじゃなかったのか……?」
「へへ、まだ試作品だけどな。みたか、オイラの芸術をよ! スランプなんか糞くらえだ、うん!」
「フン……相変わらず、くっだらねぇな……」
サソリは興味がないといった風に目をそらす。
「そう言えばお前、あの女と会ったのか?」
「青子? 会ったよ。えっろい女」
「そうか」
素っ気ない返事を聞きながら、デイダラは気づいた。あの女と言われて、すぐに青子の名前が浮かんだ。そう、青子はほかの女とは違う。青子に会うまで気づかなかったが、青子はデイダラの中の欲望を引き出した。つまり、あの女は欲望を引き出すエロスの象徴だ。
青子と会うたびに膨らむ昂りの正体はきっと、女に対しての醜い欲望である。すなわち、色欲というやつだ。
デイダラはそう思い始めた。その欲望を衝動のままに、芸術への意欲に変え、そして高みに上り詰めていく。
(アートはつまり、エロスだ、うん!)
素晴らしい発見をした、気がした。
次から次へと、構図が面白いほどに湧いてくる。任務を終えたら休む間もなく粘土を捏ね続け、疲れを溜めてぶっ倒れるように床の上で眠りに就くと、夢に出てくるのは決まってあの女だった。
疲労が極限に達して指一本動かせなくなった身体に、青子が触れてくる。
髪、頬、胸と、女の指が身体を撫でる。……そして大の字で眠るデイダラの上に跨り、首筋に唇が寄せられる。
茉莉花の香りが鼻腔をくすぐった。
あの形の良い、蜂蜜を塗ったみたいな唇が、次々にデイダラの肌に痕を残していく。何度見ても、夢か現か境目がわからないほどリアルだった。目覚めた後、装束にはいつも仄かな茉莉花の香りが残っているような気さえした。
その後、一度だけアジトで青子を見た。
毎日夢に出てきているせいか、姿を見ただけで妙な緊張感を覚える。デイダラは声をかけるか迷ったが、青子の方から近付いてきた。
「……ひさしぶりね」
「ああ、そうだっけな? えーと、名前、なんだっけ」
などと、とぼけてみせる。名前など何度呟いたかわからないのに。でも一度会ったきりで知り合いぶるのも癪だった。
「…… 青子よ」
「ああ、そうだったな」
「創作、すすんでる?」
「作品のことか? アートに興味があるのかい?」
「アートはよくわからないけれど、デイダラの作品は好き。なにか見せて?」
他愛もない言葉を交わしただけなのに、胸がはちきれそうに熱くなる。
なにか、と言われてデイダラが手のひらから繰り出した蝶を、女は麗しい笑みを浮かべてそっと手の中に収めた。
「きれい……」
「そいつぁ起爆粘土だからな、爆発して芸術になるんだぜ?」
「そうなの? 見てみたいわ、爆発するところ……」
女の指がフワリと開かれ、蝶が飛び立つのを確認して、デイダラは印を結んだ。火花を上げて弾けた其れを眺める青子の眼差しは、透き通ったガラスのように美しく、澄んでいる。
「きれい……花火みたい」
火花が舞い落ちる中、二人の間に茉莉花の香りが漂う。デイダラは女の美しい横顔に胸を掴まれ、いつまでも眺めていたいと思った。夢の中で何度も会ったはずなのに、実物はここまで自身を奮い立たせるものなのか。
(い、けねぇ……)
挨拶も程々に、女と別れて足早に自室へ戻る。
屹立した自身を外套で隠すのに必死だった。椅子に腰掛け解放するが、一度ではとても収まりそうもない。
コレが色欲であり芸術への猛りの源なのか。
青子と直接会って、デイダラはこの昂りの正体をハッキリと自覚した。自分が芸術家として高みに登るためには、女の存在が必要だった。
だが、サソリの部下である彼女に迂闊に手出しはできない。何か良い方法はないものかと頭を悩ませていたところ、任務帰りに後輩のトビに娼館に誘われた。
「良いところがあるって言ってたのに、お前なあ」
「えー、イイトコじゃないっすか! 行きましょうよ! ボク、ひとりじゃ心細くってぇ」
「はッ……んだよ、餓鬼じゃあるめぇし」
物は試しと入ってみると、魅惑的な化粧をして芳しい香りを纏った女共が纏わりついてきた。こうなりゃヤケだ、と同い年ぐらいの女を選ぶと、寝床へと案内された。華奢な色白の女だった。
寝床へ入るなり、真っ赤な紅を引いた唇で食らいつかれて刺激されれば、勝手に身体は反応した。だが、何度イっても胸の中がモヤモヤとして晴れなかった。
帰りがけに出会ったトビは、さも満足そうに娼館から出て来て、随分と晴れやかな様子だ。出すもの出すと気分がイイッすね、だと。最初はそれを期待して付き合ってやったというのに、結局のところ何がいいのか理解できなかった。
(要は、青子じゃなくちゃ駄目ってことだ、うん。)
デイダラは、自覚した。とはいえ現実は厳しい。
女ならあの娼館に山程いたのに、なぜ青子だけが創作意欲を高ぶらせるのか。
