頂き物
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勝手に入るなと言われていたサソリの工房へイタズラ目的で忍び込んだら、作業机の上に散らかった傀儡の部品に埋もれるような形で、伏せられた一枚の写真を見つけた。手に取って眺めると、そこには私やサソリより少し歳上に見える、成熟した、優しそうな女の人が映っていた。サソリの家族にしてはぜんぜん容姿が似ていなかったから、彼の友人か何かなのだろうと思ったが、サソリに友人と呼べる存在がいるとは思えない。私はただ不思議に思いながらその写真を元の場所に戻しておいた。
「おい青子。お前、オレのアトリエに入っただろ」
その日の夜、私の体のメンテナンスをしながら、サソリがいつも通り抑揚のない声で話しかけてきた。
「よくわかったね」
「よくわかったねじゃねぇよ。オレとお前しかいない家の中で物の位置が変わってんだからわかるに決まってんだろ」
彼はギロっとこちらを睨みつけてきたが、それ以上は何も言わず、淡々と私の体を弄り続ける。
私が食事も睡眠も必要としない体になったのは最近のことだ。サソリは私を永遠にすると言って、人間の肉体を捨てさせた。以来、私はサソリと同じ存在として生きている。
彼は私が物心つく頃から容姿が変わらない。だから私は、サソリが本当は何歳なのか知らないし、家族とか仕事とか、あらゆる事情について何も知らなかった。それに、私にはなぜ親がいないのかとか、いつからサソリに育てられてきたのかとか、自分についての事情も、何も知らない。しかしそういった諸々の秘密をサソリに尋ねてみようと思ったことはない。サソリはどこからどう見ても自分と芸術以外に興味のない不完全な狂人で、私のこともきっとモノとして認識しているに違いないからだ。
幼い頃から育て上げられたのではない。理想の作品として作り上げられただけだった。それでも私は彼に肯定的な感情ばかり抱いているし、それは至極当然の事のように思える。サソリはずっと私のそばにいる。その事実だけで、創造主を崇めるように一人の人間を慕う愚かなこどもでいられた。
だから血の繋がりはなくとも、そもそも血が通っていなくても、私はサソリの眼差しとか手のひらとかが好きだった。今も私の体を触りまくって人傀儡のパーツを取り替えてくれているサソリの指先は私の胸を苦しいほどに掻き乱し、私の体ばかり見て心は決して見てくれないその冷たい瞳に、吐き気がするほど焦がれている。傀儡にされようが、どんなに機械的に扱われようが、構わない。それはサソリが美しく若々しい見た目だから、なんてそんな甘ったれた理由じゃない。彼という人間の根底にある、悲しみや寂しさで疲れきって感動を失ってしまった冷徹さが、たまらなく遠く、美しく、私を魅了していた。
「ねぇ、あの写真の人、誰なの」
黙っていてもサソリは話してくれなさそうだったので、私から尋ねてみた。サソリは私と目を合わせず、口を閉ざしたまま、結局何も言わなかった。
それから数日後、またサソリの工房に忍び込んで写真を盗み見た。そこに映った女の人を知らないはずなのにとても懐かしく思う。私は服のポケットから小さい手鏡を取り出して、自分の顔と写真とを見比べる。サソリが作ってくれた私の頭部はいかにも人形らしく整えられた彫刻のように冷たくて、人らしさは残っていなかったが、目元が写真の中の人間とよく似ていた。
「お前、またオレのアトリエに……」
突然、背後から声がして、咄嗟に振り返ると、工房の入口で呆れ顔のサソリが立っている。彼は怒る様子もなく私のそばまで歩み寄り、私の手から写真だけ取り上げ、ビリビリに破いてしまった。舞い落ちる残骸をぼうっと眺めながら私は尋ねた。
「いいの?大切に取ってあるように見えたけど」
「別に。もう必要ないしな」
「そうなの?」
「ああ。なんせこれはお前を作るとき参考にした、ただのモデルだ」
サソリは本当のことを話してくれなさそうだったけれど、嘘を言っているようにも見えなかった。
私は聞くか聞くまいか少し悩んでから思い切って口を開く。
「ねぇ、私って、サソリの……なに?」
「コレクション」
サソリの返事は早かった。じゃあその写真の女の人はサソリの何だったの、と聞きたかったけれど、きっと彼の過去に関わるから話してくれないのだと思うと、何も言えなくなってしまった。一つだけ確信できたのは、あの女の人がサソリのコレクションにならなかったということだけ。サソリは私を理想的に創造したかもしれないけれど、それでもまだ、私では、彼を満たすには充分でないのだ。
私はもう、無性に、壊れてしまいたかった。
「あ。ねぇ、サソリ」
「なんだ?」