答えを知るためには、青子に会うしかない。デイダラはすぐさま、気配を辿ってアジト付近の森に足を踏み入れる。
(......こんなとこに? なにしてやがんだ、うん)
こんな鬱蒼とした森の中に、青子はいったいなんの用事があるのだろう。デイダラは、見慣れない森の中を彷徨い歩く。そうして、行けども行けども同じ景色に飽きてしまった。
開けたところまで来て、少し一服しようかと、側にあった倒木に腰を下ろす。鞄の中から水筒を取り出してゴクゴクと喉を鳴らし、辺りを見回した。
随分と青子のチャクラに近付いたはずだが、まだ姿は見当たらない。ふと見ると、すぐ近くの茂みの奥に彩りも鮮やかな花が咲き、蝶が飛び交っている。なかなかに芸術的な場所だ、と蝶を目で追う中、不意に視界に入り込んできた人影に息を呑んだ。
―― 青子だ。
黒い艶髪が陽光を受けて煌めいている。色とりどりの蝶が青子を取り囲むようにヒラヒラと舞い、まるで白昼夢を見ているかのような光景だ。久し振りに目にする姿に、デイダラは暫し目を奪われてぼんやりと見惚れる。
視線を上げると、向こうも此方に気づいたようだ。目が合うと儚げにフワリと微笑んで近付いてくる。
心臓が、耳の真横にあるんじゃないかというほどに、うるさく早鐘を打つ。
「デイダラ……また会えたね」
「よ、よぉ、偶然だな」
「うん……」
偶然なわけがないが、探して来たなんて素直に言える訳がない。デイダラが黙っていると、すぐ隣に青子が並んで座った。甘い香りが横から漂ってくる。サラサラと流れる艶髪に手を伸ばしたい衝動に駆られるが、グッと堪えた。
「こんなところで……何をしていたの?」
「いや……それがよぉ。任務中にちょっとした事故で、旦那から借りてた薬を使い切っちまってさ。旦那に弁償しろってキレられてよ。その薬の材料になる草花を探してるってわけだ、うん」
即興でついた嘘にしては上手い、と内心自画自賛する。
「それは大変……見分けるのが難しそうね……」
「そうなんだよ、何れも此れも一緒に見えて訳がわかんねぇんだ、うん!」
がっくりと肩を落とす、演技をした。すると、青子が手を差し伸べるような仕草をした。一羽の蝶がふわりと舞い降りてその細長い指先に止まる。
「ん? コイツはなんだ? うん」
「わたしの口寄せ。……蝶は草花を見分けるのが得意だから、良かったらこの子を使って…」
「そ、そりゃあ助かるぜ! じゃあ、借りとく……あ、でも旦那には内緒な? バレるとまたブチキレられるからよ、うん!」
「ふふ……そうね、二人だけの秘密」
花が綻ぶような微笑みに、胸の高鳴りが止まらない。それこそ、手にした花と一緒に散ってしまいそうに儚い。
手に入れたいと思う。でもここまで来て、なぜか踏ん切りが付かない。さっきまで女と遊んでた癖に、なぜだ。
「青子はさ……こんなところで、何してたんだ、うん?」
「部屋に飾る花を摘んでいたの……」
「花、好きなのか」
「うん。花が唯一の癒しなの」
思わず抱き締めたくなった。けれどこんな場所では、いつ誰に見られても不思議はない。ましてやアジトの敷地内だから厄介だ。しかも、サソリの旦那に探しにでも来られたら、それこそ地獄だ。後からどうなるか考えるだけで……ヤバイな、うん。
堪えるように膝の上でギュ、と手を握り締める。そこに、なんと青子の方から手のひらを重ねてきた。驚くと同時にデイダラの心臓が飛び跳ねる。
青子はそのままデイダラの手を掴んで、自分の手に重ねた。
「……っ!?」
「ねぇ、デイダラのこの手は……禁術……?」
「……え!? あ、ああ……これな。これは、オイラのアートを極めるための禁術だ。まァそれで里を追われることになったんだがよ、うん」
焦りを誤魔化すように、デイダラは早口で捲し立てた。
「……ねぇ、禁術を使ったことを後悔したことはある? 大切なものを失ったりは……?」
「うーん、全くもってねぇんだな、これが。見ての通り、変な所に口がついちまったけど、粘土を捏ねながらチャクラを混ぜることができて便利だしな、うん。オイラはアーティストだから、芸術の高みを目指すことが全てだ! 里を追われようが関係ねぇって話だ、うん」
「そう……忍であるなら……最後までそれを貫かなくてはね。芸術を貫いているあなたは素敵ね……」
「お、おう!」
また素敵と言ってもらえた。そのことに嬉しくて舞い上がりそうになったが、おかしい。エロスとは関係ないだろ、この話は。
いつのまにか芸術の話になり、時を忘れペラペラと話しすぎてしまった。なんだか気恥ずかしくて頬を染め、青子を見る。微笑んだ彼女と目が合い、照れ隠しにニイっと笑ってみせた。
なぜ、青子はほかの女と違うのか?
それはわからないけれども、自分の芸術を完成させてくれるのは彼女だという確信が生まれた。
「ま、またな」
「ふふ……」
別れ際の微笑が忘れられない。それに、胸の中がポカポカとして温かい。娼館でのモヤモヤだって一瞬にして吹き飛んだ。
その夜も勿論、夢の中で青子を貪った。
それから、デイダラは任務に出向いては、青子が喜びそうな花を探すようになっていた。花が好きだと言っていたから、と何かに取り憑かれたように、草花を探し回る。
任務中、偶然道端に咲く花を見つけ、無意識のうちにそこにしゃがみ込む。青子がか細い腕の中に抱いていた花々を思い浮かべ――
「おい」
突然サソリに声をかけられ、ようやく我に返った。
「何してやがる」
「あ、え……えと。花を探してんだ、うん」
「花だと? 粘土遊びの次は花摘みか……餓鬼が」
「ち、ちげぇよ。ちょっと、……その、人から頼まれて」
「まさか、青子に渡そうってんじゃねぇだろうな」
言い当てられて、ギクリとデイダラは冷や汗を垂らした。なぜこうも鋭いのだ。
デイダラの様子には気にも留めず、サソリは淡々と続ける。
「彼奴には無闇に近づかねぇほうが身のためだ。ああ見えて夢魔の系譜だからな」
「は? 夢魔ァ?」
「下手すると精気を根こそぎ吸われちまうぞ、ククッ……」
「じゃあ、なんでそんなやばい奴、側に置いてんだよ、うん」
「俺にとっちゃあ、精気なんてものは関係ねぇからな。使える駒は多い方がいいってだけだ」
確かに、サソリは生身ではない。だからそういう意味では問題ない、というのはデイダラにもわかる。
「忠実に仕事さえこなすんなら別に問題はねぇだろ。てめぇはどうだか知らねぇが」
「べ、別に、そんなんじゃないっすよ。うん」
夢魔の系譜。
その言葉が胸の奥底に突き刺さった。青子だけが、自分の欲の深い部分を刺激したのは、彼女が夢魔であったからなのだろうか。そうだとしたら、彼女に手を出せば、更なる芸術の高みを知ることができるに違いない。
青子に会って、今度こそすべてを確かめたい。
サソリの忠告は最早デイダラの耳には届かない。その夜、デイダラは再び森を訪れた。青子のチャクラを探ると、先日再会した場所に近付く。今日もここで花摘みをしているに違いない。
やがて青子の姿を見つける。今回は、声をかけてきたのは青子からだった。
今日は花を手にしていない。
「デイダラ……」
あの儚い笑顔でふわりと微笑む。夢にまで見た女が目の前に現れて、心臓がバクバクと高鳴るのを感じる。今日の今日こそ、彼女を。そう決めてきたデイダラは、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「青子……この前借りた、蝶を返しに来たぜ、うん」
彼女の元へ、一歩、また一歩。歩みを進める。
柔らかな風がそよぎ、彼女のものか、茉莉花の甘い香りが吹き抜けた瞬間。
抑えの効かない欲望が爆発した。
夢魔がなんだよ、知るもんか!