「なんかちょっと、胸のとこが痛いの。故障かもしれないから診てよ」
「それは故障じゃない。ただ出来損ないなだけだ」
「あ、そう」と呟く私を無視して、無表情のサソリは部屋を出ていってしまう。その遠ざかる背中を見つめながら、私は、初めからサソリが私のそばになどいなかったのだと気づいた。
「おい青子。お前、オレのアトリエに入っただろ」
その日の夜、私の体のメンテナンスをしながら、サソリがいつも通り抑揚のない声で話しかけてきた。
「よくわかったね」
「よくわかったねじゃねぇよ。オレとお前しかいない家の中で物の位置が変わってんだからわかるに決まってんだろ」
彼はギロっとこちらを睨みつけてきたが、それ以上は何も言わず、淡々と私の体を弄り続ける。
私が食事も睡眠も必要としない体になったのは最近のことだ。サソリは私を永遠にすると言って、人間の肉体を捨てさせた。以来、私はサソリと同じ存在として生きている。
彼は私が物心つく頃から容姿が変わらない。だから私は、サソリが本当は何歳なのか知らないし、家族とか仕事とか、あらゆる事情について何も知らなかった。それに、私にはなぜ親がいないのかとか、いつからサソリに育てられてきたのかとか、自分についての事情も、何も知らない。しかしそういった諸々の秘密をサソリに尋ねてみようと思ったことはない。サソリはどこからどう見ても自分と芸術以外に興味のない不完全な狂人で、私のこともきっとモノとして認識しているに違いないからだ。
幼い頃から育て上げられたのではない。理想の作品として作り上げられただけだった。それでも私は彼に肯定的な感情ばかり抱いているし、それは至極当然の事のように思える。サソリはずっと私のそばにいる。その事実だけで、創造主を崇めるように一人の人間を慕う愚かなこどもでいられた。
だから血の繋がりはなくとも、そもそも血が通っていなくても、私はサソリの眼差しとか手のひらとかが好きだった。今も私の体を触りまくって人傀儡のパーツを取り替えてくれているサソリの指先は私の胸を苦しいほどに掻き乱し、私の体ばかり見て心は決して見てくれないその冷たい瞳に、吐き気がするほど焦がれている。傀儡にされようが、どんなに機械的に扱われようが、構わない。それはサソリが美しく若々しい見た目だから、なんてそんな甘ったれた理由じゃない。彼という人間の根底にある、悲しみや寂しさで疲れきって感動を失ってしまった冷徹さが、たまらなく遠く、美しく、私を魅了していた。
「ねぇ、あの写真の人、誰なの」
黙っていてもサソリは話してくれなさそうだったので、私から尋ねてみた。サソリは私と目を合わせず、口を閉ざしたまま、結局何も言わなかった。
それから数日後、またサソリの工房に忍び込んで写真を盗み見た。そこに映った女の人を知らないはずなのにとても懐かしく思う。私は服のポケットから小さい手鏡を取り出して、自分の顔と写真とを見比べる。サソリが作ってくれた私の頭部はいかにも人形らしく整えられた彫刻のように冷たくて、人らしさは残っていなかったが、目元が写真の中の人間とよく似ていた。
「お前、またオレのアトリエに……」
突然、背後から声がして、咄嗟に振り返ると、工房の入口で呆れ顔のサソリが立っている。彼は怒る様子もなく私のそばまで歩み寄り、私の手から写真だけ取り上げ、ビリビリに破いてしまった。舞い落ちる残骸をぼうっと眺めながら私は尋ねた。
「いいの?大切に取ってあるように見えたけど」
「別に。もう必要ないしな」
「そうなの?」
「ああ。なんせこれはお前を作るとき参考にした、ただのモデルだ」
サソリは本当のことを話してくれなさそうだったけれど、嘘を言っているようにも見えなかった。
私は聞くか聞くまいか少し悩んでから思い切って口を開く。
「ねぇ、私って、サソリの……なに?」
「コレクション」
サソリの返事は早かった。じゃあその写真の女の人はサソリの何だったの、と聞きたかったけれど、きっと彼の過去に関わるから話してくれないのだと思うと、何も言えなくなってしまった。一つだけ確信できたのは、あの女の人がサソリのコレクションにならなかったということだけ。サソリは私を理想的に創造したかもしれないけれど、それでもまだ、私では、彼を満たすには充分でないのだ。
私はもう、無性に、壊れてしまいたかった。
「あ。ねぇ、サソリ」
「なんだ?」
「なんかちょっと、胸のとこが痛いの。故障かもしれないから診てよ」
「それは故障じゃない。ただ出来損ないなだけだ」
「あ、そう」と呟く私を無視して、無表情のサソリは部屋を出ていってしまう。その遠ざかる背中を見つめながら、私は、初めからサソリが私のそばになどいなかったのだと気づいた。