華奢な肩をそっと両腕で包み込んで抱き寄せる。冷たくて細くて折れてしまいそうだ。だけど胸元に当たるところはマシュマロみたいに柔らかい。夢と同じだ、とデイダラは感触を確かめた。
「青子……!」
肩を掴んで向き合うと、心臓がぎゅうと締め付けられた。青子は怯えたような目を向け、デイダラを見上げるだけで、何も答えない。デイダラは、遠慮がちにそっと唇を寄せてみた。
嫌がられたら辞めるつもりだったのに、今度は青子の方から唇を重ねてくる。
口付けたら、もう止まらない。ずっと求めていたのは、目の前にいるこの女。
ここはアジトの敷地内。いつ誰が来るかもわからない。
だが、そんなことすら吹っ飛んで、頭の中は真っ白だった。
地面に華奢な身体を押し倒し、着物の前を割り、手を滑らせる。あのマシュマロのような胸の柔らかい感触を確かめながら、ツンと尖った其処を弾くと鼻に抜ける吐息。
「ああ、デイダラ……もっとして………」
「青子……ずっと、こうしたかった……!」
胸の突起を少し強めに摘むと更に甘い声で鳴く。なんて綺麗な音色なんだろう、とデイダラはうっとり酔いしれる。
晒された大腿は透き通るような白さだ。柔らかいのになぜか氷のように冷たい。――――暴走した欲望が止まらない。片手をその奥へと滑らせると愛液が尻まで垂れ、物欲しげな其処に触れると指に吸い付いてくる。彼女は甘く鳴きながら耳元で囁く。舌を捻じ込まれて完全に理性が吹き飛んだ。
「待てないの……デイダラ。早く…、一つになりたい……」
「オイラもだ、青子とひとつになりてぇ!!」
「好きよ、デイダラ…」
「好きだ、オイラも…!」
力を込めて抱き締めて、そのまま屹立した自身を沈めて繋がる。きゅううと包み込んでくる粘膜の熱さに、この上ない幸福を感じて酔いしれる。舞い狂う花弁に抱かれて、あまりに切なく幸福な快楽に直ぐに達しそうになる。
デイダラは夢中で腰を振り続けた。てっぺんが近付いて、目の前が、意識が、薄らいでいく。
(あれ……オイラ…もしかして、このまま… 青子と……)
行為の合間にキスを交わして、熱い息が混ざり合い、もうこのまま一つに溶けてしまいそうな錯覚を覚える。真っ白だった頭の中がなんだかもう、色すらない。ただただ気持ちよくて、このまま永遠に溶けちまってもいいと思った。
「――餓鬼から離れろ」
(……?)
誰かの声がした。けど、誰の声なのか、最早デイダラにはわからない。朦朧とした意識の中で、青子の声が耳に届く。
「……だめ……二人で、死なせて」
「そいつぁ無理だな。お前が残りたいか?」
「……っ」
頭の中に霞がかかったようで、何が起こっているのかわからない。腕の中には青子がいる、はずなのに。力を込めようと思ったけれども、抱き締めるだけの力がなかった。そこでデイダラは初めて、自分が精を吸われていたのだと気づいた。
「ぐ……ぁ……」
ったく、とサソリの舌打ちが聞こえた。
「忠告しただろうが、其奴は夢魔の系譜だと。このままだとお前が死ぬ。吸われた精気を元に戻さん限りはな」
「そ……」
声が出なかった。それでも、青子が死ななければ自分は助からないことだけはわかった。
「デイダラ……一緒に……」
「ダメだ、と言っただろう。両方死なれちゃ不便だからな。死ぬのは一人だ」
サソリは断言した。どちらかが死ぬしかない。そして二人で死ぬことは許さないと。
そのとき、腕の中の青子が震えながら言った。
「……幹部を騙して消すつもりだったのに、邪魔しないで」
「ほう……そうか。組織に仇なすお前は、処断しねぇとな」
サソリの大きな尻尾が青子に向かう。
(イヤだ、やめてくれ!)
叫びたかったけれど、その力も残されていなかった。――そして気づいたときには、腕の中に物言わぬ骸があった。力が、青子からデイダラに戻ってきたのだ。彼女の命が失われたことによって。
「……青子 、……」
「お前が悪い。其奴を生かしたかったなら、近付かなければよかった」
言い捨てて、サソリは去って行く。
夢の中だけで、青子と会っていれば――。
それが正しかったのかもしれない。でもこの想いは抑えられなかった。吐精するだけなら一人で良かったが、蜜よりも甘い時間は青子がいなければ味わえなかった。青子がいたときだけは、身体も心も満たされた。何でも造れる気がした。その気持ちは芸術という形になって、いくらでもあふれ出てきた。
綺麗な死に顔を見下ろしながら、やっとデイダラは気づいた。青子でなければならなかったのは、恋をしていたからだ。
恋をして、世界が華やいで、一瞬のように終わってしまった。
芸術よりも儚い恋。それを永遠に失った。
「……蝶、造るから……さ…………」
せめても、オイラの芸術を素敵だと言ってくれた青子のために。
墓前に舞う蝶と愛した花々を、たくさん。
頬を伝う涙が、冷たくなった女の肌に落ちていった。
お題:『色欲』
執筆:愛華様『ユスラバナ。』
執筆:愛華様『ユスラバナ。』
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